恩師ノリエガ
「ベルトラン将軍、タワイフ王国に潜入させている諜報員からの緊急連絡です。王都や各地から進軍するおよそ三万の兵が、カラバカ砦に入ったとのことです」
執務室にやって来たカサンドラ准尉が、淡々と告げた。
「いよいよ来たか……それで、こちら側はどうなっている?」
「はい。皇都からサン=マルケス要塞へ向け送られた一万七千の援軍ですが、既にアルバロ砦を通過したとのこと。もうまもなく到着予定です」
要塞の常備兵三千と合わせて二万。数の上では不利だけど、アルバロ砦とレイナ砦がすぐ後ろに控えてもいるし、万が一のことがあっても問題はないだろう。
「それにしても……全て将軍の思惑どおりとなりましたね」
「まあな。連中からすれば、ここで両軍ボロボロになってほしいだろうし」
それが、アイツ等の命取りになるとも知らずに。
「いずれにせよ、カラバカ砦に入ったんなら、今頃は指揮官が『話が違う』って激昂してるだろうな」
「そうでしょうね。こちらも、そんな未来がまもなく訪れますが」
そう言って、カサンドラ准尉は澄ました表情で肩を竦めた。
「なあに、向こうに三万の兵が来ていることは間違いないんだし、何も言ったりはしないだろうさ。といっても、怒り狂って何か言ってきたところで、最高指揮官はこの僕なんだから、カサンドラ准尉は何も心配しなくていい」
「兵站や兵士の管理など、心配事しかありませんが?」
「……そうだね」
ジト目で睨まれ、僕は思わず顔を逸らした。
そうだよなあ……策略とはいえ、結局のところ負担を彼女に押し付けたわけだし……。
「ベルトラン将軍、事後処理はよろしくお願いしますね」
「……はい」
カサンドラ准尉の有無を言わせない言葉に、僕は首肯してうなだれていると。
――コン、コン。
「ベルトラン将軍、皇都からの援軍が到着しました」
「分かった。すぐに出迎えるとしよう」
僕は席を立ち、カサンドラ准尉を伴って要塞の西門へと向かった。
◇
「いやあ! 間に合ったみたいでよかったわい!」
出迎えた僕の背中を豪快に叩く、髭を蓄えた壮年の指揮官は、エルタニア皇国軍においても猛将として知られる“エドガルド=ノリエガ”将軍。
正直、まさかこの人がやって来るのは予想外だった。
「ノ、ノリエガ将軍、お久しぶりです……」
「んん? ベルトラン君、覇気がないな! そんなことではこの戦局を乗り切ることはできんぞ!」
そう言って、さらに強めに背中を叩くノリエガ将軍。痛い。
「ノリエガ将軍、お久しぶりです」
「おお! カサンドラ君じゃないか! 元気にしているか!」
「おかげさまで、息災にしております」
普段は冷酷な仮面を被るカサンドラ准尉も、彼の前では僅かに顔を綻ばせる。
それもそのはず、ノリエガ将軍はたった三か月しかなかった、僕の士官学校時代の教師だったのだから。
いやあ……アレをやらかした時も、強烈な頭突きを食らって悶絶し、一週間経っても痛みが引かなかったこともよい思い出……いや、全然よくはないぞ。
「ところで……せっかく駆けつけたというのに、攻めてきているというタワイフの大軍はどこにおるのだ?」
「あ、あははー……」
周囲をキョロキョロしながら尋ねる将軍に、僕は苦笑いを浮かべた。
ど、どうしよう、他の指揮官連中だったら適当にあしらおうと思ったのに、これじゃ言い逃れできない……。
「むむ……まあいいわい。詳しいことは、ゆっくり聞かせてもらうとするか」
「は、はい……」
ノリエガ将軍にガシッ、と肩を組まれながら、応接室へと案内すると。
「……実は、タワイフが大軍で攻めてきたというのは嘘でして」
僕は土下座を敢行しながら、洗いざらい告白した。
もちろん、カルレス=ウリアルテの思惑込みで。
「なるほどな……それで、ベルトラン君は悪知恵を働かせて、偽の情報で両軍を釣り出したわけだな」
この応接室にはカサンドラ准尉を含めて三人しかいないので、僕達の口調は士官学校当時に戻っている。
僕としてもそのほうがやりやすいといえばやりやすいが、あの『悪夢の三か月』のトラウマが蘇り、さっきからカップを持つ手が無意識に震えてるんだけど。
「は、はい。カラバカ砦を指揮するタイラン将軍とは話がついており、カラバカ砦にも三万の軍勢が入場したとの連絡も入っております」
「そうかそうか」
僕の説明を聞き、ノリエガ先生は満足げに頷く。
「それで、こんなことを尋ねるのは恐縮なのですが、その……」
「うん? わっはは! 心配せんでもよい! 私はあの小童とは無関係だ!」
こちらの意図を理解したノリエガ先生が、豪快に笑って否定する。
でも、カルレス=ウリアルテのことを小童呼ばわりしているということは、あまりよく思ってはいないんだろうな。
それから僕達三人は、あまり思い出したくもない昔話に花を咲かせていると。
「し、失礼します!」
ノックもせずに、サモラーノ事務官が応接室に駆け込んできた。
カサンドラ准尉の次にクールな彼女にしては、この慌てぶりは珍しいな。
「どうした?」
「は、はい! カラバカ砦に入場していた三万の兵が、かなりの進軍速度で王都に向けて引き返していきました!」
はは、読みどおりだ。
やっぱりオルレアン帝国は、タワイフ王国に侵攻を開始したか。
「やれやれ……結局私は、くたびれ損だったな」
「あ、あははー……」
肩を竦めて退屈そうにするノリエガ先生に、僕は苦笑するしかなかった。
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