悪だくみ
「というわけで、ちょっと相談に来たんだけど」
「『というわけで』ってどういうわけだよ!? しかも、散歩のついでみたいに軽々しくやって来るなよ!」
ラバル伍長の尋問を終え、善は急げということでタイラン将軍を訪ねたら、ものすごく嫌そうにされた。
「ア、アハハ……ベルトラン将軍、こちらをどうぞ」
「おっと、いつもすまないね」
苦笑するイルハン千人長からアイランが注がれたコップを受け取り、口に含む。うん、美味い。
「ハア……こんな奴に出してやる必要ないって、いつも言ってるだろ……それで? その相談っていうのは何なんだよ」
タイラン将軍は溜息を吐くと、ジト目で睨みながら尋ねた。
「ほら、先日話をした六千の軍勢を送り込んできた件なんだけど、どうやらこちら側が手引きしたみたいでね。二度と余計な真似ができないように、釘を刺しておこうと思ったんだよ」
「「っ!?」」
そう告げた瞬間、二人が息を呑んだ。
「……オイオイ、そんなことを俺達に言ってよかったのか?」
「構わないよ。どうせ、すぐに消えるんだから。それより、僕が気になるのはタイラン将軍が僕達サン=マルケス要塞と戦闘をしたいかどうかだ」
僕の顔を窺いながら尋ねるタイラン将軍に、僕はぶっきらぼうに答えた。
頭の切れる彼だから、答えなんて分かり切ってるけど。
「まさか。俺としては、この膠着状態こそが最善策なんだからな」
「だよね」
予想どおりの答えに、僕は満足げに頷いた。
「だったら、ちょっと協力してくれないか? この地域で戦端を開くことがどういうことか、連中に身をもって教えてやりたいんだよ」
「……まさか」
「あはは、もちろんタイラン将軍の軍には一切手を出さないから。それに将軍だって、その内務大臣とやらに思い入れなんてないだろう?」
「…………………………」
タイラン将軍は、口元を押さえながら思案する。
彼も僕と同じで平和主義者だから、何だかんだで受け入れてくれるだろう。
「……ハア、分かったよ。で? 俺達は何をすればいいんだ?」
肩を竦め、タイラン将軍は頷きながら尋ねた。
「大したことじゃないよ。ちょっと、カラバカ砦には壊滅状態になってもらうだけだから」
「「ハアアアアアアアアアア!?」」
驚きのあまり絶叫する二人。
予想どおりの反応で、僕も嬉しいよ。
「あはは、もちろん本当に壊滅してもらうわけじゃない。ただ、壊滅したふりをしてもらうだけさ」
「お、おお……ま、まあ、そうだろうな。そうだろうと思ったよ……」
自分に無理やり言い聞かせるように、タイラン将軍は頷きながら言葉を反芻する。
「で、ですが、そのように装うのは、どのような策があってのことなのでしょうか?」
「簡単な話だよ。タワイフ王国の重要な防衛拠点でもあるカラバカ砦が壊滅となれば、奪還に向けてすぐにでもタワイフ軍は王都や周辺からこの地域へ向けて兵を派遣するだろう。おそらくは、そうだな……二万、いや三万は送り込んでくるとみた」
おずおずと尋ねるイルハン千人長に、僕はそう答えた。
「その上で、今度は僕から質問だ。主戦場である北のログリオ盆地で大規模な戦闘が続いている中、三万もの兵力をここに差し向けてきた場合、王都や東側の地域の兵はどうなると思う?」
「どうって、それは……」
「それだけの兵力を投入したら、王都を含め、数千の兵しか残っていないだろうな。まさに総力戦だ」
答えに窮するイルハン千人長に代わり、タイラン将軍が答えた。
「そのとおり。そして、王都までの道程がもぬけの殻の状態で、隣国のオルレアン帝国が黙って見ていると思うかな?」
「っ! ……そういうことか。つまりお前は、オルレアンの連中を王国内に誘い込もうって考えているわけだな?」
タイラン将軍の言葉に、僕は満足げに頷いた。
「三万の軍勢がカラバカ砦に集結した段階で、実は壊滅というのは誤報だったということが分かれば、当然ながら軍勢は王都や元の地域へと帰還するよね。だけど」
「……もぬけの殻だと信じているオルレアン帝国は、呑気に侵攻してくるかもな」
「ふ、二人共、ちょっと待ってください!」
イルハン千人長が、僕達の会話を慌てて止める。
「ベルトラン将軍、どうしてそう言い切れるんですか!? 少なくとも表向きはオルレアン帝国と争いになってはいません! なら、常識的に考えてそんなことは……」
「いいや、それがあり得るんだよ。そもそも、僕は最初に言ったはずだ。『こちら側が手引きしたみたい』だと。つまり、エルタニアとタワイフの国境全てで戦端を開きたいのは、そういうことなんだよ」
そう……タワイフ王国の内務大臣であるミハイル=タラートとエルタニア軍情報管理局長のカルレス=ウリアルテは、オルレアン帝国が侵攻しやすいようにするために、結託して両国を疲弊させようとしたんだ。
「ハハ……全く、タラート大臣はいつから帝国と繋がってやがったんだ」
「それは分からない。短期決戦を持ち出して攻め込んできた二か月前なのか、それよりも以前からなのか」
「で、ですが、大臣がオルレアン帝国と手を結んでいるという証拠はないんですよね? それなら……」
「確かにイルハン千人長の言うとおり、これはまだ僕の憶測でしかないし、確証を持っているわけじゃない。だけど」
「……試してみれば、全てが分かるってことか」
重々しく告げるタイラン将軍に、僕は頷いた。
「分かった、お前の策に乗ってやる」
「将軍!?」
さすがはタイラン将軍、僕の好敵手だけのことはある。
本音を言えば、色々と面倒なのでどこか別の地域に配置換えされてほしいところではあるけど。
「ありがとう。助かるよ」
「なあに。だが……いいのか? こちらに三万の軍勢が来たとして、オルレアン帝国の連中が侵攻してこなかったら、その時はお前達が相手にすることになるんだぞ?」
握手を交わしながら、タイラン将軍が心配そうに尋ねる。
「もちろん、それについても手は打ってある」
「ハハハハハ! ま、そうだろうな!」
僕が肩を竦めてそう言うと、彼は愉快そうに笑った。
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