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一流宿屋

「だけど、本当にこのまま一緒に僕の馬に乗っていて大丈夫か? もしあれだったら、アナベル殿下と同じ馬車に乗ってもらっても……」

「大丈夫です。私も軍人ですので、サン=マルケス要塞に配属になるまでは普通に馬に乗っておりました」

「あ、そ、そう……」


 心配して声を掛けるも、カサンドラ准尉はすっかり仮面を被ってしまい、淡々と返されてしまった。

 だけど、彼女はサン=マルケス要塞では僕の補佐官として(もっぱ)ら事務作業や不在の時の代理ばかりお願いしているので、実は僕も配属前のことについては詳しくは知らない。


 いや、もちろん経歴については全て把握してはいるし、あらゆる面で優秀だってことは誰よりも分かっているんだけど。


「でも、それなら馬をもう一頭用意しようか? 少なくとも僕と一緒だと、君も窮屈だろう?」

「問題ありません。自分で言うのも何ですが、私は小柄ですので。それに、元々が必要最低限の馬の数ですし、私の我儘でこの輸送部隊に加わった以上、迷惑をかけるわけにはいきません」


 なおも気を遣ってみるものの、カサンドラ准尉はそう返した。

 どうやら是が非でもこの馬から降りるつもりはないらしい。


「まあ、君がそれでいいなら僕も構わないけど……」


 僕は苦笑しながらそう告げると。


「わっはは! やはりカサンドラ君もついて来ていたか!」

「「ノリエガ将軍」」


 アナベル殿下が乗る馬車の(そば)にいたはずのノリエガ将軍が、わざわざこんな隊列の後方までやって来た。多分、暇なんだろう。


「というか、『やはり』っていうことは、ノリエガ将軍はご存知だったんですか?」

「まさか。だが、カサンドラ君ならやりかねんと思ってな」


 口の端を持ち上げながらノリエガ将軍がそう言うと、カサンドラ准尉はプイ、と顔を背けてしまった。


「そ、そうですか……僕としては、むしろ意外でした。彼女はサン=マルケス要塞の誰よりも、規律を重視していましたので」

「ほう?」


 そう告げた瞬間、ノリエガ将軍がまじまじとカサンドラ准尉の顔を(のぞ)き込み、彼女はとうとう両手で顔を覆ってしまった。


「ではベルトラン君は、カサンドラ君がどうやって准尉まで登りつめ、サン=マルケス要塞に配属となったのか、その経緯も知らんのだな?」

「え、いや、まあ……」


 もちろん、カサンドラ准尉からのエルタニア皇国の不人気配属先ナンバーワンであるサン=マルケス要塞への配属希望を何度も突っぱね、一年前にようやく受け入れたのは僕なんだから、それなりに知ってはいる。

 だけどひょっとして、僕も知らない経緯や事情というものがあるんだろうか……?


「実はな? カサンドラ君はサン=マルケス要塞以前の配属先で……」

「……ノリエガ将軍。このようなところで油を売っていていいんですか? 早くアナベル殿下の護衛に戻られないと」

「うおっ!?」


 顔を覆う両手の隙間から(のぞ)く強烈な視線に、あの歴戦の勇士であるノリエガ先生が思わず声を出して(おのの)いた。


「そ、そうだな……そろそろ戻るとするか……」

「はい、そうしてください」


 とうとう耐え切れなくなったノリエガ先生は、顔を引きつらせながらまた前のほうへと戻っていった。

 そんな先生の姿を見て、僕は決意する。


 ――絶対に、カサンドラ准尉の過去には触れないでおこうと。


 ◇


 城塞都市“グレンガ”に到着した僕達一行は、積み荷などを確認した後、タワイフ王国の使者に今日の宿泊先へと案内してもらう。

 なお、当然ながらアナベル殿下や僕達将校と、下士官及び兵士達とは待遇などが全然違う。


 だけど。


「私がこちらに来てもよろしかったのでしょうか……?」

「もちろんだよ。君は僕の補佐官なんだから」


 グレンガの街で一番らしい宿屋に入り、おずおずと尋ねるカサンドラ准尉に僕は笑顔でそう答えた。

 もちろんこれは、えこひいき(・・・・・)というやつである。


 大体、僕だってアナベル殿下とノリエガ将軍のせいで同行する羽目になったんだ。少しくらい優遇してもらわないとやってられないし。


「で、ですが、私は無理やりついて来たわけですし、それに、准士官でしかない私がこのような待遇を受けてしまっては、他の兵士達に示しが……」

「いいんだよ。むしろ連絡や相談が必要になった時に、カサンドラ准尉が(そば)にいなかったら困るし。それに、この輸送部隊の兵士は僕の部下じゃないし」

「あ……」


 示しがつかないとすれば、僕や彼女じゃなくてノリエガ将軍だからね。知ったことじゃない。


「ま、カサンドラ准尉もサン=マルケス要塞に配属になってからの一年間、一度も要塞から外出する機会もなかった上に、危険なタワイフ王国まで来たんだ。これくらいの待遇、君は当然受けるべきだよ」


 うんうん。この一年、僕の補佐官として本当に頑張ってくれたんだから、ゆっくり羽を伸ばして……って!?


「うわ!?」

「(ホンマにベル君は……でも、ありがと)」


 強引に腕を引っ張られ、一生懸命に背伸びをしながら耳元でささやくサンドラに、僕は驚きつつも少しこそばゆくなった。


 ……で、豪快に笑うノリエガ将軍はともかく、アナベル殿下とサリナス卿はなんでこっちを睨んでいるんですかね?

お読みいただき、ありがとうございました!


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