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タワイフ王国へ

「ハア……」


 目の前の積み上げられた書類を一つ一つ片づけながら、僕は溜息を漏らす。

 ただ、これはいつものように仕事が嫌だからではなく、この後に待ち受けるであろう修羅場を思い、吐き出されるものなのだ。


「……先程からこちらを見て、どうしたんですか?」

「いいい、いや! な、何でもないとも!」

「?」


 不思議そうな顔で尋ねるカサンドラ准尉に慌ててそう答えると、彼女は首を傾げた。

 ううむ……どうやって彼女に、アナベル殿下達と一緒にタワイフ王国に行くことになったことを伝えようか……。


 こんな話をしたら、カサンドラ准尉のことだ。絶対に激怒するに決まってる。

 ただでさえ仕事を放ったらかしにするのに加えて、不在中はこのサン=マルケス要塞を任せる(押し付ける)ことになるんだから。


 あー、やだなーやだなー、言いたくないなー。

 そんな感じでモジモジしながらカサンドラ准尉をチラ見しつつ、仕事をこなし……て!?


「さっきから本当にどうしたんですか? 何かあるのなら、早くおっしゃっていただかないと仕事に集中できません」

「あ、あははー……」


 いつの間にか僕の目の前に来ていた彼女は、腕組みをしながら冷たい視線を向ける。

 あー……覚悟決めるかー……。


「実は、その……明日、アナベル殿下とノリエガ将軍がタワイフ王国に入る話なんだけど……」

「それがどうかしましたか?」

「……僕も一緒に、同行することになった」

「ああ、そういうことですか」

「え……?」


 何故か妙に納得しながら頷くカサンドラ准尉。

 思いがけない反応に、僕は思わず自分の目を何度もこすった。


「ほ、本当にいいのか?」

「良いも悪いも、そのような指示が出てしまったのであれば、軍人として従うほかないじゃないですか」

「そ、それはそうだけど……」


 あまりの聞き分けの良さに、僕はただただ首を傾げる。

 おかしいなあ……確かにカサンドラ准尉はそういった規律には厳しいタイプだけど、それでも規律のグレーな隙間を狙ってダーティープレイも辞さないのが彼女の信条じゃないのか?


「さあ、これで心配事はなくなったんですから、仕事に集中してください」

「あ、ああ……」


 フン、と鼻を鳴らし、仕事を再開するカサンドラ准尉。

 僕は心の中がモヤッとしながらも、下手に彼女の機嫌を損ねても困るので、仕事に取りかかった。


 ◇


「ではカサンドラ准尉、後のことは頼んだよ」

「はい。お任せください」


 次の日の朝、タワイフ王国からの使者も到着し、いよいよ出発するという時。

 胸に手を当て、カサンドラ准尉は無表情で答えた。


「ふむ……私が言うのもなんだが、ベルトラン君、本当によかったのか?」


 隣にいるノリエガ将軍が、困惑した表情を浮かべながら耳打ちする。

 いや、アナベル殿下と一緒になって僕を連れて行こうと画策したくせに、ここにきてそれはないでしょう。


「まあ……昨日、カサンドラ准尉に話したら、二つ返事で了承してくれたので、多分……」


 ひょっとしたら、上からの命令ということで彼女は飲み込んでくれただけかもしれない。

 そう考えると、帰ってきた時にどんな目に遭わされるか分からない……というか、覚悟したほうがいいだろうなあ……。


 などと考えていると。


「……では、私は仕事に戻ります。ベルトラン将軍、お気をつけて」

「あ、ああ……」


 ペコリ、とお辞儀をして、カサンドラ准尉は要塞内へと入っていってしまった……。

 あまりにもあっさりしすぎて、これはこれで寂しさを覚えるなあ。


「フフ……ベルトラン将軍、楽しみですね」

「は、はは、そうですね……」


 嬉しそうに微笑むアナベル殿下に対し、僕は苦笑いを浮かべるのが精一杯だ。

 それに、あまり仲良さそうにしてると、またサリナス卿に変に絡まれたり……って、アレ?


「…………………………」


 相変わらず鋭い目つきでこちらを見るものの、それ以上何かを言ってきたりする様子がない。

 あれかな? 一昨日の練兵場での一件が尾を引いてるのかな。


「では、出発するぞ!」


 ノリエガ将軍の号令により、輸送隊はタワイフ国境のカラバカ砦を抜け、いよいよタワイフ王国へと入った。

 つい数か月前までは戦争をしていた国だったこともあり、僕は馬に乗りながら物資を乗せた荷馬車の周囲を警戒する……って!?


「カ、カサンドラ准尉!?」


 なんと、荷馬車の荷物に紛れ、お尻だけ出して隠れているカサンドラ准尉がいるんだけど!?


「見つかってしまいましたか……」

「『見つかってしまいましたか』じゃないよ!? 何してるの!? なんでこんな真似を!?」


 荷馬車と並走し、僕は(まく)し立てるように尋ねた。


「そ、その……私も将軍の補佐官として、同行を……」

「駄目だ。今すぐ要塞に引き返すんだ」


 上目遣いでおずおずと告げるカサンドラ准尉に、僕は有無を言わせないとばかりに強く言い放つ。

 この王都への輸送が無事で済む保証がない以上、彼女を……サンドラを、万に一つでも危険に(さら)すわけにはいかないから。


 なのに。


「……嫌や」

「サンドラ」

「嫌や! 私はベル君の(そば)にいる! 私はベル君の補佐官なんや! いつ危険な目に遭うかも分かれへんベル君を守るんは、この私だけや! それに……私は、ベル君と離れとうない……っ」

「…………………………」


 そう言って、アメジストの瞳から涙を(こぼ)しながら訴えるサンドラ。

 ……しょうがないなあ。


「ハア……分かったよ。ただし君も言ったように、協力関係を結んだとはいえ、つい先日まで戦争相手だったんだ。だから、絶対に僕から離れるんじゃないぞ」

「っ! う、うん!」


 あーあ、僕も甘いなあ……。

 まあ、今から要塞に一人で引き返させるわけにもいかないし……仕方ない。


「じゃあ、そういうことだから」


 僕はギリギリまで荷馬車に近づき、右手を伸ばすと。


「う、うん! えい!」


 手をつかんだサンドラは、僕の馬へと飛び移った。


「えへへ……」

「ハア、やれやれ」


 嬉しそうにはにかむサンドラの涙を人差し指で拭いつつ、僕は彼女の言ってくれた言葉を思い出し、ただ口元を緩ませていた。

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