辞めた次の話
「それで? 二人はどこまで行ったんだ?」
タワイフの軍勢三万がカラバカ砦を出て、王都へと引き返してから一週間。
念のためサン=マルケス要塞に一万七千の兵と共に駐留しているノリエガ先生が、僕の仕事を邪魔しながら今日もくだらない質問を根掘り葉掘りと聞いてくる。
「ああもう! 邪魔なんでそろそろ帰ってくださいよ!」
「やれやれ……久しぶりに会ったら、冷たいことを言うようになったな。あの件も頭突き一発で収めてやったというのに……」
「それについては感謝してますが! それとこれとは別でしょう!」
悲しそうな表情を浮かべながら、かぶりを振るノリエガ先生。
生憎だけど、オッサンのそんな表情に需要はないからね。
「……ノリエガ先生、ベルトラン将軍、二人共いい加減にしていただかないと、私が困るのですが?」
「お、おう……」
「ゴメンナサイ」
執務室へと入ってきたカサンドラ准尉に絶対零度の視線を向けられ、さすがのノリエガ先生も慄き、僕は土下座を敢行する。
というか今回に限っては、僕は何も悪くないのに理不尽である。
「ハア……それより、カラバカ砦のタイラン将軍からベルトラン将軍あてに極秘裏に書状が届きました」
「ああ、ありがとう」
僕は土下座を中止して手紙を受け取り、封を開けて取り出した。
「タイラン将軍は何と?」
「引き返した三万の軍勢が東の国境から三十キロの地点でオルレアン帝国の軍勢と交戦を開始、今も戦闘は継続中とのことだ」
「ほう……? オルレアンの連中、大人しく引き下がったりはしなかったか」
二人が僕の後ろから、興味深そうに手紙を覗き込む。
でも、カサンドラ准尉は背が低いから読みにくそうだな。今も必死に背伸びしたり、ぴょんぴょんと飛び跳ねたりしてるし。
「ですがこれで、オルレアン帝国を招き入れようとした連中は青ざめた顔をしているでしょうね。何せ、自分達が流した情報が、結果的にデマ扱いとなってしまったんですから」
そう……僕が狙ったのは、まさにこれだ。
いたずらに軍をこちらの地域へと動かしたことで、手薄となった背後を突くようにとオルレアン帝国に情報を流させるように仕向けた。
これにより、オルレアン帝国は簡単にタワイフ王国を攻略できるはずが、全面戦争に突入する羽目になってしまったんだから。
「当然、内通者のミハイル=タラートとカルレス=ウリアルテの二人は、偽の情報を流したとしてオルレアン帝国から目を付けられる結果になったでしょうね」
「うむ。それに加え、本来ならログリオ盆地に投入せねばならない一万七千もの兵を、外務大臣ともあろう者が偽の情報をつかまされて、無意味にサン=マルケス要塞に派兵してしまったのだから、その責は免れんだろうな」
そう言って、ノリエガ先生は口の端を持ち上げた。
というか、先生自身がカルレス=ウリアルテを糾弾するつもりなんですよね。分かります。
「いずれにせよ、あの男がやろうとしたことは売国行為です。しかるべき罰を受けてもらわないといけませんね」
「そうだな」
僕とノリエガ先生は、頷き合う。
「そして、正式にオルレアン帝国が参戦してきたわけですが、エルタニア皇国とタワイフ王国の戦争は、今後どうなるのでしょうか……」
表情こそ普段と変わらないものの、カサンドラ准尉がアメジストの瞳に期待と不安を湛えながら尋ねた。
「決まっているよ。タワイフ王国は、こちらに対して講和を持ちかけてくるはずだ。それも、かなり譲歩して」
「! そ、そうですね!」
この答えが何よりも聞きたかったんだろう。
仕事中の彼女にしては珍しく、相好を崩した。
「だけど、エルタニアが調子に乗って無理難題を吹っ掛けたりしたら、それこそご破算になってしまいかねないので、そこはノリエガ先生……お願いしますよ?」
「わっはは! 分かっている! この私が、文官共にそんな真似をせぬよう懇切丁寧に話をしてやるわい!」
ノリエガ先生が豪快に笑いながら、僕の背中をバシバシ叩く。やっぱり痛い。
「さて……そうと決まれば、私も幕舎に戻るとするかな。では、失礼するぞ」
「はい、お疲れ様です」
ノリエガ先生が執務室から出ると、僕はようやく安堵の息を吐く。
いやー……やっぱり僕には、あの先生はトラウマ以外の何者でもないね。
などと気を抜いていると。
「ベル君……これで、タワイフ王国との戦争も終わるんやね……」
いつもの『カサンドラ准尉』という仮面を外し、サンドラは微笑みながら西部訛りでそう告げた。
「ああ……正直、このまま終わりが来ないんじゃないかとも思ったけど、馬鹿なことをしてくれたおかげで、とりあえずはそうなりそうだ」
「……ちゅうと?」
「タワイフ王国次第だが、もしオルレアン帝国との戦争に敗れ、併合されてしまったら……」
「次はエルタニア皇国の番、いうことか……」
サンドラは、打って変わって暗い表情でうつむいてしまった。
ハア……僕も何やってるんだよ……。
「わっ!?」
「心配しなくてもいいよ。少なくとも、疲弊しきってしまう前にうちとの戦争は終わるんだし、タワイフ王国にはタイラン将軍がいる。そう易々とオルレアン帝国の好きにはさせないと思うよ」
「あ……えへへ、そっか」
彼女の艶やかな藍色の髪を撫でると、サンドラが嬉しそうにはにかむ。
……戦争が終わって平穏な生活が約束されて、そして将軍なんて辞めてしまったその時は……。
「? ベル君?」
「へ? ……ああいや、何でもない」
キョトン、とするサンドラに顔を覗き込まれ、僕は思わずそっぽを向いた。
「さあて……では、溜まっている仕事がたくさんありますので、ベルトラン将軍、よろしくお願いします」
「変わり身早くない!?」
急にカサンドラ准尉の仮面を被るから、僕は一気に現実に引き戻されてしまった。
くそう……戦争が終わろうが、結局僕は仕事に追われる運命なのか……!
「チクショウ! 絶対に将軍なんて辞めてやるからな!」
「はいはい」
カサンドラ准尉に適当にあしらわれながらも、僕は決意を新たにして目の前にある大量の仕事と格闘した。
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