アンドロイド殺し
アンドロイド。かつてロボットと呼ばれ、人類を支える機械だった。いつしかソレらは知性を手に入れ、人々の傍らに並び立った。
そして、肉の体を手に入れ、記憶の保存が可能になったとき、アンドロイドは人を超えた。
アンドロイドの記憶は冥王星の衛星カロンに保管され、超光速通信により相互補完、保全されている。
それは一種の不老不死であり、不滅の存在。それが2300年のアンドロイドである。
太陽系外縁天体、準惑星エリス。とある観測基地にて事件は起こった。
チーフ:準惑星エリス第三観測基地代表、男性
シェフ:調理、資材管理担当、男性
セクレタリー:秘書、事務作業担当、女性
ドク:医師、アンドロイドメンテナンス担当、女性
エンジニア:ネットワーク管理者、男性
双子:アンラとマンユ、雑用係
アポロ・L・キュール:探偵、冒険家
不死であるはずのアンドロイドを誰が殺したのか。それをスタッフの皆が議論していた時、私はハイデガーの存在論について思いを巡らせていた。
準惑星エリス第三観測基地。被害者の部屋の前にスタッフが集まっている。
「そもそもだな。『誰が』の前に『どうやって』じゃないのか」
シェフが議論の口火を切る。
「見ての通りじゃない? ねぇ?」
セクレタリーが焼け焦げたチーフの私室を指差した。ドアや壁面は尽く破損している。
「「爆殺~」」
双子が口を揃える。
「そういう話じゃなくてだな! なんていうかだな。……ドク。頼むわ」
「アンドロイドは死なない。これは物質的な死を迎えても、記憶をバックアップすることにより、再生産した肉体に記憶――魂を挿入することが可能だから。代替可能な存在としてアンドロイドは不滅。そして、その鍵となる記憶の保管先は冥王星の衛星カロンにあるわ」
「現在のカロンとエリスの相互距離は約13.3auッス」
ドクの説明に、端末を弄りながらエンジニアが補足する。
「だから、無理ってわけだ」
ドクとエンジニアの説明に続けるようにしてシェフは結論付ける。
「何がよ」
「殺すのがだ」
「現に死んでるじゃない」
「お前は馬鹿か」
「あんたが説明下手すぎんでしょ。そのたるんだ腹に副脳でも詰めたら?」
「俺は頭脳労働担当じゃねーし。文句たれる前に少しは考えろよ」
セクレタリーとシェフが口論を始める。
「ケンカだー」「ラウンド1、ファイッ」
「止めるべきっスかね……」
双子が煽り、エンジニアが躊躇う。
「はいはい。こんな時くらいは自重しなさい」
ドクが手を叩き、二人を止める。
「シェフはこう言いたいのよ。チーフを物理的に殺しつつ、遠く離れた場所にあるバックアップを破壊することは不可能だって」
「先に壊してから殺すのは?」「最近、出張で出かけたヤツとかいない?」
ドクの言葉に双子が訊ねる。
「君たちが生まれてからは来客も外出もないッスね。記録上は8年と2か月ッス」
「何らかの形でバックアップを先に破壊したとして、月に1回は健康診断で記憶の相互補完チェックがあるわ。チーフの健康診断は一昨日行ったわよ」
「つまり、1日2日で私たちにバレずにカロンまで往復することが可能な人物……」
セクレタリが考え込むように呟いた。
「ワープできる人!」「いるー?」
「いねぇわ。そもそも、クソほど警備が厳重なカロンのデータベースにネットワーク、もしくは物理的にアクセスするってぇのは現実的じゃねーな」
双子の意見をシェフは否定する。衛星カロンはアンドロイドの記憶を扱う施設がある関係上、その防備は強固であった。
「ネットワークエラーで、カロンに存在するチーフの記憶に一時的にアクセスできないとか?」
「それもないっスね。カロンが襲撃されたとかの情報もないッス。正常に通信ネットワークもカロンも稼働してるっス」
ドクが思いついたようにエンジニアに訊ねるも、それも否定された。
「じゃあ死んだのはチーフじゃない別人説はどう!?」
「損傷が激しいとはいえ、残った部位のDNAパターンから否定できるわ」
「予備の体を爆殺して、本人が雲隠れとかどうっス?」
「その線は否定しきれねぇな。だが、その場合もカロンに対するアクセスの可不可に行き着くな」
「つまり、不可能犯罪……」「ってコト!?」
その後も、彼らは議論を重ねたものの、有効な解決策は出なかった。
不死のアンドロイドが喪失した場合のマニュアルなど存在するわけもない。アンドロイドは不滅であることが前提で基地運用や惑星探査などが計画されているからだ。
「……私たちも死ぬ、殺される可能性、というのは心配する必要はあるかしらね」
ドクがふと思い至るように議題を挙げた。
