空を舞う翼竜
「おおー、順調順調」
僕とカサンドラ准尉、それに竜騎兵一千が城塞都市セバスティオに到着してから二週間。
二万の兵を動員してヴィレント山脈の絶壁の岩肌に桟道が組まれていくのを見て、僕は満足げに頷く。
桟道の設置には非常に危険が伴うため、細心の注意を払う必要があるけど、そこはカサンドラ准尉が陣頭指揮を執っているので、その辺の対策もバッチリだ。
だけど、同胞の命を大量に奪った仇敵である僕達がこうして順調に作業を進めていられるのも、タイラン将軍やイルハン千人長の徹底した指導もあるけど、何よりカサンドラ准尉がその有能ぶりを見せることで、少しは見直してもらえたようだ。
僕? 僕は基本的に口しか出さないから、タワイフ兵からは相変わらず最低評価ですが何か?
「それにしても……まさかこんなことを考えるなんて、思いもよらなかったぞ」
隣で一緒に作業状況を眺めるタイラン将軍が、そう呟いた。
そう……この険しいヴィレント山脈の存在と、僅かな隙間しかない東西の通路を見て、僕はこのヴィレントそのものを要塞化することを考えた。
ここを確保できれば、高所から大砲によって圧倒的有利に砲撃が可能になるし、ベルガール要塞の攻略にしても、背後を突いて包囲戦を仕掛けることもできる。
最初、この策を伝えたらタイラン将軍とイルハン千人長からは怪訝な顔をされたけど、偵察してもらって把握したオルレアン側の地形を交えて説明したら、それがいかに戦略的優位を生み出すかについて理解してもらえた。
これがエルタニア皇国の権威主義に凝り固まったお堅い連中だったら、絶対に認めてもらえないだろうけど。
というか、僕からすればどうしてこんな素晴らしい自然の要塞を活用しないのかと不思議に思うものの、銃や大砲といった兵器が誕生してからそれほど経っていないということもあり、その価値や運用方法についてそこまで考えが進んでないんだろうな。
そんなことを考えながら、僕は呑気にこの戦争の落としどころについて思案していると。
「ベルトラン将軍、タイラン将軍、山頂までの桟道が開通しました」
「本当か!」
やって来たカサンドラ准尉の報告を聞いたタイラン将軍が、嬉しそうな声を上げた。
「はい。まだしっかりとした足場が組み上がったわけではないため、多くの兵士や馬が通ることはできませんが、それでも、僅かな人数であれば通れますが……いかがなさいますか?」
カサンドラ准尉は表情こそ変わらないものの、そのアメジストの瞳を輝かせている。
どうやら、早くそれを僕達に見せたいみたいだ。
「分かった。それならすぐに頂上へ行ってみよう。今後の要塞建設のための地形の確認も必要だし、何より、ベルガール要塞の様子を窺うこともできるしね」
「そのとおりですね」
僕の答えに、カサンドラ准尉は頷く。
期待どおりの答えに、彼女も満足げだ。
「それで、タイラン将軍はどうされます?」
「そ、そうだな……ところでカサンドラ准尉、桟道にはその……」
「そうですね……まだ完全に整備されたわけではありませんので、虫が出る可能性も否定できません」
「そ、そうか。なら俺は、桟道の全てが完成するまで楽しみは取っておこう」
クイ、と眼鏡を持ち上げるカサンドラ准尉に、タイラン将軍は口の端をヒクつかせながらそう答えた。
今後の戦局を占う意味でも、桟道や頂上の確認は重要だというのに、虫の恐怖が勝るのか。
「ベルトラン将軍がいらっしゃれば、確認などは充分かと」
「そ、そうだ! そのとおりだぞ! だからそんな目で見るな!」
僕の考えを読み取ったのか、カサンドラ准尉がそう告げると、タイラン将軍もここぞとばかりに相乗りする。
だけど、こうやって僕にジト目で見られてしまうことは諦めるんだな。
「では将軍、行きましょう」
「ああ」
「気をつけてな」
行かずに済んであからさまに安堵の表情で手を振るタイラン将軍に見送られ、僕とカサンドラ准尉は桟道を進む。
なお、イルハン千人長も連れて行こうかと思ったんだけど、カサンドラ准尉曰く、彼は手が離せないということらしい。
というか。
「……岩肌の絶壁なんだから、虫なんて出るはずがないだろ」
「あはは、バレたか」
隣を歩く仮面を外したサンドラにボソッと告げると、彼女はちろ、と舌を出しながらおどけた。
まあ、せっかくヴィレントの頂上の景色を眺めるんだから、男……しかも、イケメン二人が一緒にいたら惨めになって一切楽しめなくなるからな。
それに、サンドラと二人きりで山登りというのも、悪くはないかな……って。
「そ、その……この桟道は未完成で危ないさかい、こうやって手を繋いどかんと……」
顔を真っ赤にしながら、サンドラはそんなことを言いながら僕の手を握った。
オイオイ、これじゃまるで、登山デートをしているみたいじゃないか。
だったら。
――ギュ。
「あ……」
「こうしたほうがしっかり握れてよくない?」
僕はサンドラの小さくて細い指に交互に絡ませ、強く握った。
「うん……うん……えへへ、ベル君の言うとおり、やね……っ」
消え入るような声を振るわせ、うつむいてしまったサンドラ。
僕は火照る顔を桟道の先へと向けながら、そんな彼女を導くように手を引いた。
そして。
「おおー!」
五時間近くかけてようやく頂上へと到着し、僕は思わず感嘆の声を漏らした。
オルレアン帝国側を一望でき、眼下にはベルガール要塞の他にもいくつかの街や村、それに広がった田園地帯が見えた。
「あはは、メッチャ気持ちいいね」
「そうだな……」
なびく髪を耳にかけ、サンドラが微笑みながら呟く。
僕も、彼女の言葉に同意した。
その時。
「あ! ベル君あれ!」
「ん? どうした……っ!?」
サンドラが楽しそうに指差した先へ目を向けた瞬間、僕は思わず声を失った。
だって。
――何匹もの翼竜が、大空を飛翔していたから。
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