恐れていたもの
「全員ぐずぐずするな! ここでの働きこそが、この戦争の行方を左右するんだ!」
オルレアン帝国による翼竜ヴィーヴィルを活用した空からの襲撃の可能性を想定して以降、ヴィレント山脈の要塞化を急ピッチで進めている。
ここにきては、さすがに虫が苦手と言っている余裕もないらしく、タイラン将軍が陣頭指揮を執っていた。
「それにしても……オルレアン側がタワイフ側のように岩肌ではなくて、木々に覆われていてよかったですね」
「ああ」
隣にいるイルハン千人長の言葉に、僕は頷いて返す。
彼の言ったように、オルレアン側の木々が向こう……ベルガール要塞から死角となっており、僕達の要塞化の作業や大砲の設置などが気づかれずに済んでいた。
「だけど、人を乗せたヴィーヴィルがこの上空を飛んだ瞬間、僕達の様子が丸裸になってしまう……本当に、厄介だよ」
そう言って、僕は唇を噛んだ。
空を支配するということは、単に攻撃において優位性を保てるばかりではなく、陣形や戦略その他など、情報戦においても絶対的な優位に立てるということだ。
それを、西方諸国でも一、二を争う強国であるオルレアン帝国が先に手に入れようとしているんだ。何としても、ここで叩き潰しておかないと……。
「そういえば、カサンドラ准尉はどうされたのですか?」
「ああ……彼女には、今日もセバスティオの工房に行ってもらっている」
タイラン将軍がヴィレント山脈要塞化に関する陣頭指揮を代わってくれたので、僕はカサンドラ准尉に指示をし、セバスティオの工房で新たな大砲と弾丸の開発に着手してもらっていた。
これは、サン=マルケス要塞から技師の派遣や物資の輸送に一か月程度の時間を要することから、待っている間に少しでもできることをするためだ。
今の僕達に残された時間は、限られているのだから。
「……ちょっとカサンドラ准尉の様子を見てくる」
「かしこまりました」
イルハン千人長に見送られ、僕は下山してセバスティオの工房へと向かった。
◇
――カーン、カーン。
城塞都市セバスティオの中心にある商店街の一角、ひと際大きな建物へとやって来ると、中から金属を叩く複数の音が響いている。
「失礼するよ」
僕は扉を開けて入ると、中では大砲の作成を行っている職人達に混じり、カサンドラ准尉が一人の職人と何やら真剣な表情で話し合いをしていた。
「やあ、調子はどうだい?」
「あ、ベルトラン将軍」
邪魔をしては悪いと思いながらも、進捗を確認しないわけにはいかないので声を掛けたら、カサンドラ准尉は表情を変えることなく振り返った。
でも……そのアメジストの瞳には、焦燥と落胆を湛えていた。
「……残念ながら、現時点で満足のいくものはできあがっておりません」
「そうか……まあ、焦る必要はないよ。もうすぐ、サン=マルケス要塞の支援が到着するだろうから」
肩を落とす彼女を慰めるように、僕はその小さな肩をポン、と叩いて慰めの言葉をかける。
といっても、半分は僕自身に言い聞かせているのもあるんだけど、ね……。
「やはり、彼女の到着を待つしかないですね……」
「そうだね。それに、僕達がセバスティオに出向している間にも、彼女はきっと進めていてくれたはずだろうし」
うん……兵器マニアの彼女なら、きっと……。
「ところで、そろそろ休憩にしないか? どうせ君のことだから、食事も忘れて開発に取り組んでいたんだろうし」
「あ……い、いえ、まだお腹も空いていませんし、大丈夫です……っ!?」
「まあまあ、僕は腹が減ったんだから付き合ってよ。これ、将軍命令ね」
僕は遠慮するカサンドラ准尉の小さな手を取り、無理やり工房から連れ出した。
彼女が無理をしてしまう性格だということを、誰よりも知っているから。
