推しのVtuberに転生した私が、何故か魔王さまに溺愛されてるんですけど!?
私はVtuberオタク。
画面の向こうにいるVtuberを見る日々だったけど――気が付いたら私が画面の中にいた。
しかもなぜか。
私の推してるVtuber“リナ・タルトちゃん”として。
ま、まさかこれ、異世界転生ならぬ、Vtuber転生?
でも、普通は転生っていったら、ほら。
乙女ゲーの悪役令嬢だったり。
最強の勇者だったり。
定番のパターンがあるのに……。
“今日の配信を開始しますか?”
なに、この展開!
私自身がどうなったか分からなくて混乱してるっていうのに。
いきなり現れた“イケメン魔王”は私に執着している様な気配を見せて……?
うぅ、できればこれ以上よくわからない展開に巻き込まないで欲しいんですけど―――!
ネット動画って見てますか?
ライブ配信って好きですか?
――大好きな推しって、いますか?
「ねぇ、いいかげん起きるニャ!! 間に合わなくなるニャ!!!」
「は……はい?」
目を開けると、不思議な空間が広がっていた。
月と星の模様がちりばめられたピンク色の壁。
ハート型の窓。
黄色いパステルカラーの椅子や机。
えーと、ここどこ?
どう見ても私の部屋じゃないんですけど。
「やっと起きたニャ。すぐに配信を始めるニャ」
「あの、配信ってなんのこと?」
慌てて声のする方向に目を向けてみる。
大きな鏡が二つあるだけで、誰もいないん……だけど?
もしかして、この鏡がしゃべってたとか。
あはは……なんてね。
まさかぁ。
ゆっくり鏡をのぞき込んだ私は……おもわず思考が停止した。
薄水色の透き通るような長い髪。
月の形をした髪留め。
少し幼く見える可愛らしい顔と、大きな青い瞳。
私の推してるVtuber“リナ・タルトちゃん”にすごくそっくり。
このコスプレの子、似合ってるしカワイイし目の保養なんですけど!!
思わず両手で頬を押さえた。
あれ?
なんで今、この子も同じポーズとったの?
……。
…………。
あはは、あたりまえじゃん。これ鏡なんだし。
…………。
「なぁんだ、夢ね。私ってばどれだけリナちゃん好きなのよ」
頬をつねってみると、鏡の中の女の子も同じポーズになる。
それだけじゃなくて。
しっかり指にも頬にも感覚が伝わってきて……。
……ウソ。
……これ私?
「えええええええ!?」
「何遊んでるニャン? 早く配信開始のボタンを押すニャン」
「え? ボタンって?」
「寝ぼけてるニャン?」
よく見たらしゃべってるの、鏡の横にある小さな“猫のぬいぐるみ“なんですけど?!
「なにこれ、どういう仕組みなの? ていうか私どうなってるの? ねぇ? ねぇ?!」
「何言ってるのニャ。ほら、みんなリナちゃんの事待ってるんだから」
「みんなって?」
黒猫は机の上をくるりと回転すると、もう一つの鏡に顔を近づけた。
きらりと光が漏れだすと、一斉にメッセージが流れ始める。
“配信待機中。おかえりなさい、リナちゃん”
“リナちゃん、復帰おめでとう!!!!!!”
“また声が聞けるなんて嬉しい!! 大好きです!!!”
読み切れないほどの言葉の洪水。
これってひょっとして、配信のコメント欄?
「落ち着くニャ、リナちゃん」
「あ、リナちゃんって、私の事?!」
「他に誰がいるニャン?」
黒猫のぬいぐるみは、身体を私にすりよせてきた。
そういえば、リナちゃんの配信画面に……ぬいぐるみのイラストがあったよね。
……似てる気……がする。
もしかして、これって。
――画面の中の推し“リナ・タルトちゃん”になってるってこと?
えーとえーと……。
私は混乱した頭で、昨日の出来事を思い出していた。
* * * * *
「あかりーっ! この後って時間ある? 美味しいカフェみつけたんだよね!!」
仕事が終わって机の資料を片付けていると、突然、同期のサキが声をかけてきた。
彼女の動きにあわせてトレードマークのポニテが楽しそうに揺れている。
今日も私の親友はカワイイ。
でも。
「ゴメン、用事があって。また今度ね?」
「えー。せっかく仕事終わり楽しみにしてたのにぃ」
「明日は予定ないはずだから」
スマホを開くと、スケジュールを確認する。
うん、明日の配信予定はないみたい。
「ふーん?」
「な、なによ?」
「えい!」
彼女はイタズラそうな表情をすると私に抱きついてきた。
「そのスケジュールを見せろーっ! どうせ彼氏が出来たんでしょ?」
「ち、ちがうったら」
「この裏切り者―!」
スマホの画面をのぞこうと頬をぐいぐいよせてくる。
弾んだ吐息が耳元にふれて、少しくすぐったい。
「だから違うってば。今日は家に両親が遊びに来る予定なの!」
「両親、ホントに?」
じとーっと私を見つめる彼女を、なんとか引き離す。
絶対信じてない表情だわ。
他の理由が思いつけばよかったんだけど。
だけど……ホントの事だけは絶対に言えない。
推しのVtuberの配信に間に合わなくなるからなんて!!
