今の戦場、次の戦場 ※タイラン=レヴニ視点
■タイラン=レヴニ視点
――この俺があの男……ベルトラン=シドニアと対峙したのは二年前。
カラバカ砦の司令官として着任した俺は、エルタニア皇国の南にある難攻不落の要塞、サン=マルケス攻略に胸を躍らせていた。
我がタワイフ王国は西方諸国の中でも特殊な国で、実力さえあれば身分や出自に関係なく、誰でものし上がることができる。
商人の次男坊だった俺も己の才覚のみで、弱冠二十三歳でこの国に五十人しかいない将軍へと登りつめた。
ここでサン=マルケス要塞の攻略を果たせば、俺はいよいよたった七人しかいない元老院の一員になれるかもしれない。
何せタワイフ王国は戦争開始から八年間、ただの一度もあの要塞を抜けることが敵わなかったのだから。もはや、要塞攻略は悲願と言っても過言じゃない。
「五年前に当時の司令官を討ち取った時までは、そこまで攻略が難しいとは考えてなかったみたいだけどな」
それまでのサン=マルケス要塞は確かに手強かったものの、平地で周囲に要害となるようなものもないことから、今のように攻略難易度が高いとは思われていなかった。
だが、後任であるあの男が着任してからというもの、あの要塞は劇的に変わってしまった。
大砲による砲撃に耐えうるようにするため、防御壁の前に土塁を高く積み上げるだけでなく、城門前までの道程を入り組んだものにして一斉射撃による包囲殲滅を可能にした。
加えて、要塞後方の街道を整備し、背後にある二つの砦との連結を強化して兵の補充ばかりでなく兵站の確保にも余念がない。
だが。
「ハハ……だからこそ、攻略のしがいがあるってモンだ」
まだ何も知らなかったこの時の俺は、自分がサン=マルケス要塞を攻略するという、永遠に訪れることのない未来を思い描いていた。
◇
「タイラン将軍! 要塞の背後を突こうとした伏兵四千、全て壊滅しました!」
「ご報告します! 正面からの突入を試みた一万の兵が、敵の砲撃に晒されています! これでは門にたどり着くことすら不可能です!」
「馬鹿な!」
次々に上がってくる報告に、俺は苛立ちを隠せず手元にあったコップを勢いよく放り投げた。
「向こうの兵の数はこちらの半分にも満たない一万! しかも、その半数は傭兵ばかりで、統率を取ることも難しい烏合の衆のはずだろう! なのに、どうして連中を切り崩すことができない!」
「で、ですが、正面を守る要塞守備兵も迎撃に出た向こうの騎兵も、いずれも練度も統率も桁違いです!」
「ぬうう……っ!」
後で分かったことだが、司令官であるベルトラン将軍は傭兵の全てを要塞の守備に回し、しかも傭兵五人と常備兵一人の六人を一組とすることで、統率力の平準化を図り、ばらつきが出ないようにしていた。
それに、要塞から打って出た騎兵の練度や攻撃力はすさまじく、要塞からの砲撃も相まって、こちらはなす術もなく兵を消耗していった。
このあまりにも予想外の展開に、退却も視野に入れ始めた、その時。
「タイラン将軍! イルハン千人長が敵騎兵の一角を切り崩しました!」
「おお! さすがはイルハンだ!」
四年前に俺が王都の貧民街で見出したイルハンは、今や王国内でも屈指の武力を誇る俺の剣として活躍している。
そして、その役割をしっかりと果たしてくれた。
「よし! イルハンが崩して作った穴目がけて、一気になだれ込め! ここで敵の騎兵を殲滅するんだ!」
待ちに待った朗報に、俺は一気呵成に兵を投入した。
これを機に、ようやくサン=マルケス要塞を攻略できる……俺は喜びと安堵から拳を握った。
――全ては、ベルトラン将軍の仕掛けた罠だとも気づかずに。
◇
「全く……おかげでコッチは、俺のいる本隊の背後を突かれて完全に包囲されちまうし、散々な目に遭ったよ……」
目の前で呑気にアイランを飲んでいるベルトラン将軍に、俺は皮肉交じりでそう告げながら肩を竦めた。
「あはは、何言ってるんだ。コッチもイルハン千人長を誘い込むために、何重も罠を仕掛けなきゃいけなかったんだぞ? その苦労を考えてほしいものだよ」
「いや! 完勝したんだからいいだろうが!」
やれやれといった表情でかぶりを振るベルトラン将軍にイラっとした俺は、立ち上がって思わず怒鳴った。
本当に、どこまで面倒くさがりなんだよ。
「ア、アハハ……罠に嵌まって敗北を決定的にしてしまった私は、どんな顔をすればいいんでしょうか……」
「あん? そんなモン、コイツを睨みつけてやりゃいいんだよ」
未だにあの時のことを引きずっているイルハンに、俺は気にするなとばかりに軽口を叩いた。
実際、イルハンがいてくれたからこそ、この二年間ベルトラン将軍と渡り合うことができたんだからな。
……といっても現状維持に努めるのが精一杯で、俺ができたことは王都の連中に工作して戦場を北のログリオ盆地に意識を向けさせたことくらいだけどな。
「それで……いよいよタイラン将軍にも、お呼びがかかってしまったのか……」
「ああ」
俺は王都から送られてきた、オルレアン帝国との国境北部方面の司令官就任の辞令をヒラヒラさせた。
ただ、あの国と戦争が開始されてから二週間足らずだというのに、こんなに早く最前線に向かえって言ってきたのは、罠に嵌められたタラート大臣の意趣返しってところだろうな。
「……ま、お前を相手にするよりはよっぽど気楽だし、向こうで戦功を上げてもっと出世してやるよ」
「そうか……」
いつも飄々としているベルトラン将軍にしては珍しく、神妙な面持ちで席を立つと。
「この二年間楽しかった。タイラン将軍と出会えてよかったよ。次は、敵ではなく味方として出会いたいな」
「ハハッ、それはコッチの台詞だっての。もうお前と戦うのはゴメンなんだよ」
俺とベルトラン将軍は、笑顔で握手を交わす。
そして。
「……また会おう」
「ああ……またな」
再会の約束を交わし、俺達は次の戦場へと向かった。
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