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決着(九度目)

「ベルトラン将軍、ご心配には及びません。全ては片づいております」


 そう言うと、普段表情を変えることが滅多にないカサンドラ准尉が、ニタア、と口の端を釣り上げた。


「……カサンドラ准尉、どういうことだ? 片づくも何も、僕の不正が発覚したのは昨日。それも、こちらのサモラーノ査察官によって明らかにされたんだ。こうなっては、僕が全ての責任を負うしかない」


 僕は平静を装い、かぶりを振りながら少し居丈高にそう告げた。

 だけど、内心では不安で仕方ない。


 カサンドラ准尉め……一体何を企んでいる……?


「まず、昨日の調査で散見されたつじつまの合わない取引伝票ですが、いずれも帳簿には軍の取引としては記載されておりません」

「「「ハア!?」」」


 自ら調査を行った査察官だけでなく、サラス中佐と私も驚きの声を上げた。


「そもそも、ベルトラン将軍が自らの私財を投じて購入されたものについてまで、皇国軍としてはあずかり知りません」

「ま、待て! 僕は銅貨一枚すら支払った覚えはないぞ!?」

「おや? おかしいですね。こちらの帳簿にありますように、今回の銃の調達費用については将軍に支払われる軍からの報酬より天引きされておりますが」

「ななな、何いっ!?」


 カサンドラ准尉が差し出した帳簿を強引に奪い取ると、示された箇所に目を通すが…………………………あ。


「そしてこちらが、今回取引をされている鍛冶屋の領収書です。ベルトラン将軍にお渡しするよう、私が預かっていたのを失念しておりました」

「む、むぐう……」


 嬉しそうに領収書を手渡すカサンドラ准尉。

 それを受け取った僕は、もはやうめき声を上げることくらいしかできなかった。


「さて……それで、このようなベルトラン将軍の私的な取引を不正と決めつけ、あまつさえ公正無私が求められる査察官がサラス中佐と共謀し、中佐自身の昇進と転属について便宜を図るように脅迫をしたことについては、どのような処分といたしましょうか?」

「「っ!?」」


 ご機嫌だった様子から打って変わり、たじろぐ二人に冷ややかな視線を送りながら告げるカサンドラ准尉。

 というか、昨日のサラス中佐とのやり取りまで全て筒抜けかー……。


 ハア……どうやら、これで完全に詰み(・・)のようだ。


「ま、待つんだ! これはミランダが勝手に仕組んだことで……」

「ハア!? 何を言っているの! あなたが立身出世して、私を大佐夫人にするって言ってくれたから、こんなに協力してあげたのに!」


 サモラーノ査察官に罪をなすりつけようとして、逆に暴露されるサラス中佐。

 だけど、女性の恋心を利用して悪事を働くというのは、さすがに許せないな。


「お二人共、黙ってください」

「「…………………………」」


 カサンドラ准尉の有無を言わせないとばかりの迫力に、喧嘩をしていた二人は押し黙った。

 階級はカサンドラ准尉が一番下だが、この場を支配しているのは間違いなく彼女だ。


「今さら罪のなすり付け合いをしたところで、今回の件については既に皇都に伝書鳩を放っています。早ければ二、三日中に、皇都から何らかの処分が下るでしょう」

「そ、そんな……」

「これはあんまりよ!」


 サラス中佐は膝から崩れ落ち、サモラーノ査察官は食ってかかろうとするが、カサンドラ准尉に軽く手を捻られ、壁に押し付けられて拘束された。


「ベルトラン将軍。皇都からの連絡が到着するまでの間、この二人を要塞の地下室で幽閉しても構いませんね?」

「あ、ああ……」


 カサンドラ准将の言葉に、私は戸惑いながら返事をした。

 それを受け、彼女は部屋の外に控えていた兵士達を入れて二人を引き渡し、地下にある捕虜用の施設へと連れて行こうとして。


「ベル君、今回も私の勝ちやけど……あんまりおいた(・・・)したらアカンよ?」

「はい……」


 カサンドラ准尉に西部(なま)りで『メッ!』と叱られ、僕はただ恐縮してうなだれた。


 ◇


 あれから一週間が経過し、皇都本部から正式に処分が下された。


 まず、今回の一件で過去の不正が明るみになったサラス中佐は、これまでの昇進は全て無効とされ、貴族士官としては最下級の少尉に降格、国から支給される俸給についても、一年間の減給処分となった。


 また、サモラーノ査察官についても、その職を解任された。

 彼女は元々軍人ではなく文官登用であるため、皇国軍の三等事務官として、この要塞で一からキャリアの積み直しとなった。

 査察官まで登りつめたエリートの彼女にとって、この処分は屈辱的だろう。


 だが、本来なら軍法会議ものの処分を受けるところだが、降格処分で済んだのは二人の実家であるサラス伯爵家とサモラーノ子爵家に配慮したのだろう。

 こういう時、貴族というだけで甘い処分で済むのだから、この国の……いや、西方諸国全体の社会のシステムに対して思うところがないわけじゃない。


 とはいえ。


「二人共、頼んでおいた書類はまだですか? 将軍が手持ち無沙汰にしておられるのですが」

「「ヒイイイイ!?」」


 僕から二人の監視役を任されたカサンドラ准尉に思う存分こき使われるのだから、このサン=マルケス要塞では大人しくしているんだな。


「フ、フフフ……僕の計画どおり(・・・・・)、優秀な人材の補充には成功したな」


 悔しいので、僕は口の端を持ち上げながらそんな負け惜しみを言ってみる。

 いや、この二人をカサンドラ准尉の()として使えるようにとは考えていたので、これはこれで本当に予定どおりだからね。うん。


「ベルトラン将軍、おしゃべりをしていないで仕事に集中なさってください」

「は、はい!」


 結局、今日も僕は将軍として目の前の書類に追われることになった。

 だがいつか……いつか僕は、この将軍を辞めてやるぞ!


 カサンドラ准尉に見えないように机の下で決意を込めて拳を握りしめるが、終わりの見えない書類の山を見て、改めて絶望するのだった。

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