山へ散策に
「……うん、やれるかどうかはひとまず置いといて、一つ策を思いついたよ」
「「ハア!?」」
僕の言葉に、タイラン将軍とイルハン千人長が驚きの声を上げた。
カサンドラ准尉は……表情の変化が一切ないんですけど。それどころか、どこか誇らしげに見えるのは気のせいでしょうか。
「そ、それで、策というのは……?」
「それはセバスティオに帰ってからにしよう。それより、ちょっとヴィレント山脈を散策してもいいかな?」
「こ、この山をか……」
タイラン将軍はヴィレント山脈を見上げながら、露骨に嫌そうな顔をした。
僕よりも身体を動かしていそうなのに、意外に肉体労働系は得意じゃないのかな。
「実はタイラン将軍は、虫が苦手なのです」
「「ああ……」」
イルハン千人長の言葉を聞いて、僕とカサンドラ准尉はタイラン将軍に何とも言えない眼差しを向けた。
「だ、誰だって苦手なものの一つや二つあるだろうが! なんでそんな目で見られないといけねえだよ!」
「なんでって言われてもなあ」
「ですね」
「ア、アハハ……」
うるさく騒いでいるタイラン将軍を尻目に、僕達三人は困った表情を浮かべる。
「それで、僕は山の中に入ろうと思うけど、みんなはどうする?」
「私はもちろんご一緒します」
「私もです。それに、ベルトラン将軍をご案内しないといけませんので」
「お、俺は……ここで三人が戻るのを待つことにする」
カサンドラ准尉と案内役のイルハン千人長は一緒に行って、タイラン将軍は留守番な。このチキンめ。
「分かった。では、行くとしよう」
「「はい」」
僕達はタイラン将軍を置き去りにし、山の中へと入っていく。
木々が広がっていて日陰が多く、少しジメジメした感じだな。
「だけど、思ったより険しくはなさそうだな」
「そうですね。少し整備すれば、騎馬でも登ることができそうです」
そうやって周囲などを確かめながら、僕達は順調に山を登る、んだけど……。
「あー……ここから先は、馬だと難しそうだなあ……」
「ですね……」
まるで僕達の侵入を遮るかのように、僕達の前に岩肌を露わにした絶壁がそびえている。
それも、絶壁は山脈に沿って頂上までずっと続いていそうだ。
「でも、それなら桟道を作れば、頂上まで行けるかもしれないな……イルハン千人長、どう思う?」
「そうですね……ですが、ここから頂上までかなりの標高がありますし、作業するにしても相当時間がかかります。現実的ではないですね」
だけど、人海戦術で一気にやれば、ひょっとしたら向こう二、三か月……いや、一か月で可能かもしれない。
何より材料となる木々はそこら中に生えているんだし、聞いたところによるとセバスティオにいる兵士の数は二万人。作業を行う人員は充分だ。
「ベルトラン将軍。私の見立てでは、上手くすれば一か月で可能かと」
「やっぱり君もそう思うか」
「ちょ、ちょっと待ってください!? 本気ですか!?」
僕とカサンドラ准尉の会話を聞いて、イルハン千人長が慌てて会話に割り込む。
どうやら彼は、できないと考えているようだ。
「もちろん本気だ。なあに、僕の見立てだけならともかく、カサンドラ准尉がお墨付きをくれたのなら間違いない。一か月で頂上までの桟道を組むことはできるはずだ」
困惑するイルハン千人長に、僕は自信を持って答えた。
何といっても、サンーマルケス要塞を一人で切り盛りするカサンドラ准尉がそう言ったんだからな。これ以上の保証はない。
「それとも、ヴィレント山脈を越える手段が他にあるなら、教えてほしいんだけど」
「いえ……他の方法となると……ですが、どうしてベルトラン将軍はそこまでヴィレント越えにこだわるのですか……? 時間や手間を考えれば、普通に海岸線を抜けてベルガール要塞を攻略するほうが現実的だと思うのですが……」
「そう? 僕からすれば、ずっと攻めあぐねている状況を考えれば、ベルガール要塞の攻略は現実的じゃないと思うけど」
「私もそう思います。このまま攻め続けてもいたずらに消耗するだけですし、かといって膠着状態のままでいればただ時間だけが過ぎ、いずれ国力で上回るオルレアン帝国に有利に働くことが目に見えています」
これがせめてオルレアン帝国と国力が同等だったら、先の戦争で僕とタイラン将軍が取ったように膠着状態のままやり過ごすってこともできるだろうけどね。
「それよりも、この山脈を越えたとして、オルレアン側がどうなっているかも知りたいなあ」
「え、ええと……それでしたら、改めて偵察を送りますか?」
「そうしてくれると助かるよ」
呟きを拾ったイルハン千人長の提案に、僕は笑顔で頷いた。
「それにしても……これほど物腰も柔らかくて紳士的で、美丈夫のイルハン千人長が、いざ戦争になると鬼気迫る活躍をされるのですから、どうしても不思議に思ってしまいます」
「そ、そうですか?」
「はい。もし他の女性が今のお姿と戦場でのお姿を見たら、絶対に戸惑うでしょうね」
イルハン千人長を見つめながら、そう話すカサンドラ准尉。
だけど、おそらくこの場で一番戸惑っているのは僕だろう。
何故かって? 絶対に言わない。
「さあ、もう用も済んだし早く戻ろう。タイラン将軍が、首を長くして待っているからね」
「「はい」」
僕はぶっきらぼうにそう告げると、少し足早に山を下りる……んだけど。
「……何だよ」
「えへへ……別に」
イルハン千人長に気づかれないようにしながら、どこか嬉しそうにはにかむサンドラに、僕はバツが悪くなってプイ、と顔を背けた。
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