背後の人物
「で、さすがに僕も思惑がどちらにあるのか分からないので、かまをかけて言ってみたんだけど……どうやら当たりだったみたいだね」
ジッと僕を見据えるラバル伍長に、お返しとばかりに鋭い視線を向けた。
「ちょっと待ってください。ひょっとしたら、エルタニア皇国がタワイフ王国を打倒するために、そのミハイル=タラートという男と内通したということは考えられないのですか?」
幾分か冷静さを取り戻したカサンドラ准尉が、僕の考えを指摘する。
「残念ながらその可能性は低いよ。だって、そのつもりならラバル伍長を使って、この要塞を陥落させようとする意味はないからね。むしろそんなことをしたら逆効果だよ」
「あ……」
といっても、この僕を嫌っている奴の仕業なら、あえて消すためにそんなことをする可能性も否定はしないけど。
ともあれ。
「それで? もうここまでバレたんだから、君に指令を出した奴のことを言ってもらえるかな? 僕もカサンドラ准尉から与えられたペナルティ(仕事)をこなさなきゃいけないから、忙しいんだよ」
「…………………………」
ハア……またダンマリか。
正直、拷問なんて非効率的だから、面倒なんだよなあ。
「そういえばカサンドラ准尉。地下牢に監禁している間、ラバル伍長に接触しようとしていた者はいた?」
「いいえ、二十四時間体制で監視を続けておりましたが……」
「そうかー……」
ならこれ以上は、時間の無駄か。
もう一人くらいネズミがいるかと思ったけど、読みが外れたな。
「まあいい。じゃあ悪いけど、デルガド大尉を呼んできてくれる? ああ、そうだ。その後は、君は仕事に戻ってくれていいぞ」
「っ! は、はい……」
カサンドラ准尉はアメジストの瞳に悲しみを湛えながら、敬礼をして取調室を出て行った。
その数分後、入れ替わるようにデルガド大尉がやって来た。
「ベルトラン将軍、お呼びですか?」
「ああ、悪いな。面倒だけど、このネズミに洗いざらい吐かせるから、ちょっと手伝ってくれ」
「ああ、そういうことですか。了解です」
「じゃあ、早速始めようか」
「はっ!」
僕とデルガド大尉は、視線を泳がせながらなおも無言を貫くラバル伍長を見ながら、ニタア、と口の端を吊り上げた。
◇
「くそう……やっぱり今日も深夜まで残業かー……」
ラバル伍長の尋問を始めてから二週間後。
僕は今日も、カサンドラ准尉がわざわざ用意した書類の山と格闘しながら、溜息を吐いた。
明日に仕事を全部先送りしたいところだが、それを許してくれるようなカサンドラ准尉じゃないしなあ……。
などと椅子の背もたれに身体を預け、天井をぼんやり眺めていると。
――コン、コン。
「失礼します」
やって来たのは、カサンドラ准尉だった。
む……僕がちゃんと仕事をしているか、チェックしに来たな? ……って、どうやらそうではないみたいだ。
「どうした?」
「ラバル伍長の件ですが……尋問は、全て終わったのですよね……?」
「そうだけど、君には関係のないことだ」
彼女にしては珍しく遠慮がちに尋ねるが、僕は少し強めの口調でそう言い放った。
だけど。
「……ベル君、あんまり私に遠慮するんはやめて。私かて覚悟して軍人になったんやさかい、補佐官としてやるべきことはちゃんとするよ。たとえそれが、私の手を汚すことやったとしても」
普段の冷たい補佐官としての仮面を外し、あの頃の素顔でそう告げる彼女。
悔しそうにアメジストの瞳に涙を湛え、小さな桜色の唇を噛みながら。
「ハア……悪かった、サンドラ。どうやら僕は、また遠慮していたみたいだな」
「ホンマやで。どんだけ過保護やねん」
そう言うと、サンドラはようやく表情を緩め、苦笑した。
「さて、と……それで、改めてお尋ねしますがラバル伍長の尋問の結果はいかがでしたか?」
「ああ、おかげさまで全部吐いてくれたよ」
ただし、ありとあらゆる手を使ったから、最後は完全に壊れたので処分したけど。
「では、背後にいたのは……?」
「エルタニア皇国外務大臣、“カルレス=ウリアルテ”だ」
そう……カルレス=ウリアルテという男は、皇国の文官による派閥の領袖として子飼いの諜報員であるラバル伍長をこの要塞へと送り込んだ。
将軍であるこの僕の監視、そして、自分にとって都合が悪い存在であった場合に排除するために。
これまでは、サン=マルケス要塞が主戦場の一つであったこともあり、タワイフ王国との均衡が崩れることを危惧してカルレス=ウリアルテは何も行動を起こさなかった。
だが、この一帯が膠着状態に入って一年以上が経ち、主戦場がログリオ盆地へと移った今、ラバル伍長あてに指令が届く。
再びこの要塞が戦場となるように、タワイフ王国の軍勢を要塞内に引き入れろ、と。
ラバル伍長も指令の内容に疑問を感じるも、諜報員にとって指令は絶対。それ以上は疑うこともせず、タワイフ軍を招き入れるために行動をした。
まあ、その前に叩き潰したから無意味だったんだけど。
「ラバル伍長の経歴については、この僕からあえて説明は不要だよね。この二か月の間、君が直接調査をしたんだから」
「はい……」
そう……ネズミがラバル伍長だと即座に特定したカサンドラ准尉は、あの男を拘束後、その背後関係を徹底的に洗い出してくれた。
だが、慎重な彼女が出身地や開戦前の配属先まで直接調べてくれたおかげで、あの男の出自や経歴があやふやだった。
つまり、出身地の教区簿冊や配属先の名簿には名前があるにもかかわらず、ラバル伍長を知る者が一人もいなかったのだ。
これに関しては、まさにカサンドラ准尉のお手柄というほかない。
それにより、ラバル伍長が諜報員であることを裏付けたのだから。
「……こんなことなら、常備兵全ての出自と経歴について、もっと早くに調べておくべきでした」
「いやいや、三千人もいるんだから無理だよ。僕からすれば、ここまで入念に調査してくれた君には驚きと感謝しかないんだから」
彼女がいなかったら、ラバル伍長の自白に信憑性を持たせることは難しかったかもしれない。
少し不本意ではあるけれど、カサンドラ准尉が僕の補佐官で本当によかった。
「では、これからどうしますか? この事実を皇都本部に通報して……」
「そんなことをしても、全部もみ消されるだけだよ。なあに……向こうの正体も目的も分かったんだし、いくらでもやりようはある」
そうとも。こんな真似をしたカルレス=ウリアルテを、僕は絶対に許しはしない。
「……僕の大切なものを危険に晒したんだ。必ず報いを受けさせてやる」
そう言って、僕は口の端を吊り上げ……って。
「えへへ……ホンマにベル君は、メッチャ過保護やなあ……」
「…………………………うるさい」
また仮面を外して、僕の手を取って蕩けるような微笑みを見せるサンドラ。
そんな彼女の美しさに見惚れてしまっていたなんて恥ずかしくてとても言えず、僕はただ顔を背けて語彙力のない悪態を吐くのが精一杯だった。
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