相変わらずな人 ※カサンドラ視点
■カサンドラ視点
「ハア……ホンマにもう、ベル君も懲りひんなあ……」
今日の仕事を終えてお風呂から上がった後、私はベッドの上に寝転がりながら溜息を吐いた。
私がこのサン=マルケス要塞に配属になってから丸一年、ベル君は事あるごとに将軍職を辞めようと画策する。
「ええと、ひい、ふう、みい……今回でもう九度目、次で二桁の大台やん……」
これまでの彼の計画を指折り数えながら、私はまた呆れてしもうた。
「こんなん私やなかったら、絶対にキレてるし。大体、こんな優秀でクールな美人補佐官が傍におるのに、何が不満やねん」
サン=マルケス要塞は敵であるタワイフ王国に面する国境最前線やけど、血気盛んな連中や立身出世を夢見る者は今や主戦場になっているログリオ盆地への配属を希望するし、それ以外は好き好んでここに来たいと思う人はおらへん。
せやから、ここにいる士官とか兵士のほとんどは、私が配属される前からいる古参ばかり。
「せやけど……えへへ、ベル君は相変わらず不器用やなあ。私が来てからの一年で補佐官の仕事量が倍以上に増えたことに見かねて、こうやって二人も部下を用意してくれたんやもん」
そう……彼が将軍を辞めたいと思ってるのは事実やけど、今回の件でサラス少尉とサモラーノ三等書記官の不正で私が自由に使える人材を充ててくれようとしたのも事実。
ベル君はいつも、そうやって私のことを内緒で気遣うてくれる。
「多分ベル君のことやから、今回のことで二人の弱みを握り、それをネタに私が陰から操れるようにしようとしたんやろうなあ」
サラス少尉をこの要塞の司令官に据え、サモラーノ三等書記官を査察官として対外的に他の将軍達に便宜を図らせようとしたんや。
この、どんなに頑張っても准尉までしかなれへん平民出身の私が、実質この要塞のトップになれるように。
「優しさの方向性、間違えてるっちゅうねん。ベル君のアホ……」
でも……あの人が優しいのは、初めて出逢った七年前の時から全然変わってない。
あれは……私が超難関の試験に合格して、リスボアの街から出てきて皇立士官学校に特待生として入学してすぐの頃。
ただでさえ平民出身な上に、見た目もこんなに小っちゃいさかい、貴族出身の生徒達からいつも馬鹿にされてた。
せやから私は、少しでも馬鹿にされへんようにとこのリスボア訛りの言葉遣いをやめて、隙を見せへんように誰に対しても冷たく振る舞った。
あはは……そのおかげか知らんけど、平民出身の生徒まで私には近づかんようになってしもうたけど。
せやのに、一番近くにいてほしくない貴族出身の生徒は、相変わらず私をいじめにくる始末。
でも……いつか偉くなって、そんな連中を見返して、リスボアのお父さんとお母さんを楽させて、まだ小さい弟と妹にええ学校に通えるようにしたげるんや。
そう思いながら、歯を食いしばって必死に勉強に励んだ。
平民の私が貴族よりも上に立つことなんて、絶対に無理やのに。
士官学校に入学して一か月が過ぎた頃、その日も私は貴族の生徒達にいじめられてた。
お父さんとお母さんが一生懸命働いて買ってくれた、高価で大切な教科書を目の前で破り捨てられ、悔しくて、両親に申し訳なくて、今まで必死に堪えてたのにその場で泣き崩れてしもうた。
その時や。
『おい、貴様等。そんなダサい真似して恥ずかしくないのか』
私が、ベル君に出逢ったのは。
破り捨てられた教科書を拾ってくれて、喧嘩も弱いくせに貴族の生徒に見境もなく殴りかかって、返り討ちにされて。
無謀やけど、そうやってたった一人で助けてくれたベル君の優しさが嬉しかった。
せやのに。
『……余計なこと、しないでください』
私は、連中に殴られて蹴られて怪我だらけのベル君に、そんな酷いことを言うてしもたんや……。
でも、ベル君は気にする様子もなくて、むしろ事あるごとに私に絡んできて。
鬱陶しくて、うるさくて、迷惑で、邪魔で……楽しくて、嬉しかった。
それに、貴族の生徒達からの私に対するいじめが、ベル君が絡んでくるようになってから、パッタリとなくなった。
それもそのはず。
その生徒達は、あろうことかエルタニア皇国の禁制品に手を出してしまい、退学処分になったんやから。
しかも、ご丁寧に私をいじめていた連中に限って。
こんなこと……こんなこと、ベル君がしてくれたに決まってるやん。
全部、この私のために。
そのことにすぐに気づいた私は、胸が熱くなって、締め付けられるように苦しくなったのを今でも覚えてる。
そうや……私はこの時から、ベル君のことが大好きになってしもたんや……。
それからは、絡んでくるベル君に負けへんくらい……ううん、それ以上に絡んでいった。
気取った態度とか言葉遣いもやめて、リスボア訛りの本当の私の姿で。
お互いに揶揄ったり、皮肉を言ったり、笑い合ったり、毎日がメッチャ楽しかった。
せやけど……そんな日々はたった二か月で終わってしもうた。
ベル君のお父様……シドニア将軍が、激戦地やったサン=マルケス要塞の攻防戦で戦死して、爵位とともに彼がその後を引き継がなあかんかったから。
最後の日、私は泣くのを必死に堪えて、無理やり笑顔を作って送り出した。
絶対に死なへんようにって、徹夜で作ったベル君の瞳の色である黒色と、私の瞳の色である紫色の房飾りのお守りを渡して。
それから私は、たった十五歳で将軍なんて重荷を背負わされ、激しい最前線に立たなアカンようになってしもた彼を支えるために、死に物狂いで勉強した。
あれだけ貴族の連中を見返すんやって息巻いてたのに、この時にはそんなことどうでもよくなってた。
ただ……ベル君の傍にいたかった。
皇立士官学校を卒業して皇国軍に入隊し、サン=マルケス要塞への配属希望をしたけど、残念ながら認められへんかった。
どうやら司令官であるベル君が、私の配属を拒否したらしい。
あはは……激戦地のサン=マルケス要塞は危険やからって、私遠ざけようとしたんやろ……ホンマ、相変わらずや。
せやから私は、サン=マルケス要塞に転属するために、ありとあらゆる手を使うた。
上司の弱みを握って脅したり、機嫌を取ったり、何でもしたった。それこそ、サラス中佐のしたことなんか可愛いと思えてしまうくらいに。
でも、ベル君もベル君で私を来させへんようにするために、ありとあらゆる手で邪魔してきた。
私がこんなに行きたがってるんやから、素直に受け入れてくれたらええやんって思って、頭にきたことも何回もあるけど、それも含めてベル君との攻防が楽しくて仕方なかった。
そして、そんなことを続けて三年が経った春の日。
『本日付けで配属になりました、カサンドラ准尉です』
私は、ようやくあの人に再会できたんや……。
「……ホンマ、難儀な人やで」
そう独り言ちると、私は口元を緩める。
自分の大切な人のために、自分を殺してでも貫こうとする、誰よりも優しくて不器用な人。
せやから。
「えへへ……私はどんなことしてでも絶対に離れへんし、絶対に私の前からいなくなったりさせへんからな。覚悟しいや、ベル君」
お読みいただき、ありがとうございました!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、
『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです!
評価ボタンは、モチベーションに繋がりますので、何卒応援よろしくお願いします!




