皇国の姫君
「フフ……こちらがあの名高いサン=マルケス要塞なのですね」
「「っ!?」」
騎士の手を借りて微笑みながら馬車から降りて来た、美しい一人の女性。
――エルタニア皇国第三皇女“アナベル=デル=エルタニア”、その人だ。
「ノ、ノリエガ先生! どうしてアナベル殿下がいらっしゃってるんですか!?」
「そ、そうです! どういうことか説明してください!」
僕とカサンドラ准尉は建前も忘れ、ノリエガ先生に詰め寄った。
いや、こんなの聞いてないんだけど!?
「わっはは! すまんすまん! 殿下がどうしても来たいというのでな、こうして連れて来た」
「理由が軽い!」
いやいやいや! そんな簡単に皇国の要人を連れ回したら駄目でしょう!
しかも、行き先はついこの間まで戦争をしていた国ですよ!?
「申し訳ありません、ベルトラン将軍。私が是非にと、ノリエガ将軍に頼んだのです」
「っ!?」
アナベル殿下はこちらへと来ると、僕に身体を預けるようにしながら瞳を潤ませてそう告げた。
そ、そのー……すごくいい匂いがするんですが……。
「コホン……ベルトラン将軍?」
「ヒイイ!?」
咳払いとともに底冷えするような引く声で呼ばれ、僕は思わず悲鳴を上げてしまった。
だ、だけど、男なら十人中十人が僕と同じような反応をすると思うぞ。
だって、アナベル殿下といえば輝くようなホワイトブロンドの髪に皇族の証でもある琥珀色の瞳、整った目鼻立ち、柔らかそうな唇に紅いルージュを引いた絶世の美女なんだから。
しかも、透き通るような白い肌に圧倒的なスタイルも相まって、もう完璧としか言いようがない。
どこかの補佐を務める准尉のように、絶壁ではないのだよ……絶壁ではないのだよ。
「そういうことで、タワイフ王国から迎えの使者が来る三日後まで、ここで世話になるぞ」
「ええー……」
僕は不満の意を示すように、そんな返事をする。
だけど。
「フフ、どうぞよろしくお願いします。ベルトラン様」
「は、はい!」
そんな高貴な微笑みでお願いされてしまっては、将軍の一人でしかない僕は受け入れる以外の選択肢はないよね。うん。
「…………………………」
だからカサンドラ准尉、そんな射殺すような瞳で見ないでほしいなあ……。
◇
「まあ! 素敵!」
その日の夜、僕達はアナベル殿下の歓迎として、ささやかながら晩餐会を催すことにした。
といっても、偉い人はノリエガ将軍だけだと思っていたので、さすがにサラマンスの街の有力者やアルバロ砦、レイナ砦の者達を招待するには時間が間に合わず、サン=マルケス要塞の士官だけになってしまったけど。
でも、アナベル殿下はそんな準備不足な晩餐会であっても、こうやって感嘆の声を上げてくださった。なんて素晴らしい女性なんだろう。
「このようなむさくるしいところで恐縮ですが、アナベル殿下には少しでも楽しんでいただけますと幸いです」
「そんなことはありません! 随所にベルトラン将軍のお心配りが感じられる、素晴らしい晩餐会です!」
「そのようにおっしゃっていただき、誠にありがとうございます」
なんて恭しく頭を下げるものの、準備をしてくれたのはカサンドラ准尉なんだけどね。
ということで、僕は給仕に忙しく指示を出しているカサンドラ准尉の傍へと寄ると。
「カサンドラ准尉、君のおかげでアナベル殿下はすごくお喜びだよ」
「そうですか」
うーむ……カサンドラ准尉に、不機嫌そうにあしらわれてしまった。
アナベル殿下の言葉を伝えたら、喜ぶと思ったんだけどなあ……。
そして。
「…………………………」
僕に射殺すような視線を向けてくる、一人の男。
彼はアナベル殿下に仕える騎士で、名前はええと……。
「ノリエガ将軍、あの方の名前は何でしたっけ?」
「ん? ああ、“レオノール=サリナス”卿だ」
「ああ、そういえばそんな名前でしたね」
名前を教えてもらってすっきりした僕は、うんうん、と頷く。
「なんだ……ベルトラン君は冷たい男だな」
「えー、そんなことないですよ。僕にはイケメンの名前を覚える余裕はないんです」
そう……綺麗なお姉さんなら絶対に名前を忘れたりしないけど、基本的にイケメンは敵だからね。
とりあえず首を傾げる目の前のノリエガ将軍は置いといて、そんな奴の記憶は抹消するに限る。
すると。
「お、うちの軍楽隊、いい仕事をするじゃないか」
晩餐会の雰囲気に合わせ、常備兵の有志による軍楽隊の演奏が会場に流れた。
「フフ……ベルトラン様、一曲お相手していただけると嬉しいのですが……」
「あー……残念ながら私はダンスが苦手でして……」
僕は恐縮しながら、やんわりと断ってみる。
下手に殿下の足でも踏んで、後で責められても困るからね。
「そうですか……ではレオ、お相手してくださる?」
「はっ、喜んで」
傍に控えていたサリナス卿が、傅いてアナベル殿下の手を取る。
というか、せっかくダンスの相手を譲ってやったというのに、なんで僕を睨むんだよ。
「おお……」
「美しい……」
二人のダンスを見て、感嘆と賞賛の声を漏らす僕の出席者達。
その中には、顔をしかめるサモラーノ事務官そっちのけで釘付けになっているサラス少尉の姿も。
僕? 僕はといえば、二人共お似合いだなー、とぼんやり思いながら眺めてるだけなんだけど……って。
「カサンドラ准尉?」
「その……将軍はどうして、アナベル殿下のお誘いを断ったりしたのですか?」
普段とは違う、言うなれば半分だけ仮面を被ったような、少しだけ感情が見え隠れする顔で、カサンドラ准尉はアメジストの瞳で僕の顔を覗き込む。
「言ったとおりだよ。僕は『眠っている犬を起こす(薮をつついて蛇を出す)』ようなことはしたくないだけさ」
「……そうですか」
僕の答えには満足してはいないものの、カサンドラ准尉はそれ以上尋ねることはなかった。
だけど……心なしか、機嫌が良さそうに感じるのは気のせいではなさそうだ。
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