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私は、知ってる

「皆様、ご心配をお掛けしました」


 次の日の朝、アナベル殿下は元気な姿を見せてカーテシーをした。

 どうやら、体調はすっかり良くなったみたいだ。


「復調されて何よりです。ですが、大事を取ってもう一日……」

「フフ……ノリエガ将軍、私ならもう大丈夫です。私のせいでタワイフ王国の形勢が不利になってしまっては、それこそ目も当てられませんから」


 そう言って、アナベル殿下がクスリ、と笑った。


「分かりましたぞ。では、出発することといたしましょう」

「はい」


 ノリエガ将軍の号令で、全員が一斉に王都へ向けて出発した。


 そんな中。


「…………………………」


 ……性懲りもなく、サリナス卿がコッチを凝視してるし。メンドクサイ……って。


「ベルトラン将軍、早く出発しますよ」

「……なんで君は、当たり前のように僕の馬に乗ってるのかなあ」


 どうやらカサンドラ准尉は、引き続き僕と一緒の馬に乗るつもりらしい。

 一応、飛び入りのために割り当てられるだけの余分な馬もないし、アナベル殿下が乗る馬車に同乗というのも不敬なので無理、というのが彼女の理屈なんだけど。


 とはいえ昨夜の一件もあるし、アナベル殿下の馬車に同乗するという選択肢は綺麗になくなったけどね。


「ハア……それじゃ、行くとするか」

「はい」


 そして僕は今日も、カサンドラ准尉の後ろに乗って馬を走らせた。


 ◇


「なるほど……ここがかの名高い、王都“サラグスタ”ですか……」


 城塞都市グレンガを出発してから六日。

 とんでもなく高くそびえ立つ目の前の防御壁を見上げながら、カサンドラ准尉はポツリ、と呟く。


 十年続いた戦争より以前から、このタワイフ王国はエルタニア皇国と争いを繰り返し、我が国の攻撃を幾度となく弾き返した防御壁。

 だが、大砲が発明された今となっては、この壁ももはや意味を成さない。


「カサンドラ准尉なら、この王都をどうやって攻略する?」

「そうですね……」


 僕の問い掛けに、カサンドラ准尉はその可愛らしい口に人差し指を当てながら思案する。


「やはり、大砲による一点集中砲火で防御壁を破壊し、そこから街の中へ侵入する……と見せかけて、別の進入路を確保して一気に中央を制圧するのが上策かと」

「なるほど……だけど、その別の進入路というのは?」

「あれです」


 カサンドラ准尉の指差した先には、王都の防御壁に沿って流れる川があった。


「あの川に通じている下水から、中へと侵入するわけだな」

「はい。とはいえ、事前に下水について調査を済ませておく必要がありますが」


 そう言うと、彼女はクイ、と眼鏡を持ち上げた。


「ははっ」

「……私の策は、いまいちでしたか?」


 僕が笑ったことで馬鹿にされたと感じたのか、カサンドラ准尉がジロリ、と睨む。


「……いや、違うよ。七年前、士官学校で君とこうやって策略について議論したなあ、と思い出したらつい、ね」

「なんや、そういうことかあ……あの二か月の思い出は、今も私の中に大切にしまってあるよ」


 仮面を外したサンドラが、トン、と僕の胸にもたれかかった。

 その可愛らしい顔に、(とろ)けるような微笑みを(たた)えて。


「僕もだよ。何せ、サンドラ以外に友達もいなかったし」

「あはは、せやけどベル君は三か月しかおらへんかったんやさかい、しょうがないやん。私なんて、三年もおったのにベル君だけ(・・・・・)なんやで?」

「あー……何そのボッチ自慢。というか、お互い言っててつらいな」

「そう? 私は別にそんなことないけど?」

「おおう……鋼メンタル……」


 平然とするサンドラに、僕は思わず感嘆の声を漏らす。

 僕だったら三年間ボッチなんて、絶対に耐えられないけど。


「まあ、ベル君がボッチなんはあんなこと(・・・・・)しでかしたさかい、みんなからメッチャ怖がられてたっていうのがあるんやけど」

「それを言うな。本当の僕は、こんなにも紳士だっていうのに……」


 あの時の士官学校時代の生徒達が向ける眼差しを思い出し、僕は肩を落とした。


「でも」

「?」

「私は、ベル君が誰よりも優しいのは知ってるし。ただ……それが他の人に向けられたらメッチャ嫉妬するけど」


 ……その顔でそういうこと言うの、反則だろ。


「あーあーそうですか。それじゃ、無駄話はこれくらいにして僕達も王都の中に入るぞ」

「あはは! ベル君が照れてる!」

「うっさい」


 揶揄(からか)いながら楽しそうに笑うサンドラに悪態を吐きつつも、僕は頬が緩みそうになるのを必死に抑えていた。


 ――僕達を睨む、仄暗(ほのぐら)さを(たた)えた瞳に気づかずに。

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