「ありえない話じゃねぇな」
「でも非効率じゃない?」
「何がだ」
「チーフを爆殺するんだったら、基地ごと爆破すればいいじゃない」
セクレタリーがもっともらしい口ぶりで言う。
「アンドロイドを殺すってこと自体が非効率すぎるだろ」
「それはそうだけど。チーフを殺して警戒された後に、一人ずつ殺すとかってありえなくない? ミステリじゃあるまいし」
「そして誰も~」「いなくなる~」
シェフとセクレタリーの議論に歌うように双子が言葉を重ねる。
「よく分かりませんが、そのような場合、問題を切り分けて考えるべきですな」
基地スタッフではない声が響き、全員が声の主の方を振り向いた。
骨董品めいたずんぐりむっくりの宇宙服を着た謎の人物が立っている。
「侵入者!?」
ドクは双子を庇うように立ち、テイザー銃を構える。
シェフやセクレタリーも追従して宇宙服へと銃を向ける。
「いや、来客っス……」
基地内のアクセスログを確認したエンジニアが、困惑めいた表情で告げる。
「おっとっと、いやいや何度か呼びかけたのですがね。反応がありませんでしたので、勝手に入らせて貰いました次第ですな」
宇宙服の人物は、思わずといった様子で両手を上げて丸腰をアピールする。
「誰よ、あんた」
「小生はアポロ・L・キュール。冒険家であり、探偵ですな」
アポロと名乗った人物は、宇宙服の頭部を脱いで顔を露わにした。ちょび髭の中年男性であった。
「一応、基地に入場可能なライセンスは所持してるっスね……」
「マジかよ」
「それで、アポロさん。当基地に何か御用でしょうか」
テイザー銃を突きつけたまま、ドクは睨むようにアポロに問いかけた。
「いやいや。物見遊山の旅の途中でしてな。燃料と食料の補給をして立ち去る予定だったんですがね。何事があった様子、必要であればお力になりますぞ」
「要らないわ!」
「いや、要るだろ」
「変なおっさん!」「ヒゲ!」
アポロの返答に、それぞれが反応を示す。
「どうするっスかねぇ……。アポロ氏の身分は保証されてるっスけども」
データベースに照会したであろうエンジニアが、彼の簡易プロフィールをホログラム投影する。
地球出身であること。きちんとした手続きを経て、旅をしていること。職業やライセンスについても認証機関により保証されていた。
「現段階で手詰まりである以上、滞在してもらってもいいんじゃない?」
ドクがアポロのデータに目を通し、銃を降ろした。
「ここで立ち話というのもなんですから、食事でもしながらどうですかね? 小生、お腹が空いておりましてな」
「このヒゲ図々しいわね!」
「普通はこちら側が提案するもんっスよね……」
「いやはや、地球から遠く離れた場所でパン・デ・ローを食せるとは。立ち寄ってみるもんですなぁ!」
肉料理やスープなどを平らげ、デザートとして出されたパン・デ・ローに喜びを隠しきれないアポロ。添えられたクリームをたっぷりとつけて、口いっぱいに頬張っている。
「こっちに任せてくれるかと思いきや、注文しやがって……。依頼されたからには作るけどよ」
「食べっぷりがいいのは作り甲斐がある、って言ってなかった?」
呆れたようにシェフがぼやき、セクレタリーがそれをからかう。彼女の傍には果実水だけが置かれている。
「そうだけどよ。お前らは偏食が過ぎる」
「飯食うのめんどくさいっス」
「食事って娯楽よね」
「太りたくないもの」
シェフの言葉に、エンジニア、ドク、セクレタリーは否定的な反応を示し、
「好き嫌い!」「ないよ!」
ミニサイズのハンバーグをほおばりながら双子だけは楽しそうに答えた。
「おう、双子とチーフはまだマシだったわ」
双子の反応に、シェフは少しだけ笑みを浮かべる。
「よい料理でしたな。しっとりとした食感のパン・デ・ローはやはり絶品。クリームにも淡いレモンの酸味が混じり、甘さとの調和が素晴らしい旋律を奏でておりました。そして、小生の脳細胞にも糖分が行き渡り、ますます冴えわたりますな!」
ナプキンで口を拭いながらアポロが感想を述べる。
「このヒゲ親父、何様すぎる……」
「単身で地球から旅してきてる変人なんだから、このくらいメンタル強くないとやってけないんじゃない?」
ひそひそとセクレタリーとドクが彼の評価を改める。
「ああいう大人になったらダメっスよ?」
「「はーい!」」
エンジニアが双子に諭すように語る。
「おほん!」
そんな彼らの反応を知ってか知らずか、注目を集めるようにアポロは咳払いを行った。
「食事を頂いたからには、その恩に報いねばなりません。さて、皆さん――。ことのあらましを小生にご教授願えませんかな?」





