一つの策
「それで、今の戦況はどうなっているんだ?」
「ああ……セバスティオでは何とか国境付近までオルレアン軍を後退させることができたが、そこから先はこちらも攻めあぐねているって状況だ」
タイラン将軍の執務室、テーブルにセバスティオ及び国境付近の地図を展開しながら、僕達は作戦会議を行っている。
だけど、彼の話を聞く限りだと、どちらも膠着状態になってしまっているといったところか。
タイラン将軍はサン=マルケス要塞での戦いにおいても均衡を保つことが得意な指揮官だから、この状況を狙って行っている部分もあるんだろうけど。
「では東の城塞都市、ルサリオのほうはどうなんですか?」
「それが困ったことに、向こうも向こうで両軍戦力を集中させるも、今はこちらと同じような状況なんです……」
カサンドラ准尉の問い掛けに、イルハン千人長はそう答えて肩を落とした。
ふむ……重要な戦場が膠着状態のままなら、強国相手にむしろ喜ばしいことのような気もするけど……。
「タイラン将軍は、何を狙っている?」
「そうだな……できればセバスティオ攻略に充てられているオルレアン軍の戦力をルサリオへと向けさせて、手薄となったこちら側から切り崩し、そのまま東のオルレアン軍の背後を突いて包囲戦を仕掛けたいんだが……」
「包囲戦、ねえ……」
かなり大規模な作戦だけど、僕はそれがほぼ不可能であることをすぐに理解する。
何せ、このセバスティオからルサリオまでの距離は、およそ四〇〇キロメートル。規模にもよるけど、標準的な行軍速度が一日十五キロメートルとすれば、三週間以上もかかってしまう。
さらに、オルレアン帝国側の領土を進むわけだから、兵站を確保しながらとなるとさらに行軍速度は落ちる。
「うん、どう考えても無理だ。現実的じゃなさすぎる」
「そんなあっさり否定するなよ。向こうより戦力が劣っている以上、少々無茶な策を講じない限り、勝ち目がないんだよ」
「まあねえ……」
竜騎兵と野戦砲がタワイフ軍で運用されて配備が整っていれば、そんな無茶なことしなくてもいくらでもやりようはあったけど、タワイフ軍は未だに銃と重装歩兵、それに騎兵による複合型の方陣が主流だしなあ……。
「一応、俺達だって馬鹿じゃない。ベルトラン将軍の戦術を参考に、銃と大砲の量産自体は二年前から進めてはいるんだ」
「だけど、西方諸国の一般的なマッチロック(火縄)式だよね。それも、銃身の長い」
「いや、徐々にフリントロック(火打石)式に切り替えている。コッチのほうが天候に作用されないし使い勝手がいいのは、痛い目を見てよく分かってるからな」
なるほどね……相手の長所を取り入れ、柔軟に活用するところは、さすがはタイラン将軍といったところか。
「大砲についても、様々な規格のものを試験的に生産しています。精度などはまだまだ自慢できるレベルではありませんが、それでも数に関してはオルレアン帝国にも引けを取りません」
補足するように、イルハン千人長が説明する。
精度はともかく、というところは引っ掛かるけど、数は多いに越したことはない。
今や、いかにして銃と大砲を上手く運用するかが、戦争を左右するのだから。
「いずれにせよ、僕も戦場や周囲の地形などをこの目で確認しないことには戦術も立てられないし、早速連れて行ってくれない?」
「連れてってくれって……ひょっとして、今からか!?」
「? そうだけど……」
驚くタイラン将軍に、僕はただ不思議に思い首を傾げた。
◇
「あー……なんでこんなことに……」
馬に乗って前を走るタイラン将軍が、まだブツブツ言ってる。
というか、この時間ならまだ陽も高いし、膠着状態がいつ崩れるかも分からないんだから、早めに動かないと。
「ベルトラン将軍は普段から仕事嫌いで将軍職を辞めようと無駄なことばかりする方ですが、基本的にフットワークは軽いですので」
眼鏡をクイ、と持ち上げ、カサンドラ准尉はどこか誇らしげに語る。
だけど、僕のこと全然褒めてないよね? 何なら普段の恨み節まで含んでるよね?
「で? ここまで見て回って、どう思った?」
「そうだなあ……」
左側は断崖絶壁、右側は険しいヴィレント山脈、その間は精々二、三十人が横一列で通れる程度の幅の道しかない。
これなら、確かに少ない兵力でも防衛は可能だ。
ヴィレント山脈を越えるなり迂回できる道はないかと見てみたけど、急勾配な上に標高も高く、そもそも迂回路なんて存在しなかった。
「守りやすく、攻めにくい、か……」
一度向こう側に入り込んで、オルレアン帝国の防衛拠点である“ベルガール要塞”を攻略できれば、戦況を一気にこちら側へ傾けることができる。
要は、西と東に一つずつしかないタワイフ王国へ通じる道の一つに蓋をしてしまう一方、こちらはベルガール要塞を通じてオルレアン側に侵入し放題。
そして、兵站や拠点を徐々に展開して拡大していけば、こちらにとって有利な形で講和に持ち込むことができるだろう。
そもそも、タワイフ王国だって国力が違い過ぎる相手と、いつまでも戦争を続けたいだなんて考えてもいないだろうし。
だけど、そもそもこちらから侵攻してベルガール要塞を攻略するなんて、無理な話なんだけど。
この地形によって、守りやすく攻めにくいのは、向こうだって同じなんだから。
となると……。
「……うん、やれるかどうかはひとまず置いといて、一つ策を思いついたよ」
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