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派遣要請

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……仕事が……準備があ……っ」


 サン=マルケス要塞に帰還してから一週間、僕は毎日のように徹夜作業に追われていた。

 というか、日々の仕事もこなしつつ、軍事顧問としてタワイフ王国に向かうための引継ぎや準備も並行してしなきゃいけないんだから、こんなの無理に決まってる。


「ベルトラン将軍、そのようなことをおっしゃっている暇があるのなら、手を動かしてください」


 一緒に仕事をこなすカサンドラ准尉に、冷たく言い放たれてしまった。

 普段であれば、僕も文句や皮肉の一つや二つ言ってやりたくなるところだけど、彼女もまた、僕と同じように連日徹夜で仕事をしてくれている。


 見た目こそは何ともないように振る舞ってはいるけど、目の下の(くま)を化粧で隠していることも知っている。

 いや……そうじゃない。


 彼女はいつだって将軍である僕以上に頑張っていることを、ずっと知っている。


「……カサンドラ准尉、今日の分は僕のほうでやっておくから、君はもう休め」

「大丈夫です。それに、そんなことをしたら一体誰が将軍を監視するというのですか」

「ええー……せっかく気を遣ったのに」


 くそう、彼女の中での僕への信用度は、ゼロに等しいとでもいうのか。

 いくら僕が仕事をサボるために色々と策を(ろう)してきたとはいえ、さすがに今回くらいは弁えているぞ。


「そういうことですので、次はこちらをお願いします」

「増えた……増えたよお……」


 結局、カサンドラ准尉に更なる絶望へと叩き落とされ、僕は口から変な煙を吐きながら仕事をこなしていると。


「ベルトラン将軍。先程早馬が来て、アナベル殿下とノリエガ将軍の輸送部隊が本日夕刻にここに到着する予定とのことです」

「そうか、ご苦労」

「はっ!」


 報告に来た兵士は、敬礼をして執務室を出た。


「あー……来たかー……」

「そうですね……タワイフ王国は、結局ベルトラン将軍を軍事顧問として受け入れることを、認めたのでしょうか……」

「さあ? 分からないけど、それはあの二人が教えてくれるんじゃない?」


 カサンドラ准尉の言葉に、僕は肩を(すく)めながらぶっきらぼうに答えた。


「それよりも、本当に大丈夫かなあ……僕は、竜騎兵や野戦砲まで持ち出すのは控えたほうがいいと思うんだけど……」

「いえ、絶対に必要になります。立場上は軍事顧問ですが、タワイフ王国からすれば将軍は同胞を殺し何度も煮え湯を飲まされた憎き仇敵。絶対に最前線……それも激戦地に回されることは目に見えています」

「それは分かるけどねー……」

「なら、少しでも生存確率を上げることこそが重要です。それに、ベルトラン将軍の実力を見せつけてタワイフ兵達の心をつかめば、逆に立場が良くなるというものです」


 クイ、と眼鏡を持ち上げながら、カサンドラ准尉が冷静に答えた。

 まあ……彼女の言うことももっともだし、僕もそれを受け入れてはいるんだけどね。


「本当に、君のような女性(ひと)がもっと多く指揮官になっていればいいのに……」

「それは困ります。私は、ベルトラン将軍の補佐官でいたいのですから」


 僕がポツリ、と呟くと、カサンドラ准尉にピシャリ、とそう言われてしまった。


 でも、僕はその言葉が何よりも嬉しかった。


 ◇


「バヤジット王より正式に依頼があり、ベルトラン君を軍事顧問として正式に派遣することとなった」


 アナベル殿下とノリエガ将軍の一行は予定どおり夕方にサン=マルケス要塞へと到着し、執務室でタワイフ王国との調整結果について報告を受けた。


「そうですか……まあ、そうなるとは思っておりましたので、既に準備を整えておりました」

「うむ。この件については皇都本部にも伝書鳩で連絡してある。正式な辞令を待たずに、すぐに向かってくれ」


 へえ……こんなに早く僕を派遣するように要請するってことは、ひょっとしたらタワイフ王国の戦況は思わしくないのかもしれないな。


「ところで……ベルトラン将軍は軍事顧問(・・・・)として出向することになりますが、求められている役割としては、王都での作戦立案ということでよろしいですか?」


 隣で一緒に話を聞いているカサンドラ准尉が皮肉を込めて尋ねたので、ノリエガ将軍は困った表情を浮かべた。

 はは、どうせ最前線に送られるだろうってことは分かっているので、これは彼女なりの意趣返しってところだろう。


「……すまんが、向こう側の要請としてはタワイフ王国とオルレアン帝国との西の国境、“セバスティオ”の防衛を頼むとのことだ」

「セバスティオ、ですか……」


 元々、タワイフ王国とオルレアン帝国は “ヴィレント山脈”という要害によって隔たれており、オルレアン帝国が攻め入るには東の城塞都市“ルサリオ”か、西の城塞都市セバスティオを攻略しなければならない。


 だが、先のエルタニア皇国との戦争中に隙を突かれ、オルレアン帝国に東のルサリオを攻略されて侵入を許してしまったタワイフ王国は、全軍を投入してヴィレントの国境へと押し返しているところだ。


「これは……責任重大ですね」

「うむ。戦力を東に傾けている中、西のセバスティオを抜かれてしまったら、その時こそタワイフ王国は終わってしまうだろう」


 そして、オルレアン帝国がそのことに気づかないはずがない。

 僕だったら、東を陽動にしてセバスティオに戦力を集中させて二面から包囲する。


「そういうことでしたら、サン=マルケス要塞の常備兵三千をセバスティオに派兵してもよろしいでしょうか?」

「それはいけませんわ。友誼(ゆうぎ)を結んだとはいえ、タワイフ王国は十年来の敵だったのです。国境の要衝であるこの要塞を空けることはできません」


 ここぞとばかりにカサンドラ准尉が提案すると、今まで静観していたアナベル殿下が口出しをしてきた。


「でしたらせめて半分を派兵し、それにより不足した分は皇都や戦略的に余裕のある地域などから、人員を回してください。それができないということなら、アナベル殿下はベルトラン将軍を死地(・・)へと送る考えであると理解してよろしいですね?」

「……三分の一、これ以上は絶対に認めません」


 カサンドラ准尉は僕をダシにして、常備兵一千の派兵を勝ち取った。

 アナベル殿下とノリエガ将軍は僕に対して負い目がある以上、こんなことを言われては折れるしかない。


 だけど……はは、本当に彼女は上手いこと交渉してくれた。

 最初に無理難題を吹っ掛け、本来の目的だった竜騎兵一千の派兵を認めさせたんだから。


「では、早速準備に取りかかりますが……申し訳ありませんが、そのような状況ですのでアナベル殿下をお構いできませんことをお許しください」

「…………………………」


 席を立ち、(うやうや)しく一礼すると、僕とカサンドラ准尉はアナベル殿下とノリエガ将軍を置き去りにして執務室を出た。

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