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幼馴染

「ベル兄様!」


 アナベル殿下……アナが、約七年振りに僕をそう呼んだ。

 そのことに、僕は懐かしさを覚えてつい頬を緩めた。


「あはは。最初に見た時はよそよそしい態度だったから、もう僕のことなんて他人扱いなのかと思ってたよ」

「それを言うなら、ベル兄様こそです。せっかく七年振りにお逢いしたというのに、素っ気ない上に他人行儀なんですもの」


 そう言って、アナは口を尖らせた。


「それにしても……アナ、成長したなあ……」


 もちろん、どこが(・・・)とは言わない。

 言わないが、少しでいいのでサンドラに分けてくれればいいのに。


「フフ、でしょう? 私ももう、あの頃と違って大人になったんですから」

「まあ、見た目(・・・)はね」

「ヒドイ! ヒドイです!」


 僕が揶揄(からか)った瞬間、アナは頬をプクー、と膨らませ、ポカポカと僕を叩いた。

 こういうところ、全然変わってない。


「冗談はさておき、元気そうで安心したよ」

「私こそ……シドニア卿がお亡くなりになられて、ベル兄様が跡を継いで戦地に赴くとお聞きした時には、胸が張り裂けそうでした……」


 アナは打って変わり、悲しそうな表情を見せた。


「……まあ、おかげで何とか、こうして無事に生き永らえることができたよ」

「本当に、よかったです……ベル兄様に何かあったら、私……私……っ」


 僕の手を取り、声を詰まらせるアナ。

 いわゆる幼馴染(・・・)の間柄とはいえ、この国の第三皇女でこんなに美人に成長したアナにこんなことをされると、僕としても色々と困るものがある。


「とりあえず、こうして再会できたんだしよかったじゃないか。それより、二人の馬鹿兄貴(・・・・)に意地悪されたりしていないか?」


 馬鹿兄貴(・・・・)というのは、もちろんアナの腹違いの兄である、皇太子の“シモン=デル=エルタニア”と、第二皇子の“フェルナンド=デル=エルタニア”のことだ。

 アナ同様、この二人とも旧知の間柄ではあるんだけど、何というかその……まあ、色々と残念なのである。


 僕よりも三つ年上のシモン皇太子は、幼い時から正式な皇位継承者として認められたからか、誰に対しても尊大で、傲慢で、事あるごとに周囲に我儘(わがまま)を言って迷惑をかけている。

 おまけに、戦時中だというのに放蕩(ほうとう)三昧を繰り返し、多くの貴族……特に軍属からは、皇位継承者を再考すべきだという声が後を絶たない。


 もう一人の兄であるフェルナンド第二皇子は僕と同い年で、三か月だけ一緒に士官学校で同級生ではあったんだけど……こちらもまあ、態度がデカイ。

 しかも、遊び(ほう)けている頭の緩いシモン皇太子とは違い脳筋で直情的な性格をしているため、むしろ余計に(たち)が悪い。

 こちらも、エルタニア軍の武闘派の連中からは一目置かれてはいるものの、それ以外からはシモン皇太子以上に毛嫌いされている。


 何より一番問題なのは、そんな脳筋馬鹿のくせにちゃっかり軍の元帥(・・)という立場にいることだ。

 あれかな? エルタニアって、実は戦争ナメてるのかな?


 そして、そんな馬鹿共のくせに唯一聡明なアナを逆に馬鹿にするという、何とも不思議な構図が王宮内では繰り広げられていたのだ。

 少なくとも、僕が知る七年前まではそうだったし。


「フフ、大丈夫ですよ。お兄様達、馬鹿ですから」

「そっか」


 薄ら笑いを浮かべながら馬鹿の一言で片づけてしまうほど、アナはあの二人に怒りを覚えているようだ。

 だってアナ、子どもの頃から本当に怒っている時は今みたいに口の端を三日月のように吊り上げながら(わら)うから。


「そんなことより……昨晩はどうして、ベル兄様は私と踊ってくださらなかったのですか? 私のこと、嫌いになったんですか?」

「うぐうっ!?」


 琥珀色の瞳に涙を(たた)えながら、アナが詰め寄る。


「そ、それは昨日も言ったとおり、僕はダンスが苦手なんだよ。間違ってアナの足を踏みでもしたら、お付きのサリナス卿に斬り捨てられてしまいそうだし」

「もう! もう! そんなの全然構いませんのに!」


 頬をパンパンに膨らませ、アナが涙目で僕の胸をポカポカと叩く。け、結構力が強いな……痛い。


「こ、これはもうベルお兄様には、私のダンスを断った償い(・・)をしていただかないと!」

「ええー……そうなの?」

「そうです! 拒否権はありませんからね!」


 まさかダンスを拒否したことで、かえって『眠っている犬を起こす』羽目になるとは思わなかったよ……。


「ハア……それで、その償い(・・)っていうのは何をすればいいんだ?」

「っ! そ、そうですね! それでしたら……」


 溜息を吐きながらそう尋ねた瞬間、アナはパアア、と満面の笑みを浮かべ、人差し指を顎に当てながら思案する。

 というか、あまりにも計画的な気がして、嫌な予感しかしない。


「……フフ! でしたら、これからの道中が寂しいので、ベル兄様にも一緒にタワイフ王国の王都へ一緒に来てください!」

「ほらあ! (ろく)な内容じゃなかった!」


 アナの言葉を聞き、僕は大声で叫んだ。


「ベル兄様……償うって言ったのに……」


 泣き真似をしながら、そんなことを(のたま)うアナ。

 あーもう……結局してやられた気分だよ。物資の輸送をサン=マルケス要塞経由にしたのも、これが目的だったんだな……ノリエガ先生め、覚えてろよ。


「分かったよ……同行すればいいんだろ?」

「フフフ! ベル兄様、大好き!」

「わっ!?」


 勢いよく抱きつかれ、僕は思わずよろめいた。

 ……まあ、アナが心配なこともあるし、カサンドラ准尉には悪いけど、可愛い妹分のために行くとするかあ……。


 嬉しそうに胸に頬ずりをするアナを尻目に、僕は諦念(ていねん)の表情を浮かべながら天を仰いだ。

お読みいただき、ありがとうございました!


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