私ダンジョンの匂いしゅきしゅき侍!〜宝箱設置回収員の迷宮商売〜
「三級宝箱設置回収員資格、合格しました!」
首に輝く死体確認用ドッグタグを嬉しそうに見せびらかせた新人を見て、『オールド・ニュービー』ライゼルはため息をつく。
「バルトの、あの小さな娘がなぁ。ステラさんに合わせる顔がねぇよ」
「お母さんは反対してますけど、ライゼルさんが一緒ならって!」
ライゼルは天を仰ぐと、髪の毛をグシャグシャと掻き回した。
空の箱を置いておくと中身が湧くというリュウノス迷宮。
この迷宮組合に就職が決まったリーチェッタは、馬鹿にされつつも新人向け低階層を主戦場とする男に指導を依頼した。
迷宮深層で死んだ父のかつての仲間。そんな男に指導を依頼した理由は、彼は父とは違い生きている事。
冒険をせず安全な低層階で確実に稼ぐスタイルを真似て、迷宮の匂いをクンクンする趣味を満喫するのだ!
しかし、彼女はまだ知らない。迷宮の現実を。
リュウノス迷宮保全組合 三級宝箱設置回収員リーチェッタ。
今日からこれが私の身分と名前だ。やったね!
首から下げるキラキラのタグも嬉しい。
「うへへ」
溢れるヨダレを革鎧の小手で拭う。お母さんは辞めて欲しいと言っていたけれど、私はお父さんみたいにかっこいい冒険者になりたい……という建前で、迷宮に入りたい。狭いところ大好き、暗いところ大好き、迷宮独特の匂いが堪らない。
「おいリーチェ。顔引き締めろ。年頃の女の子としてヒトサマに見せられない顔になってるぞ」
新人指導員のライゼルさんに呆れたように言われてしまうが仕方がない。
昔から、冒険から帰った後のお父さんの匂いが好きだった。
でも、ある時それはお父さんの匂いじゃなくて、鎧の匂いだと気がついた。新品の鎧を嗅いでも匂わないからお父さんの匂いかと思っていたのだけど、他の人の鎧でも同じ匂いがした。
中古鎧の匂いフェチ。そう思われた私だが、お父さんの同僚のライゼルさんに迷宮産の宝箱を見せて貰った時に確信した。
これの匂いだと。
普通、学校を卒業した読み書きのできる市民はあまり迷宮には潜らない。危険だからだ。
事務員や管理職の仕事につけるのになぜ宝箱設置回収員になるのかと、友達のパイエに言われたものだ。
私は、あの匂いを嗅ぎたい。あの匂いのする迷宮の中に入り、思う存分深呼吸がしたい。その為に剣と魔法を覚え、侍と呼ばれる上級職の資格を得て迷宮保全組合に就職した。
宝箱設置回収員というのは世界各地の六つの迷宮全ての迷宮組合でそれぞれに存在するらしいけど、世間では冒険者なんて呼ばれている。
危険な迷宮にこもって宝箱を持ち帰り収入を得る、冒険的な職業と思われている。
でも、実際は違う。
だって、冷静に考えればおかしいでしょう?
