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Gだと思って倒してたアイツ、モンスターだった。

(※ 虫が苦手な方は、絶対に読まないでください)



あなたは『G』を倒せますか?


そう、あの台所を這い回る、小さな黒き悪魔のことです。


か弱い人間は泣き叫び、逃げ回ることしかできないあの悪魔を、倒すことのできる人間は、実はそう少なくはないでしょう。


私、梨緒も倒せる方の人間です。

表情のすべてを消し、淡々と新聞紙を敷き、そこに追い込み上から別の新聞紙や雑誌をかぶせ、思いっきり踏みつけた上で、専用の殺虫剤を浴びせるのです。

あとは新聞紙ごと丸めて、二重の袋の中に封印してポイ。

多少の違いはあれど、悪魔に立ち向かう人間は大抵こんなものでしょう。


ただ私には――もしかしたらそれができる、ということが、一番最初の運命の分岐点だったのかもしれません。


そこからたくさんの運命に翻弄され、流され、そして今、こんな所にいるのです。


そうつまり。

私は今、とっっっても不本意なのですよ。

 人間には二種類いる。

 Gを倒せる人間と、そうでない人間だ。


 紫崎(しざき)梨緒(りお)は倒した黒き憎き悪魔を、新聞紙に包んだままビニール袋に突っ込んだ。しっかり結んでもう一枚かぶせ、さらに縛ってゴミ箱の奥に封ずる。


 十日間連続である。梨緒が普通の女子なら、もう引っ越し申請が終わっているだろう。

 だが梨緒は、ムカムカした顔のままテレビに視線を戻すだけ。

 今日も一つ、日本で【ダンジョン】が見つかったらしい。


《十年前、世界規模で地震が多発したあと、各地で発見され出したこの不思議な空間は、ゲームになぞらえて【ダンジョン】と呼ばれています》


 ニュースキャスターの補足情報に、今さら基本すぎるなー、と呟き冷蔵庫から缶ビールを取り出した。今や【ダンジョン】とは『素材採取場』と同義だ。


 初めの5年はそれぞれの国の調査に費やされたが、その後勝手に入った民間人がすごい成果を持ち帰ったというネット記事が出ると、各【ダンジョン】はまたたく間に民間に開放されることとなった。


 今、日本にある【ダンジョン】の数は368。数としては世界七位だが、国土の広さからすると最も密集率が高い。

 その、それぞれから既知未知の素材が出てくるのである。


 鉄などの鉱石、宝石や貴金属が採れるところ。ガスや石油が採れるところ。そして、全く未知の物質が採れるところ。【ダンジョン】の中ほとんどが森林という場所では、もともと林業をしていた業者が雇われて伐採されているし、特に何もない【ダンジョン】でも、翌日〜数日で中の状態が元に戻るという特性からゴミ捨て場として活用されているところまである。


 何よりも未知の素材は、技術大国日本にとって、興味深いものだったらしく、様々な新素材が色んな場所に活用されている。


【ダンジョン】は外部から隔離されているので、人力を頼らねばならない現状、あまり大量には採ることが出来ない。しかし、研究には十分すぎる量が採れる。しかも各国が割と偏った種類しか出ないのに対し、日本では様々な国で採れる素材が国内で揃った。

 おかげで、日本は素材を研究し掛け合わせ、独自素材を開発することにいち早く成功。各国から輸入して加工し、輸出する産業が加速したのである。


「戦闘職より生産職が持て囃されるのなんて、日本らしいよねー……」


 CMに入ったテレビ画面からは、いろんな企業の新素材に関する主張が垂れ流される。ビール缶を掲げてヘラヘラしていた梨緒は、もうひとグビり、と缶を傾けて顔をしかめた。そこからは、もう一滴しかビールがこぼれ落ちてこなかった。


「あー、もう!」


 梨緒はテーブルに缶を打ち付けると、立ち上がって財布を掴んだ。コンビニまでは十分近く。いつもの上着をはおり、使い古したパンプスを引っ掛けて、ドアを開ける前に鏡でピンと跳ねた前髪の端を整える。気の強そうな目元が赤くなっているのを無視して、忘れそうになった鍵を小指にかけて外に出た。



 バタンと閉じたドアの内側で、黒いモヤが湧き上がり、また一匹の黒い虫を作り出して消えたのには――だから梨緒は気づかなかった。



 ◆



「またお祈りメール……」

「もう梨緒、諦めて探索者に回ったら?」


 カレッジのカフェスペース。昼ごはんを片付けた梨緒は、友人の本居(もとい)小麦(こむぎ)とスマホを見ながら駄弁っていた。話題は就職について。


「イヤよ、汗かいて穴に潜るなんて。趣味じゃない」


 梨緒は50社目の悲しいメールに打ちひしがれていた。なお、小麦はすんなりと第一志望に決まっている。

【ダンジョン】景気による売り手市場の今、むしろ梨緒のような不採用の嵐の方が珍しい。初冬に入るというのに、就職支援の先生方は首を捻っている。


「梨緒、せめて【素質】を見てもらってきなよ」


【ダンジョン】に入った人にはいわゆる【ステータス表】が表示されるようになる。大抵の人には【レベル】がないが、【素質】と呼ばれる『当人の向き不向き』が示される項目は全員に現れる。


