打開策
「この空を含めた、『立体』の戦いへと進化するんだよ」
僕は上を指差し、静かにそう告げた。
「空!? 空ってどういうことだ!?」
「そ、そうです! 分かりやすく説明してください!」
やはり、あのタイラン将軍であっても、今の世界の常識の範疇で考えてしまうのだろう。
この考えにまで思い至ることができたのは、僕の知る限りカサンドラ准尉ただ一人だ。
「考えてみてくれ。僕達の戦争、戦術は、あくまでも歩兵同士による衝突を主眼として、陣形の両端に騎兵を置き、砲兵や弓兵による遠距離射撃での支援というのが一般的だ。だけど……もし空から攻撃を仕掛けられたらどうする?」
「空からの攻撃って、そりゃ……」
「剣や槍が届かない以上、銃や弓矢で応戦するしかないでしょうね……」
僕の問い掛けに、二人が顔を見合わせながら答えた。
「じゃあ次の質問。銃や弓矢が届かないほどの高い位置から、部隊に向けて攻撃……そうだな、例えば油や火薬を詰めた壺なんかを落とされたりしたら、どうなると思う?」
「「っ!?」」
そう……こちらが攻撃不可能な位置からそんなものを落とされたら、防ぐ手立てがない。
僕達はただ、空からの攻撃に耐えることしかできなくなる。
「それだけじゃない。空には遮るものは何もないから、軍の背後を簡単に突くことだってできる。その気になれば、本隊……司令官を直接急襲することも」
「「…………………………」」
ここまでの僕の説明を聞いて、ようやく空の重要性を理解したんだろう。
タイラン将軍とイルハン千人長は顔を真っ青にし、言葉を失っていた。
「で、ですが、それとベルトラン将軍のおっしゃるヴィーヴィルとどう関係があるのですか? まさかとは思いますが、そのヴィーヴィルが僕達を襲う、なんて考えているのでしょうか……?」
おそらく、最悪の事態を信じたくはないんだろう。
イルハン千人長は僕の言葉を否定すべく、そんなことを言った。
「はい、僕はそう考えています」
「馬鹿な! あのヴィーヴィルが……翼竜が、飼い慣らせるはずがない! それこそ夢物語だ!」
「タイラン将軍。ベルトラン将軍はヴィレント山脈の頂上で翼竜を目撃した際、その背中に鞍のようなものを装着された個体がいるのを発見しています」
「「っ!?」」
カサンドラ准尉の言葉を聞いた瞬間、二人は表情を凍りつかせ、慄いた。
僕だって、今も背中に冷たいものを感じているよ……。
「じゃ、じゃあどうすればいいんだよ!? 空からの攻撃なんざ防ぐ方法はない、コッチの攻撃は届かない、それじゃ八方塞がりじゃねーか!」
「それに……空から攻めるのであれば、このセバスティオを火の海にすることも……っ」
驚愕の事実を知り、二人の表情は絶望に染まっている。
「……確かにかなりまずい状況ではあります。ですが冷静に考えてみて、現時点において翼竜を使った空から攻撃を仕掛けられていないということは、まだ準備段階……いえ、ひょっとしたら実践投入できる段階にないのかもしれません」
二人の様子を見て逆に冷静さを取り戻せたおかげで、僕はようやく混乱していた頭が動き出した。
今、三人に説明したことを踏まえれば、僅かかもしれないが、僕達にはまだ時間がある。
あとは、何とかあれを間に合わせることができれば……。
「カサンドラ准尉、サン=マルケス要塞への連絡は……」
「セバスティオに戻った段階で、既に伝書鳩を放っております」
「そうか……ありがとう」
表情を変えずに淡々と答えるカサンドラ准尉に、僕は感謝を告げた。
「ベ、ベルトラン将軍……ひょっとして、なんだが……」
「空からの攻撃に対抗する手立て……ある、んですか……?」
僕とカサンドラ准尉のやり取りを見て、二人の瞳に僅かながら希望が宿る。
「……何とも言えません。僕もこういった未来を想定して以前から準備をしてきましたが、果たしてそれがあの翼竜に通用するのか、そもそも空から襲撃を受けるまでにこちらの準備が間に合うのか……」
せめて試作品でも完成していれば話が違ったんだけど、ね……。
「いずれにせよ、こうなったら向こうの翼竜を使った戦術が実戦投入できる状況じゃないことを祈りつつ、こちらもできる限りのことをして待つしかない」
「はい……」
カサンドラ准尉が僕の傍に来て、キュ、と軍服の袖をつまんだ。
だけど、その指は少し震えていて……。
そうだよな……彼女だって、本当は冷静でいられるはずがない。
それでも、僕のためにこうやって気丈に振る舞ってくれているんだ。
だったら。
「あ……」
「心配いらない。ちょっと取り乱しちゃったけど、この僕が必ず打開してみせる。君は、僕が絶対に守ってみせるから」
「うん……」
カサンドラ准尉という仮面から素顔を覗かせ、サンドラはその頭に乗せた僕の手に自身の小さな手を重ねて頷いた。
そうだ……こんな日が来ることを想定して、僕は対策を練ってきた。
なら、その全てをここでぶつけてやる。
――この、誰よりも大切な女性を守り抜くために。
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