私も子供の頃に、迷宮に宝箱を取りに行く父さんに聞いたことがある。『なんで迷宮に宝箱があるの?』って。
そう、この宝箱を置いているのが、迷宮保全組合。
ほんっとーに不思議なのだけどね。迷宮の中に空の宝箱を置いて放置すると、中身が詰まってるんだ。
竜の魔力が満ちた迷宮に、欠けた皿を放置すると欠けた部分が塞がる。これは子供でも知っている有名な話だ。木材や紙や肉など劣化しやすい物は数日でボロボロに風化する。けれど頑丈な物は魔力を帯びてより頑丈になる。そして欠けたものは埋まる。この性質を利用して、空の箱を置いておくと中身が埋まる。そういうものらしい。
この迷宮を効率よく利用して大量の財貨を得る為、宝箱の設置と回収を行うのが迷宮保全組合。
冒険はしない。安全に迷宮に宝箱を設置し、一定時間後に回収。その中身の売却益から利益を受け取る。
この上なく怪しい、でも身元のキチンとした人しか着けない堅い仕事なんです。
同じ年に学校を卒業した友達のパイエには、ゴロツキみたいな所に就職するのやめたら? とか、私の入った火炎呪符工房に入れないか聞いてあげようか? なんて心配されているけれど、キチンとしてます。税金も給与天引きだし。アットホームな職場だって聞くし。歩合でたっぷり稼げるし。
「ねぇ、ライゼルさん。備品の火炎呪符って使いすぎると給料から引かれるって本当?」
朝から一緒に迷宮を歩いている私の先輩指導員、二級宝箱設置回収員のライゼルさんの脇腹を突っついて聞いてみる。
「なんだリーチェ。もう罰金の心配か。火炎呪符なんてオオムシの群れにでも会わなきゃ使わねぇよ。二階までなら持ってたって腐らせるだけさ。規則だから携帯しているだけだ、バックパックの底にしまい込んどけ。無くしたらそれこそ罰金だぜ」
私が二階までしか行きたくない理由の一つがこれだ。オオムシ。迷宮ではどんな生き物も大きく育つというが、蛾や蜘蛛は苦手だ。
ライゼルさんと話をしようとすると首をかなり上まで曲げないといけないので、だいたい弛んだお腹に話しかける。私の背も低いけれど、ライゼルさんはかなり長身だ。その為、三階以降では蜘蛛の巣に顔を突っ込んだり、オオコウモリに髪を毟られたりするらしい。だから低層階専門なのだとか。
私の父さんと同期の大ベテランなのに低層階専門なので、ライゼルさんは陰で『オールド・ニュービー』なんて言われている。本物の新人である私ですら聞いている。けれど、ライゼルさんは帰ってくる。
一級だったお父さんですら帰らなかった最下層からも帰ってきた事がある、生存の達人だ。だから私は新人に付いてくれる指導員をライゼルさんに依頼したのだ。
二階までの安全な低層階のみを戦場として、私は絶対に帰ってくる。そして学園の奨学金を返し、パイエより稼ぐんだ。めざせ回収率ナンバーワン! 歩合王に私はなる!
「ところでライゼルさん。ライゼルさんは最下層に行った事あるんですよね?」
「ああ、地獄の第四層な。出てくる化け物の大きさが2階までとは桁違いだし、そもそも日帰りで行ける距離じゃねぇ。あんなとこ目指すもんじゃないぞ」
「ムシ嫌いだから行きませんよ。でも、迷宮の底には竜が住むって言うじゃないですか。本当に竜の巣ってありました?」
「何バカなこと言ってるんだ。そんなの子供向けのお伽噺だろ」
「ですよねぇ。んー、おかしいなぁ」
お父さんの形見の中に掌ほどの鱗があったのだけど、あれはいったい何だったのか。
迷宮の底には竜が住むという伝説がある。
かつて、世界には恐るべき六匹の竜がいたという。
彼らは天を舞い、傷つけることのできぬ硬い鱗に覆われていた。
彼らは空飛ぶ船を撃ち落とし、天に届く塔を砕き、鋼の軍を蹂躙した。
そして、立ち向かうもの全てを灰にした後に、巣穴を掘り眠りについたという。
今、世界には六つの迷宮がある。
地上には居ないような大きなムシやケモノが住み、宝物や金貨が湧き出す不思議な迷宮は竜の巣穴なのだと言われている。
眠ったままの竜が見る夢が、巣穴にたまった魔力により形を得るのだと。
あの、迷宮の匂いを濃くしたような、うっとりする程いい匂いのする大きな鱗。
あれは深層に住む何かの鱗なのだろうか。
そんな事を考えていたせいか、プンと強く迷宮の匂いが強くなる。
「おい、着いたぞ。重たい箱を俺に持たせておいたんだから、手順は一度で覚えろよ? 古い方回収するぞ」
先輩であり熟練の迷宮宝箱交換員ライゼルさんが、手際良く古びた宝箱を開けて見せてくれた。
人がかろうじて抱えて持てる大きさの箱に鍵を差し込むと、背後に回り込んでから蓋を開ける。
あれ、開けちゃっていいんだっけ?
