計算外 ※アナベル=デル=エルタニア視点
「ああ……アナベル殿下、そなたはなんと美しいのだ……その美しさを知っていれば、余はあのような戦なぞ、即座に止めていたであろうに」
「ありがとうございます」
タワイフ国王、バヤジット=ビン=タワイフ=ハーンの主催した私達を歓迎する晩餐会。
私は今、ベランダで二人きりとなったところで熱烈なアプローチを受けている。
ウェーブのかかった黒髪に、オニキスのような黒色の瞳、整った目鼻立ちに逞しさを感じる褐色の肌。
聞いた話では、バヤジット王はまだ二十五歳だと伺っているけど……一国の王で、なおかつこのような素晴らしい容姿なのに、どうして王妃がいらっしゃらないのかしら?
「もしよければ、是非ともそなたを余の妃に……」
「フフ……今日はあくまでも友好関係を結ぶための物資の提供が目的。それに、さすがにバヤジット陛下と私の婚姻となりますと、お互いの想いだけではいけませんわ」
「そ、そうだな……分かった、そなたがエルタニアへ戻り次第、すぐにでも皇帝陛下にお願いをするとしよう」
「まあ……」
私は自分自身に酔いしれるバヤジット王にしな垂れかかり、クスリ、と微笑む。
「そろそろ夜風が冷たくなってまいりました……申し訳ありませんが、今日のところは部屋で休もうと思います」
「そ、そうか……温かくするのだぞ?」
「はい、ありがとうございます」
バヤジット王に恭しく一礼し、私はレオを連れて会場を後にした。
「ふう……」
これで、お父様や文官達への義理は果たし、私の役目は全て終わった。
あとは、私の本来の目的を果たすように動くだけ……だったのに。
「どうして、こんなことに……っ!」
部屋に戻った私は、謁見の後の予想外の結果を思い出し、周囲にあった物を怒りに任せて投げつける。
目の前で跪く、レオノール=サリナスに向けて。
「そもそも! あなたが中途半端なことをするから、ベル兄様の印象が悪くなってしまったの! 分かっているの!」
「も、申し訳ありません!」
レオはベル兄様があの平民の女に嫌悪感を持たせるようにするため、卑しい身分であることを殊更に植え付けさせようとした。
それも、私の指示も待たず勝手に。
その後も、宿屋で手っ取り早くあの平民の女を始末しておけばよかったのに、中途半端なことをしたせいで通りかかったベル兄様に止められ、私が仲裁に入ることになってしまう始末。
そんなことの積み重ねがあったからこそ、あの謁見の間での私の提案を誤解され、決定的に嫌われてしまったわ。
「ああもう! 忌々しい!」
「キャッ!?」
花瓶を投げつけてやると、当たり所が悪かったのか、レオは可愛らしい悲鳴を上げた。
見た目は中性的で端整な顔立ちだし下手な男より強いけど、中身は女だものね。
「ハア……ベル兄様もベル兄様よ。よりによってあんなチビでブサイクで、しかも汚らわしい平民の女を傍に置くだなんて……どうかしてるわ」
そもそも、王侯貴族と平民では身分も立場も……それこそ人間と家畜くらい違うというのに、どうしてベル兄様はあんな女に優しくされるのかしら……。
あの女もあの女で、ベル兄様の優しさに付け込んで、あんなに失礼極まりない真似を……!
「本当にもう! どうして! どうしてあの宿屋で殺しておかなかったのよ! そのせいで、あの女まで一緒に戦争に行くことになったじゃない!」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
頭を抱え、床に突っ伏しながら肩を震わせてレオは謝る。
だけど、こんな結果を招いたレオを許すつもりはない。
元々、私が謁見の間であんな提案をしたのは、ベル兄様を軍事顧問としてタワイフ王国とオルレアン帝国との戦争に介入させ、勝利を収めることによってエルタニア皇国内でのベル兄様の評価を高めるため。
その功績をもってお父様に進言し、ベル兄様を元帥へと取り立ててもらい、馬鹿な第二皇子のフェルナンドお兄様の抑止力としてこの私が皇位を継承できるように支援していただくため。
そして……私の伴侶として、いずれ皇配となっていただくため。
そのための大切な布石であったにもかかわらず、レオが初手を間違えてしまったせいで、ベル兄様は私の話を聞いてくださらずに、そのままサン=マルケス要塞へと帰ってしまった。
あの、平民の女を連れて。
「大体、ノリエガ将軍もノリエガ将軍よ! 私の支持者であるはずなのに、いくら教え子とはいえどうしてアイツに加担するの! おかしいじゃない!」
確かにベル兄様を軍事顧問として派遣することを黙っていたのは申し訳なかったけど、だからといって意趣返しにしては酷すぎるわ!
「ア、アナベル殿下! 十日後にはサン=マルケス要塞に戻ります! その時は必ず、あの女を始末いたしますので、どうか……どうか……っ」
大粒の涙を零しながら、私の足に縋りつくレオ。
本当に、馬鹿な子。
「……次に失敗した時は、二度と私の視界に入ることはないと思ってちょうだい」
「っ! はい!」
私の言葉を赦しだと勘違いしたレオは、一転して蕩けるような笑みを浮かべる。
私はもう、この女に何一つ期待していないというのに。
「いい? あの女を殺す時は、死にたいと思うくらい苦痛を与えるのよ? 特に、この私に対して不敬な眼差しを送ってきた、あの紫の瞳は絶対にくりぬいてやるの」
そう……あの女は平民のくせに、宿屋の一件でもこの私に対して、まるで値踏みするような視線を向けてきたわ。
ベル兄様と一緒に王宮の応接室から立ち去る時も、この私に向かって射殺すような視線まで。
「お任せください! あの女の目玉を、是非とも殿下に献上いたします!」
顔を上気させ、レオは露わにした豊かな胸を拳で叩きながら宣言する。
フフ……仕方ないから、飴くらいはあげておこうかしら。
「いい子ね……さあ、こっちにいらっしゃい」
「アナベル殿下……アナベル殿下あ……っ」
彼女の頬から顎、首筋、そして胸へゆっくりと手を滑らせ、私は招き入れる。
そして……私とレオは全身に珠のような汗と互いの甘い蜜をまとい、心ゆくまで貪り合った。
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