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私の力 ※カサンドラ視点

■カサンドラ視点


「では、後は(・・)よろしくお願いします」

「「は、はい!」」


 全ての引継ぎと伝達事項を終え、私は次の仕事に取りかかるために執務室に戻ろうとすると、サラス少尉とサモラーノ事務官が敬礼をした。


 デルガド大尉やこの要塞にいる他のみんなもそうやけど、小っちゃくて、年齢も若くて、階級も准士官でしかなくて、しかも平民の私なんかを認めてくれている。


「えへへ……それもこれも、全部ベル君のおかげなんやけどね」


 一年前に私が着任したその日、ベル君はサン=マルケス要塞の士官、下士官、兵士の全員を集めて紹介してくれた。


『カサンドラ准尉は僕の(・・)補佐官だから、彼女の言葉は僕の言葉だと理解してくれ』


 そのおかげもあって、みんなはこんな私に敬意を払ってくれて、優しくしてくれた。

 士官学校時代と卒業してからここに配属される前までの三年間では、平民いうだけで馬鹿にされて、蔑まれて、鬱陶(うっとう)しがられてた私が。


 まあ言うても、馬鹿にした連中に対して私も黙ってへん(・・・・・)かった(・・・)し、何なら全員痛い目に遭わせたけど。


「……やっぱりここを離れるんは、ちょっと寂しいな……」


 一年という期間しかないけど、サン=マルケス要塞には私にとってかけがえのない大切な思い出がいっぱい詰まってる。

 大切な人、ベル君との楽しくて素敵な思い出が。


 なんて感慨にふけってたっちゅうのに。


「この私に、少々付き合ってもらおうか」


 ……このアナベル殿下のお付き(・・・)が、わざわざちょっかいかけに来よった。


「申し訳ありません。私も明日の出発までに最後の確認をしなければなりませんので」

「貴様に拒否権があると思っているのか。いいから来るんだ」


 いつものように仮面を被って事務的に断ろうとしたけど、サリナス卿は私の腕を引っ張って強引に連れ出した。


 そして。


「好きな武器を選べ」

「…………………………」


 練兵場へと連れてきたサリナス卿が、そう言い放つ。

 どうやら、私と決闘をしたいみたいや。

 お互い合意の上の決闘やったら、私を殺しても問題ないと思うてるんやろな。


 セバスティオに出立する直前の大事な時に、こんな真似をしでかす時点で大問題やのに。

 せやけど、あの宿屋でもサリナス卿は私に手を出してきたくらいやさかい、そこまで頭が回らへんのやろな。


 まあでも、そこは上手く収めるつもりなんやろ。

 士官学校時代からベル君の補佐官になるまでの六年間で受け続けてきたのと同じように、あの憎悪と侮蔑の視線を送ってきたあの女(・・・)が。


「あはは♪」


 気がつくと、私は思わず(わら)ってしまった。

 このサン=マルケス要塞では一度も見せることのなかった、どこまでも暗い、あの嗤笑(ししょう)を。


「せやったら、私はこれにするわ」


 私は練兵場にある武器の中で最も大きな、クレイモア(大剣)を手にした。

 それも刃渡りが私の身長もある、巨大なものを。


「プ……ハハハ! なんだ、武器の選び方も分からないのか! そのような小さな身体に不釣り合いなものを選択しては、まともに振るうことすらできないぞ!」

「うっさいなあ……御託はええから、やるんならさっさと始めて」


 腹を抱えて大笑いするサリナス卿に、私は面倒くさそうにそう告げた。


「ハハハ、まあ死に急ぐな。最後の言葉くらい、この私が聞いてやろう」

「へえ……せやったら、一つだけ教えて。アンタを私に差し向けたのは、アナベル殿下ってことでええんやな?」

「そうだ! 殿下は貴様のような平民が弁えもせず、シドニア将軍の周りをうろちょろされていることを目障りに思っておられるなのだ!」


 あはは。コイツ、ホンマにアホや。

 私を殺してしまうさかい関係ないとでも思てるんやろうけど、いくら何でも主君の命令やなんて大声で言うたらアカンやろ。


 ひょっとしたら、どこかで(・・・・)誰かが(・・・)聞いてる(・・・・)かもしれへんのに。


「そっか。聞きたいことも聞けたさかい、さっさと終わらせてしまおか」

「口だけは一人前だな! せめてもの情けだ、苦しまないように一撃で殺してやる!」


 サリナス卿が腰の剣を抜いて構えると、大きく振りかぶって突撃してきた。


 私は。


 ――ざく。


「っ!? あああああああああああッッッ!?」


 サリナス卿が振り下ろした剣を向かって左横に(かわ)し、無造作にクレイモアを振り上げた。

 すると……サリナス卿の右腕が肘から切断され、剣と共に宙を舞った。


「あ……腕が……私の腕があああ……っ」


 右腕の傷口を押さえながら芋虫のようにうずくまるサリナス卿に、私はニタア、と口の端を吊り上げる。

 そもそも、私を見くびるからこういうことになるんや。


 ベル君に助けてもらって、幸せな時間を過ごして、離れ離れになってしもうた七年前のあの日から、私は死に物狂いで努力した。

 ノリエガ先生に師事して、必死で剣術を覚えて、鍛えまくって。


 元々、小っちゃい身体に似合わず馬鹿力だけはあった私やけど、剣術を学んだことで誰にも負けへん強さを手に入れた。

 これに関してはノリエガ先生も、『天賦の才』やいうて手放しで褒めてくれたっけ。


 それに、何より……私には、この特別な()があった。


 なんで強くなったかって?

 もちろん、あの日救ってくれたベル君を、今度は私が一生かけてその(そば)で守るためや。


「うう……あの宿屋でだって、貴様は簡単に壊れてしまいそうなほどに弱かったじゃないかあ……なのに……なのに、なんだよお……なんであの時は、手を出してこなかったんだよお……っ」

「あはは♪ おめでたいなあ。そんなん、ベル君が見てたからに決まってるやん」


 そう……私は、ベル君が通路の陰から見守ってくれてることに気づいてた。

 あの時は物資の輸送とバヤジット王への謁見ていう大切な任務があったさかい、私のせいでベル君に迷惑をかけたくなくて、ずっと我慢してただけや。


「でも、今回はアンタがわざわざ決闘を挑んでくれたさかい、メッチャ都合よかったわ。おかげでアンタを殺しても、ベル君に迷惑がかからない」

「っ!?」


 クレイモアの切っ先を喉元に突き付けられ、ようやく理解したんやろう。

 虫ケラを踏み潰す側やと思うてたのが、実は自分のほうが虫ケラで、踏み潰される側やったということに。


「あはは♪ 心配せんでも、すぐ楽にしたげる♪」

「お、お願いします……た、たしゅけ……」


 私がクレイモアを高々と振り上げると、涙と鼻水とよだれで顔をぐちゃぐちゃにしながら、サリナス卿が懇願する。

 あはは♪ せっかくの美人さんが台無しやなあ。


 でも、私の剣が振り下ろされることはなかった。


 だって。


「サンドラ!」


 私を心配して一生懸命探してくれた、大好きなベル君が来てくれたから。

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