思わぬ来訪者
「うう……もう仕事は嫌だよお……っ」
「うるさいです。静かに仕事をしてください」
オルレアン帝国がタワイフ王国に侵攻を開始してから三か月。
いよいよもって僕は、カサンドラ准尉に四六時中監視されながら仕事をする羽目になってしまった。
「大体、ここは僕専用の執務室なんだぞ? なんでわざわざ机まで運び込んで、ここで仕事しようとするんだよ……」
「将軍が職務放棄して逃げ出したりするからでしょう」
ジト目で睨みながら文句を言う僕に、彼女は身も蓋もない返事をしてきた。泣きそう。
「そんなこと言ったって、もうタワイフ王国とは無事に講和した上に、目の上のたんこぶだったタイラン将軍もオルレアン側の国境に配置換えになったんだから、少しぐらい羽を伸ばしてもいいだろ」
いよいよオルレアン帝国との戦争が本格的になりつつあり、タワイフ王国は慌てて講和を持ちかけてきた。
エルタニア皇国としても、この十年の戦争で疲弊していることに加え、タワイフ王国が破れてオルレアン帝国に併合されてしまっては、次は自分達の番ということもあって、講和条件は激戦地だったログリオ盆地一帯の割譲と、賠償金の支払いのみに留まった。
ただし、賠償金に関しては三年後から支払開始とし、エルタニア皇国として軍事及び経済協定を締結することとなった。
要は、今までの喧嘩はひとまず忘れて、オルレアン帝国という強国と一緒に戦いましょうという意味だ。
戦争が終わった今では、このサン=マルケス要塞はもはや最前線ではなくなり、ただ日々をだらだらと過ごすだけになる……はずだったんだけどなあ……。
「そんな暇がないのは、ベルトラン将軍もご存知でしょう? こちらからの支援が滞れば、それだけタワイフ王国が不利になるんですよ?」
「わ、分かってるよ……」
そう……エルタニアとして是が非でもタワイフ王国にはオルレアン帝国の侵攻から耐え抜いてもらわないといけないため、裏から物資などの援助を行っていたりするのだ。
で、皇国内でも街道が整備されていて、なおかつオルレアン帝国から最も遠い位置にあるカラバカ砦が輸送地点の一つとして選ばれてしまったというわけだ。
「本当に、皇都にいるノリエガ将軍も余計な真似をしてくれたものだよ……」
「そういうことをおっしゃらないでください。ノリエガ将軍にとって最も信頼のおける御方がベルトラン将軍だということなんですから」
いや、それは理解しているものの、半分はちょっかいを掛けに来たいだけだろ。
「それに、外務大臣が処分を受けたのは、偏にノリエガ将軍のおかげなんですし」
「それを言われると、何も言い返せない」
オルレアン帝国と裏で繋がっていたとされるカルレス=ウリアルテはノリエガ将軍の働きにより、偽の情報により皇国軍を混乱させたとして皇帝陛下から叱責を受け、謹慎処分となった。
「ですが、ノリエガ将軍はカルレス=ウリアルテの外務大臣の解任まで求めて、政治の舞台から追放するものと思っておりましたが、意外でした」
「あー……多分、ノリエガ将軍はオルレアン側があの男に接触するのを手ぐすね引いて待っているんだと思うよ」
オルレアン帝国がカルレス=ウリアルテに接触することは充分に考えられるし、その時に向こうの諜報員を捕らえることができれば、向こうとすればかなり不利な状況に追いやられる。
加えて、カルレス=ウリアルテの売国行為も明らかになって、軍として粛正することができる。
「ひょっとしたら、ノリエガ将軍……いや、皇都の参謀本部は、オルレアン帝国とタワイフ王国の戦争に介入しようと考えているのかもしれない」
「っ!?」
僕の言葉に、カサンドラ准尉が息を呑んだ。
「そ、そんなことあり得へん! 今までの戦争で疲弊して、この国によその戦争にまで首を突っ込む余裕はないはずや! ベル君かて、当分は戦争なんかないって言うたやんか!」
仮面を被る余裕すらないサンドラは立ち上がり、西部訛りで捲し立てる。
「ああ……常識的に考えれば、ここでわざわざ国力を低下させるような真似はするはずがない。だけど、タワイフ王国が倒れたら次はエルタニアが飲み込まれることも事実だ」
「せ、せやけど……」
「……いずれにせよ、もうすぐノリエガ将軍がタワイフ王国へ提供する物資を運んでやって来るはずだ。その時にでも、参謀本部がどのように考えているのか、改めて確認しよう」
僕は席を立って不安そうな表情を浮かべる彼女の傍に寄ると、ポン、と肩に手を置いた。
◇
「もうそろそろだと思うんだけどなあ……」
要塞の防壁の上から、僕はこことサラマンスの街を繋ぐ街道の先を眺めながら、ポツリ、と呟く。
「心配なさらずとも、ノリエガ将軍はもうまもなくやって来られますよ」
「それはそうなんだけどね」
少し呆れながら告げるカサンドラ准尉に、僕は肩を竦めて苦笑した。
本来なら物資の輸送なんて、ノリエガ将軍ほどの人物がするようなことじゃないんだけど、あの人のことだ。多分、皇都で暇を持て余していたんだろう。
「お、あれじゃないか?」
街道の先に見える砂ぼこりを見て、僕は望遠鏡で改めて確認すると……うん、先頭でたくさんの荷馬車を引き連れながらはしゃぐノリエガ将軍が見えた。
「さて、それじゃ出迎えるとするか」
「はい」
防壁から降り、僕とカサンドラ准尉は西門の前で待つ。
すると。
「わっはは! 出迎えご苦労!」
「ノリエガ将軍、ご苦労様です」
豪快に笑うノリエガ将軍を迎え、僕達は軽く会釈した……んだけど。
将軍の後ろに控える豪奢な馬車を見て、嫌な予感しかしない。
カサンドラ准尉も同じようで、ノリエガ将軍そっちのけで馬車を凝視してるし。
すると。
「フフ……こちらがあの名高いサン=マルケス要塞なのですね」
「「っ!?」」
騎士の手を借りて微笑みながら馬車から降りて来た、美しい一人の女性。
ああー……嫌な予感、思いっきり的中してるんだけど。
だってこの女性こそ、エルタニア皇国第三皇女。
――“アナベル=デル=エルタニア”、その人なんだから。
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