身の程
「げふう……食べたなあ……」
「ベルトラン将軍、行儀が悪いですよ」
げっぷをした僕を、隣を歩くカサンドラ准尉が無表情でたしなめる。
豪勢なタワイフの料理を食べ終えた僕と彼女は、何本もワインを開けてご機嫌のノリエガ将軍を食堂に置き去りにして、自分の部屋へと戻っている最中だ。
「それにしても……アナベル殿下は大丈夫でしょうか……」
「あー……」
アナベル殿下はここグレンガに到着するなり、体調を崩して部屋で休養されている。
どうやら、馬車に酔ってしまったみたいだ。
「だけど、街道を整備してあるエルタニア皇国と違って、タワイフ王国の王都までの道程は悪路が多いから、それも仕方ない」
「そうですね……」
あの十年戦争において、エルタニア皇国は街道を整備して兵站の確保を最重視していたのに対し、タワイフ王国ではこちら側からの侵攻を防ぐためにあえて悪路のままにして自然の要害としていた。
そういう戦略だということは、タイラン将軍からも聞いていたから間違いない。
「何にせよ、一晩で体調が戻られるといいけどね……って」
「…………………………」
何故かカサンドラ准尉が、僕の顔を覗き込んでいるんだけど。
「ええと……どうかした?」
「……いえ、別に何でもありません」
そう言うと、彼女はプイ、と顔を逸らしてしまった。
ううむ、何だろう?
「じゃあ僕はもう休むから、君も疲れを癒すんだぞ」
「はい。では、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ということで、僕は自分の部屋に入るとベッドに寝転がる。
うん、サンーマルケス要塞のベッドと違い、ふかふかだなあ。
ベッドの感触を確かめながら、僕はそのまま眠りに…………………………眠れない。
「あれかな? いつもと枕が変わったから寝つけないってことかな?」
そんなことを考えながら目を瞑って無理やり寝ようとするけど、やっぱり無理だ。
正直、ここまでずっと馬に乗っていたから、早く寝て身体を休めないといけないんだけどなあ……。
「ハア……気分転換にちょっとうろついてこよう」
そう考えた僕は、部屋を出て宿屋の中を徘徊した。
すると。
「……それは、どういう意味でしょうか?」
通路の先から、少し不機嫌そうな女性の声……カサンドラ准尉の声が聞こえた。
彼女も僕と一緒に部屋に戻っていたはずなのに、一体誰と話をしているんだろうか……。
僕は気づかれないように歩き、曲がり角の陰から様子を覗いてみると。
「言っている意味が分からないのか? ここは君のような者がいてもいいところではない」
「…………………………」
……どうやらカサンドラ准尉とサリナス卿が揉めているみたいだ。
「よいか。今、アナベル殿下は体調を崩されてお休みになられている。そのような時に、もし君のような平民が視界に入ってしまったら、余計に気分を害されるに決まっている」
へえ……たった二日前のこと、もう忘れてしまっているんだな。
僕は二人の間に割り込もうと、通路の陰から姿を見せようとして。
「そのようにアナベル殿下をお気遣いされるのであれば、護衛騎士であるサリナス閣下はこのようなところで私と話をするより、早くお戻りになられたほうがいいのではないでしょうか」
おお! カサンドラ准尉、よく言った!
いいぞ、そのいけ好かないイケメンにもっと言ってやれ!
「ハア……平民とはいえ、ノリエガ将軍の元生徒でありサン=マルケス要塞の補佐官だからこそ、この私もここまで譲歩して話をしているんだ。そろそろ理解してくれないと、困るんだが……」
「そうですか。ですが、私はあくまでもエルタニア軍の人間であり、ベルトラン将軍の部下です。部外者であるサリナス閣下のお言葉に従う道理はないのですが」
「……そうか」
カサンドラ准尉がそう告げた瞬間、サリナス卿の表情が険しくなった。
「ならば、貴様のような下賤な平民風情が、あろうことかこのアナベル殿下の護衛騎士筆頭であり、サリナス伯爵家の次期当主であるこの私に無礼を働いたのだ。ここで手打ちにしてやろう」
「っ!?」
サリナス卿……いや、サリナスは、あろうことかサンドラの胸倉をつかみ、小さな身体を右腕一本で持ち上げた。
「うぐ……っ」
「このまま貴様の首をへし折ってやってもいいが、自分の立場を理解して素直に豚小屋に戻るなら……」
「へえ……僕の補佐官に何をしているんだ?」
「っ!?」
通路の陰から出た僕は、自分でも驚くほど低い声でそう告げた。
驚いたサリナスは、慌てて手を放してしまったのでサンドラが床に尻餅……なんてつかせないよ。
「げほ……げほ……っ!」
「大丈夫か、サンドラ」
床に落とされる前に抱きかかえた僕は、咳き込む彼女の小さな背中を優しくさする。
しばらくすると、サンドラの呼吸も落ち着いていつもの様子に戻った。
「えへへ……もう大丈夫やよ」
心配させまいと、涙目のサンドラはニコリ、と微笑む。
その姿が、その心遣いが、余計に僕の心をざわつかせた。
「さて……これはどういうことだ? どうして貴様が、僕の補佐官に対してこんな真似をした」
「そ、それは……そう! 平民の彼女が、貴族であるこの私に対し、あろうことか失礼な言葉と振る舞いをしたからだ! なら、たとえこの私によって処せられたとしても、当然……っ!?」
「そうか。なら、エルタニア皇国に八人しかいない将軍の一人で、貴様よりも身分の高いシドニア侯爵家の当主である僕が、たかが騎士爵でしかないただの護衛騎士を始末したとしても、何も問題ないな」
そう告げると、僕は常に持ち歩いている拳銃を取り出し、銃口を向けた。
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