 これはその時の性格や性質から予測されるもので、後々の努力で変更されることもある。

 それでも、大まかな『向き不向き』が端的にわかるので、探索者でなくとも参考になる。企業によっては、履歴書に素質欄を設けるところもあるぐらいなのだ。


「それでめちゃくちゃ探索者向きとか言われたら、将来確定じゃない。イヤよ、そんな就職の仕方」

「そうとは限らないじゃない」

「じゃなくても、イヤなものはイヤ!」

「うーん……」


 梨緒は【ダンジョン】に通い、素材を採取する『探索者』という職業に、抵抗感があった。

 土とホコリと汗にまみれて、洞窟に潜り続けるというイメージがあるからだ。モンスターと戦うのに、その姿はゲームの冒険者よりも、炭鉱の坑夫に近い。

 どちらかと言えばインドア派の梨緒にはキツすぎる。


「絶対、梨緒は会社勤めのほうが似合わないと思うけどなぁ……」

「なんでよぉ……」


 テーブルに倒れ込む梨緒に、小麦は眉を下げた。

 小麦は知っているのだ。己の友人が、細かいことを考えるのが苦手なことを。白黒ハッキリとした結果を好むことを。


 多分そういう性分は、『探索者』と相性がいい。


「別に探索者向きだからって、本人の希望を無視して就職させるような事はしないはずよ。ねぇ、今度の土曜日、一緒に【素質】を見てもらいに行こうよ。私、自分のも知りたいしさ」


 そして梨緒は小麦に連れられて、土曜日に【ダンジョン】にある『鑑定板』と呼ばれるステータスを測る装置に触れに行くことになる。

 ――もちろん、これが梨緒の運命の分かれ目だった。



 ◆




「えっ」

「ええっ?」


 梨緒と、『鑑定板』の担当者の声がかぶる。

 先ほど小麦を測った『鑑定板』は、彼女には【レベルなし、素質・アドバイザー】と示したのに対し、梨緒には思いがけない表示を見せていた。


 紫崎(しざき)梨緒(りお)

 レベル:11

 素質:バスター

 ▼

 】


「「……」」


 レベル、11。


 素質が完全に探索者向きなのは、もはやどうでも良くなっていた。

 普通はあっても1だと聞いていたレベル。どうしてその数字が2つ並んでいるのだろう。


「あの、確認しますね。【ダンジョン】に今まで入場なさったことはないと、おっしゃっていましたが、確かでしょうか?」

「ええ、生まれてこのかた、近づいた事はありません」


 ゆるゆると首を振る梨緒。『鑑定板』を操作する担当者は、困惑していた。


「ここ十年の間に、戦闘行為をなさった覚えは?」

「体育の授業でドッジボールやサッカー、バレーボールをぶつけた事なら」

「剣道や柔道……その他スポーツの経験は」

「ありません」


 ありえないことが起きているらしい。

 梨緒はただただ混乱し、顔を青くした。おかしいですね……、と担当者は眉間にシワを作る。


「この【レベル】というのは、【ダンジョン】内で戦闘行為を行い、【ダンジョン】が生成するモンスターを倒さない限り、上がるはずのない数値です。初めて測るなら、『なし』か『1』かになるはずなんですよ。しかも11なんて、まぁまぁ【ダンジョン】に慣れた人の数値ですよ」


 そう言われても、梨緒にはわからない。

 梨緒が【ダンジョン】に来たのは今日が初めて。これは紛れもない事実だった。証明するものはなにもない。だが、事実は事実と訴えるしかなかった。


「でも、私は初めてです。むしろ探索者にはなりたくないんです」


 そう、梨緒は探索者になりたくない。『鑑定板』に触るのも渋々で、【ダンジョン】にだって金輪際近寄らないでおこうと思っていたのにだ。


 それがなぜ、『【ダンジョン】に慣れた人』のような表示になっているのか。


 考え込んでいた担当者は、顔色をなくす梨緒に向かってこんな提案をした。


「もしかしたら、なにかの不具合が起こっている可能性があります。こんな不具合は初めてのことですが、これから先にも起こらないとは限りません。紫崎さん、申し訳ないのですが、この不具合の調査にご協力いただけませんか」

「ええ……?」


 不具合。

 何らかのよくわからない現象が起こっていて、梨緒の【ステータス表】を歪ませた。

 ならば梨緒は被害者だ。それになぜ、梨緒が付き合わなくてはならない。

 梨緒はそう眉を寄せたが……。


「紫崎さんの他に類を見ない症状ですので、どうかお願いします。これから、似たような不具合が起きた時に、正しく対処できるようにしたいんです。ですが、原因がわからなければ対処はできません」

「原因……ですか」

「ええ、原因です。知っておきたいでしょう?」


 そう言われては、選択肢はなかった。たしかにこの訳のわからない表示の原因が分かったほうがいい。

 だって、ただ単に『レベルが高い』のと、『何らかの不具合で高く表示されているだけ』では、探索者になるのを断る口実が違ってくるのだから。

 ついでにこの、探索者向きの素質も歪んでいてくれないだろうか。


「わかりました。協力します」

「ありがとうございます」


 にっこりと笑った担当者に、名刺を渡された。

 そこには

『探索者協会 窯倉支部 研究部部長 東堂(とうどう)架奈(かな)

 と書かれている。


「後日、別の種類の鑑定板で、紫崎さんの【ステータス表】を測ってみましょう。それで原因がわかればいいのですが」


 入口で書いていただいた連絡先にご連絡しますね、と担当者の東堂が言って、そして梨緒と小麦は解放された。

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― 新着の感想 ―
[一言] 私も倒せる人間なので楽しく読ませていただきました。 思ったよりもG感はなかったですね。皆さんが感想で言っていたように、ダンジョンのほうが視覚的に強かったです。 でもまあ、これからなんですよね…
[良い点] おー! 面白そう! リアルに異世界要素が入ってきているのですね!  わぁ、Gはね、ほんと、やっつけられる人とダメな人分かれますよね、やっつけて、さらに後処理までできる主人公ちゃん、神………
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