だって私。
“Vtuberオタ”だから。
Vtuberっていうのは、アニメキャラみたいなアバター姿で、動画投稿やライブ配信をしたりしている人達のこと。
最初は偶然“リナ・タルトちゃん”の配信を見かけたんだよね。
でも。
アニメキャラみたいな彼女が、くるくる表情を変えるのがすごく可愛いくて!
ええ……気が付いたら、おもいきりハマってました……。
ライブ配信のスケジュールはバッチリ押さえてるし。
グッズやボイスが出ればもちろん即ゲット。
コラボカフェがあれば遠くても遠征するし。
有料のチャットも投げるし。
すっかりVオタ沼からぬけれなくなっちゃってます、あはは。
ごめんね、サキちゃん。
いくら大親友でも……。
絶対に……絶対に内緒なんだから!
* * * * *
「ただいまー。よし、間に合った―!」
急いで、配信チャンネルをクリックする。
「こんばんはー。妖精界からから来た小さな魔法使い、リナ・タルトだよ!」
きた。
来たキタきたー!!!
はぅぅぅぅ。
今日も最高に可愛いよ、リナちゃん!!!
「それじゃあ、今日の妖精界ニュースからお知らせしちゃうよ!」
Vtuberさんって、妖精だったり悪魔だったり、そのキャラを演じてることが多いんだけど。
リナちゃんはキャラ設定がすごく細かくて、なりきり感がすごい。
デビューしてから一度もキャラ崩壊したことないし。
中の人も、有名声優さんってウワサもあったけど、結局謎のまま。
リアル世界の話を全く出さないブイさんって、珍しい気がする。
「それでね、最近魔王が復活したなんてウワサもあって、ちょっと困ってるんだよね」
ちょっと困り顔のリナちゃんカワイー!!
でも魔王?
いきなり魔王なの?
そのうち新キャラとして、同じ事務所から出てくるとか?
「さて妖精界ニュースは以上です。今日は重大発表もあるし、どんどん進めますねー」
彼女のセリフに視聴者のコメント欄がにぎやかになる。
“重大発表!!”
“まさかの3D化か!!!!!”
“歌ってみたかな。リナちゃん歌上手だし!!”
“やっぱりさっきの魔王って、ふりなんじゃないか?!“
流れるスピードが速すぎて、読み切れない。
「ってことで。今日のメインはオリジナル歌枠。もりあがっていくよー!!!」
よし、私も思い切って有料チャットを送ろう。
くぅぅ。
これで当分、もやし生活確定ね。
でも、彼女の歌にはその価値があるから。
リナちゃんのオリジナル曲って、まるでゲームの吟遊詩人みたいですっごくカッコよくて素敵で。
大好きなファンタジーの世界が手が届く場所にある気持ちにさせてくれる。
現実を忘れさせてくれて、すっごく大好き。
はぁ……最高のひと時だよ。
「それでは今日の配信はここまでー。最後に重大発表をお伝えするね」
画面が切り替わって、リナちゃんの顔がアップになる。
そっか。
重大発表があるって言ってたよね。
うーん、なんだろ。
楽しみすぎる!!!
「突然ですけど。今日の配信で、リナ・タルトは引退します。今までありがとうございました!」
……。
…………え?
私も、コメント欄も、ううん。
この配信を見ているすべての人の時間が止まった気がした。
「ホントごめんなんだけど。魔王が復活しちゃうと、さすがに異世界への配信はちょっと……」
今なんて言ったの?
頭と気持ちの処理が追いついてない。
………引退?
ダメだ。
明日への活力が全て消えてしまった……。
私は大荒れの配信画面から目を逸らすと、そのままベッドに転がりこんだ。
今のは夢。
うん、悪い夢だよ、そうであって欲しい。
リナちゃんが引退なんて。
そんなの。
そんなの。
絶対信じないんだから!!!
* * * * *
思い出したわ。
私、ショックでそのまま寝ちゃって……これ、どうなってるの。
今流行りの転生もの?
でも転生ってゲームのヒロインだったり悪役令嬢とかだったりしない?
ていうか、転生自体もフィクションだよね?
なんで、リアルでこんなことが起きてるのよ!
「リナちゃん、ほら時間ニャ。みんな待ってるニャン」
「え、待って待って!」
急かす黒猫。
混乱する私。
そこへ突然響くチャイムの音。
何よこれ、どれから優先させればいいの?
ひとまず無視しようと思ったんだけど、混乱してるからかな。
つい目の前のチャイムに応対してしまった。
「どちらさまですか!」
「今度隣に引っ越してきた、魔王です」
引っ越し!?
魔王!?
ますます訳が分からない!
そしたら突然空中にゲームのようなステータス画面が開いた。
端正な顔、きりっとした濃茶の瞳、短くさわやかな感じの黒い髪。
イケメンVtuberの実写版みたいな顔がそこに映っている。
でも問題はそれじゃなくて……。
職業の欄には大きく“魔王”の文字があるんですけど……。
ちょっと。
一体どうなってるのよ、これ!!!