「ホンマにもう……ベル君は強引やなあ」
そう言って、仮面を外したサンドラが苦笑する。
よかった……ちゃんと休憩する気になってくれたみたいだ。
「じゃあ、あの店に入ろうか。美味そうな匂いするし」
「うん!」
ということで、僕達は一軒の食堂に入り、それぞれ食べたいものを注文した。
「そういえば、サンドラはタワイフ王国の食事に慣れた?」
「うん。元々私、好き嫌いはないほうやさかい」
「そっか」
僕はといえば、実はタワイフ独特の香辛料があまり得意ではなく、さっきの注文もそういったものが使われていない、ただ肉を焼いただけのものと生野菜、それに平べったい皮のようなパンというのが定番になってしまっている。
「お待たせしましたー!」
「お、来た来た」
僕のメニューはそういうことなので割愛して、サンドラは薄い生地で野菜と羊肉をグリルしたものを挟み、それに香辛料とヨーグルトをたっぷりかけたものだった。
「いただきます……はむ……うん、メッチャ美味しい!」
小麦粉の皮で包んだ料理に一気にかぶりついたサンドラは、満面の笑みを浮かべた。
いつも美味しそうに食べるから、僕は彼女と一緒に食事をするのが楽しくて、大好きだ。
「ほら、ソースがついてるよ」
「あ……」
僕はクスリ、と笑いながら彼女の柔らかい頬についたソースを指で拭き、それを舐め取った……って。
「ん? どうした?」
「へ……? あ、ううん、何でもないよ……」
「?」
顔を真っ赤にして恥ずかしそうにうつむくサンドラに、僕は首を傾げる。
すると。
――バタンッッッ!
「将軍、ここにいましたか!」
店の扉を勢いよく開け、竜騎兵の一人が息を切らしながら入ってきた。
「どうした?」
「斥候から至急の狼煙がありました!」
「っ!? それはいくつだ!」
「三つ、です……っ」
斥候から上がった狼煙の数で、僕達は緊急時の連絡を行うことになっている。
狼煙が一つならベルガール要塞から海岸線方面への出兵、二つならヴィレント山脈方面への出兵。
そして、三つならヴィーヴィルによる襲撃。
重々しく告げた兵士の言葉にめまいを覚え、僕は額を押さえて背もたれに身体を預けた。
だが、悲観している暇はない。
「それで、オルレアンの軍勢が動いたという情報はあるか?」
「い、いえ! 狼煙は三つ上がった以降はありませんでしたので、ヴィーヴィルによる急襲のみと思われます!」
「そうか……」
そうすると、おそらくはヴィーヴィルを使った偵察が目的と考えるのが妥当だろう。
仮に急襲するなら、ベルガール要塞の軍勢と連携して動くはずだし、毎日斥候から上がってくる報告では、鞍を装着したヴィーヴィルの数はまだ五匹とのこと。
その数では、セバスティオを攻略するには少なすぎる。
なら。
「カサンドラ准尉! 今すぐ竜騎兵をセバスティオ東側の城壁の上に集結させろ! 君はヴィレント山頂へ行ってタイラン将軍にいたずらに攻撃を仕掛けず身を潜めてやり過ごすように伝えるんだ!」
「はい!」
「はっ!」
僕の指示を受け、カサンドラ准尉と兵士は食堂を飛び出した。
「僕も急がないと……っ!」
ヴィレント山脈に関しては、オルレアン軍も僕達の存在にまだ気づいていないはずだから、向こうを警戒している可能性はかなり低いだろう。
タイラン将軍なら当然そのことを理解しているはずだから、僕の指示を受けた兵士が到着を待たずに、既にそのように動いているはず。
となると、やっぱりこのセバスティオの偵察が目的か。
「いずれにせよ、ヴィレント山脈に築いている砦にさえ気づかれなければ、まだ大丈夫だ……」
僕は胸襟をギュ、と握りしめながら、東の城壁へと急いだ。
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