城塞都市セバスティオ
「うう……やっぱり帰りたいよー……」
「ここまで来て、泣き言を言わないでください」
サン=マルケス要塞を出立してから三週間。
僕とカサンドラ准尉、そしてデルガド大尉率いる竜騎兵一千の軍勢で城塞都市セバスティオへと向かっている。
もちろん、タワイフ王国の軍事顧問としてオルレアン帝国との戦争に参加するために。
だけど、カサンドラ准尉はそう言って僕をたしなめるが、そもそも参戦する羽目になったのはアナベル殿下のせいだし、袂を分かった今となってはわざわざ行ってやる義理もない。
というか、僕は将軍職を辞めたいのであって、元帥になりたいわけじゃないんだよ。
「でも、君の進言に従って竜騎兵や野戦砲を持ち出して正解だったよ。そうじゃなかったら僕達の身の安全だけでなく、エルタニア皇国にとっても大変なことになりかねないからね」
オルレアン帝国との戦争が終わればタワイフ王国と再び戦争になることも考えられるから、こういった軍事技術の流出は避けたいところだけど、それ以上にここで帝国を撃退しておかないと、もっと危機に陥ることは目に見えている。
今はまだ二国で協働して当たれるからいいが、エルタニア皇国一国だけで強大なオルレアン帝国には絶対に勝てない。
何より、国力が違い過ぎる。
「それに、よくよく考えればタワイフ王国が竜騎兵と野戦砲のノウハウを得ても、その着手から実戦配備までには年単位で時間がかかる。だったら、出し惜しみしている場合じゃないよね」
「はい」
僕が呑気にそう告げると、カサンドラ准尉は首肯した。
タワイフ王国が竜騎兵や野戦砲を揃えて現時点の僕達にようやく互角になったとしても、僕達はさらにその先へとたどり着くつもりだし、そのための準備も既に着々と進めている。
「おっと、ようやく見えたな」
お世辞にも整備されているとは言い難い街道の先に色がる海と共に、レンガ造りの城壁によって囲われた街が姿を現す。
――あれが、タワイフ王国の誇る難攻不落の城塞都市セバスティオだ。
「遠くから眺める限りでは、オルレアン帝国と争った様子は見えませんね」
「おそらく、セバスティオより先にある、ヴィレント山脈の端の国境付近が戦場となっているのかな」
そうだとしたら、あのサン=マルケス要塞に兵力を投入した隙を突かれてそれなりに侵攻を許したはずなのに、そんなところまで押し返すなんてすごいなあ。
などと呑気に考えながら、僕達はようやくセバスティオの門前へと到着した……んだけど。
「ええとー……どうして僕の知り合いがいるのかなあ……?」
「オイオイ、冷たいこと言うなよ……」
「お久しぶりです!」
出迎えてくれたのは、サン=マルケス要塞で攻防を繰り広げてきた僕の好敵手、タイラン将軍とイルハン千人長だった。
◇
「なるほどな……俺達はこれで、散々な目に遭わされてきたってわけか……」
竜騎兵をしげしげと眺めながら、タイラン将軍が呟く。
まあ、二年前の彼との初戦で、竜騎兵で散々に包囲殲滅したからなあ。
「だけど、タイラン将軍だってすぐに態勢を立て直して、僕達の軍の追撃を抑えたじゃないか」
「まあな……だが、あれが俺の精一杯だったよ」
そう言って、タイラン将軍が肩を竦める。
コッチが策を弄しても守りが堅すぎて、どれだけ僕達が攻めあぐねたか……。
「ですが……ベルトラン将軍、これを私達に見せてしまってもよかったのでしょうか……?」
「いいに決まってんだろ。つーか、余計なことを言ってコイツが引っ込めたらどうするんだよ」
おずおずと尋ねるイルハン千人長に対し、呆れた様子でつっこむタイラン将軍。
というか、タイラン将軍はもう少しイルハン千人長を見習って、態度を改めてほしい。
「それよりも、まさかお前が彼女……カサンドラ准尉を連れて来るなんて、そっちのほうが驚きだ」
「本当です」
タイラン将軍とイルハン千人長が、カサンドラ准尉をまじまじと見つめながらそう告げた。
「当然です。私はベルトラン将軍の補佐官ですし、兵站や兵の管理などの業務は、将軍では務まりませんので」
「あははー」
澄ました表情で答えるカサンドラ准尉の隣で、僕は脳天気に笑った。
本当は彼女が僕のために来てくれたことは、この僕だけが知っていればいい。
なのに。
「ハイハイ。ベルトラン将軍の過保護っぷりもそうだが、カサンドラ准尉も負けてねーな」
「アハハ……そうですね」
まるで『分かってますよ』と言わんばかりに、二人が僕とカサンドラ准尉に生暖かい目を向けてくるんだけど。
「まあ、二人が元気そうで安心したよ。それじゃ……ここからは、少し真面目な話でもしようか」
「ああ」
急に真剣な表情に変わったタイラン将軍に執務室へと案内され、オルレアン帝国との戦争の今後、協議を行った。
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