「こうして迷宮の行き止まりに空の宝箱を置いておくだろ? そうするとこうなる。よく見ておけよリーチェッタ」
トスッ
飛び出す、矢。
鍵穴付近の装飾に隠されていた穴から飛び出した矢が、私の背後の壁に突き刺さる。
箱の中には少しの金貨と錆びた短剣。
「これを回収して、新しい箱を魔力溜まりに置いていくのが俺たちの仕事だ。以上!」
「待って、この矢は何?!」
「必要なんだよ。考えてもみろ、宝物が詰まった箱だぞ。勝手に盗っていく奴がいる。そして俺たちはずっとここで見張るわけにはいかない。手癖の悪いやつには痛い目を見せるんだ」
眉をひそめて顎髭をギュギュっと引っ張るライゼルさん。
「そんなの聞いてません! 二階までなら安全って言ってたじゃないですか!」
「言ってないからな。学校でも教えない。なぜならこれは組合の指示じゃなく、設置回収員が独自にやってる事だから」
「どうして?」
「罠を仕掛けないとな。みんな中身だけ盗られちまうんだよ。自分の稼ぎは自分で守れって事さ」
そう言って引っこ抜いた髭を壁に貼り付ける。
「……この辺も良い匂いってするか?」
「はい、かなり匂いが濃くていい感じです!」
「おお、やっぱりそうか。一応な、あっちこっちに自分の目線の高さに劣化しやすい物を貼り付けておけ。魔力濃度によって劣化の速さが違う。魔力の濃い所を探せ」
「え? 設置する魔力溜まりは組合から指定が……」
ライゼルさんは腰をかがめて私に視線を合わせると、頭をポンと叩いた。
「いいか、教えてやる。歩合は1割。全部懐に入れれば10割。自分の稼ぎは自分で守るんだ。欲しいんだろ、ボーナス」
私は唐突に理解した。ライゼルさんが低階層しか立ち入らないのに羽振りが良い訳を。
自前の宝箱を設置して、給料外の収入を得ているのだ。
「こうして、私の学校では教えてくれない迷宮商売の日々が始まったのだった」
「何言ってんだ。まだ第一歩だぞ、キリキリ覚えろ。しっかりマップ書けないと二級資格取れないぞ」
狂暴な獣や、腐肉喰らいと呼ばれるスライムの亜種への対処を叩きこまれ、へとへとになって迷宮を出る。石造りの街並みが真っ赤に染まる夕暮れで、返り血に染まった姿も気にならない。嘘です、臭いので早く着替えたい。
迷宮入り口の門番さんに挨拶をして退出の手続きをしていると、交代でやってきた夜勤の門番さんが猫を抱えてきた。
「この猫、何度追い払っても迷宮に入ろうとするんッスよ。水入りポーション瓶とか並ますか」
「そんなの置いても効かないし歩きにくいぞ」
抱えられた白い猫が不機嫌そうに脱力している。
「ふふ。あの子も余程迷宮が好きなのね。いい匂い」
「え、あの猫がいい匂いなのか? ……迷宮に入っていないのに? ちょっとお前あの猫連れて帰れ」
「なんで?」
「お前の言ういい匂いって魔力の濃さじゃねぇかなと思うんだ」
猫と目が合った。
お父さんの鎧より、宝箱より、迷宮よりも、いい匂いがした。