二人の謝罪
「サラス少尉、サモラーノ事務官、不在の間の留守を頼みます。特にサモラーノ事務官は、サラス少尉が暴走しないようしっかり見張っておいてください」
出発の準備を着々と整える中、カサンドラ准尉が引継ぎを行っている。
というか、今回の派兵準備に関しては彼女が全て取り仕切っているから、むしろ僕が補佐官みたいな感じになってるんだけど。
「ハハハ、いつものことなんですからいいじゃないですか」
「デルガド大尉、それだと僕の立つ瀬がないから困るんだよ」
いや、もはやサン=マルケス要塞はカサンドラ准尉のものと言っても過言じゃないから、僕はいらないんじゃないかって時々錯覚してしまう……いや、いらないだろ。
何なら、将軍職を彼女に譲って……。
「二人共、くだらないことを言っていないで、早く準備を済ませてください」
「デルガド大尉のせいで叱られたじゃないか」
「ええ!? 私のせいですか!?」
デルガド大尉は何か言いたそうにしているが、僕は知らん。
それより、いい加減カサンドラ准尉の視線が痛いので作業を進めないと……って。
「順調のようだな」
ノリエガ将軍が供も連れずに一人でやって来た。
「どうかなさいましたか?」
「いや、その……今回の件、本当にすまん……」
なんと、ノリエガ将軍は兵士達の見ている前で深々と頭を下げた。
「おやめください。ノリエガ将軍だって僕達同様、騙された側ですし、謁見中にいきなり言われたら、どうしようもないのは分かってますから」
「……皇都に戻ったら、今回のアナベル殿下の暴走は皇帝陛下にもしっかりと伝えておく。それと、向こうでは決して無理をするな。所詮、タワイフ王国とオルレアン帝国の戦争なぞ、我々には関係のない話なのだからな」
僕の肩をつかみ、真剣な表情で告げるノリエガ将軍。
その眼差しは、僕達を本気で心配してることが窺えた。
「あはは、でしたら無事に帰還したあかつきには、僕の将軍職を解いて後方で悠々自適に過ごせるようにしてください」
「むう……そ、それは……」
えー……どうしてそこで口ごもるのかなあ。
というか、なんでカサンドラ准尉をチラチラと見るんですか?
「とりあえず、そういうことだから気をつけるのだぞ!」
「あ! 逃げた!」
ノリエガ将軍は踵を返し、ここから立ち去ってしまった……。
「将軍、遊ぶのはそれくらいにしてください」
「はい……」
わざわざ傍まで来て注意されたので、僕は再び手を動かすことにする、んだけど。
「(残念やけど、ノリエガ先生はとっくの昔に買収済みやで)」
なんてことを、口の端を吊り上げながら耳打ちするサンドラ。
あはは……そんなことくらい、最初から知ってるよ。チクショウ。
◇
「あー……やっと終わったー……」
全ての準備を整え、自室に帰った僕はベッドの上に寝転がる。
あとは、明日の朝になったら城塞都市セバスティオへ向けて出発するだけだ。
「ここ一週間、ほとんど寝てないんだ……明日に備えて、もう寝よう……」
夕食はまだだけど、眠いほうが先だ。
僕はゆっくりとまぶたを閉じ、夢の世界へ……。
――コン、コン。
……旅立つことは許されないみたいだ。
「どうぞ」
身体を起こし、僕はぶっきらぼうに声を掛けた。
すると。
「あ……ベ、ベル兄様……」
部屋へとやって来たのは、泣きそうな表情をしたアナだった。
「……何か用かな。僕は眠いんだけど」
「っ! そ、その……」
僕は不機嫌そうにしながら、拒否する姿勢を見せる。
だけど、アナはここから立ち去るつもりはないらしく、扉の前でモジモジしていた。
「用件があるなら、早く行ってくれ」
「は、はい! 今回のことは、本当に申し訳ありませんでした!」
深々と頭を下げるアナに冷たい視線を向け、僕は次の言葉を待つ。
僕の知っている彼女なら、この後理由を説明するはずだから。
「正直に言いますわ……私、{女皇になりたいの」
「っ!? ……それが、今回の件と何の関係が?」
突然放たれた言葉に一瞬息を呑むが、僕は冷静なふりをして尋ねた。
だけど……まさかアナが皇位継承争いに参戦するなんて、思いもよらなかった。
確かに、上二人の皇子と比べればすこぶる優秀ではあるけれど……。
「それで、ベル兄様には是非とも私を支援してほしくて……」
「だったらこんな真似をする必要はなかったんじゃないか? むしろそのほうが、僕の支援を取り付けられたと思うんだけど」
「それだけでは駄目なの……確かにベル兄様はエルタニア皇国を支える『八家』の一つ、シドニア侯爵家の当主だけど、それでもエルタニア軍においてはフェルナンドお兄様よりも下よ」
まあ、僕も将軍とはいえ、向こうは元帥。
特に規律を重んじる軍隊においては、上下関係は絶対だ。
「このままでは、あの力押しで戦うことしか能のないフェルナンドお兄様が軍を掌握し、影響力が増してしまうわ。だから……」
なるほど……考えが読めてきた。
つまりアナは、僕がフェルナンド皇子の抑止力になることを期待して、エルタニア軍内部で影響力を持たせるためにあんなことをしたのか。
確かに僕は将軍の中で最も若い二十二歳だし、ノリエガ将軍を除く他の将校からよく思われていないことも知っている。
だけど、タワイフ王国とオルレアン帝国の戦争で僕が軍事顧問として活躍すれば、大きな功績となると考えたんだな。
「そう上手くいくとは思えないけどなあ……」
アナの考えが読めたからか、僕はいつの間にか口調が呑気なものに変わっていた。
まだ怒ってはいるものの、妹のように思っていた幼馴染にあまり険しい顔を見せるのもなかなかつらいものがあるからね……。
「だ、大丈夫です! 私がお父様に言って、ベル兄様の功績を讃えて元帥にしてもらいますもの!」
「え、ええー……」
そんな話を聞くと、余計に行きたくなくなるんだけど……。
でも、僕の雰囲気が変わったからか、アナの表情は一転して笑顔に変わった。
「フフ……だからベル兄様、頑張ってくださいね? それと……これは、私からベル兄様への労いです」
そう言うと、アナは後ろへと回り、僕を抱きしめてきた。
「ね、ベル兄様……私も十八歳になりました……身体だって、こんなに成長したんですよ……?」
「そ、そうだね……」
さっきから背中に柔らかく大きな二つのものが当たって、今まさに幼馴染の成長を実感しているところですが何か?
「フフ……あの平民の女なんかより、皇女である私のほうがベル兄様に相応しいと思いませんか?」
「っ!」
「キャッ!?」
その言葉を聞いた瞬間、僕はアナを拒絶した。
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