忌みもの喰らいの悪魔と優しい君と
苦痛などの負の感情を生きる糧とするバケモノ。
そんなものが存在したら、人は一体どう思うだろう……。
ああ、間違いなく忌み嫌われるだろうね!
人は我らを悪魔と呼ぶ。そうそう、俺は生まれついての嫌われ者ってやつなのさ。
慎ましやかに、粗食を尊び、正体を見抜かれぬよう定住することはなく、怪しまれぬよう程々に人へ親切にしたり、また不親切にしたりしつつ、そんな悪魔としてもふらふらとテキトーに、なるようになる精神で生きてきた。
そんな俺が旅の途中に出会ったのは、小さな村の唯一のシスターであるエマ。
彼女の優しさに感動した俺は、怪我を負った彼女のために、一人で切り盛りしていた教会の手伝いを申し出るが……。
ああ、俺が初めて欲しいと願ったものは、果たして手に入るのだろうか?
「いけません!!」
そんな声が聞こえてきたのは、ちょうど俺が罠にかかったウサギをもうちょっとばかし痛めつけて食事としていた時だった。
声の主は、修道服に身を包んだ二十歳前後の女で、亜麻色の髪をひと房にまとめて編み込んでいた。
同族の中で底辺と言ってもいい実力で、なかなか人間の苦しみを喰えない俺は、手頃な動物を痛めつけて飢えを凌ぐのはいつものことだが。
しかしそれが人間……それもよりによって聖職者に見られるとはな。
やべ……どう言い訳しよう。
「あの、これはですね……」
「確かにお気持ちは分かります。こんな小動物が罠に掛かってるのを見れば心が痛みますよね……」
は……?
予想外の言葉に、俺は思わず思考が停止する。
「ですが、これは猟師の方が自分の食べ物を得るために設置したもの……だからそこに掛かった動物を逃してはいけないのです」
……これってもしかして、勘違いされてる感じですかね?
しかし、これに乗らない手はない。適当に合わせよう。
「はい、分かりました……」
俺は出来る限り悲しげな表情を作って、彼女の言葉に頷く。
よし、これでどうだ?
「理解して下さってありがとうございます。ですが、アナタの心根の善良さ自体は素晴らしいものです。なので、そのウサギさんに代わってお礼はいいましょう、ありがとうと」
……ダメだ、やっぱりこの女の言動は理解出来ないわ!
だって罠にかかったウサギの代わりにお礼って、頭大丈夫かよ!?
どうにか顔に出さないように、その女のことを見ていると、なぜか急にハッとしたような顔をした。
「あの……見ない顔ですが、もしかして旅のお方ですか?」
「はい、まぁ」
そう、俺はどこにも定住をしていない。その理由は正体がバレないようにするためだ。
だって自分は弱くて、正体がバレるとサクッと退治されかねない……人間のフリをして生活することと、一か所に留まらないことは俺の生存戦略なわけだ。
「では今夜はどちらにお泊りになる予定で?」
女は続いて、そう聞いてくる。
え、ヤダ、あまりこの子に答えたくないんだけど……でも答えないのも怪しいからなぁ。
「適当に野宿でもしようかと……」
「まぁまぁっ!!」
声がデカいな。
「それはいけません。ぜひ私の教会に泊まっていって下さいませ」
「き、教会に?」
いや、俺種族的に教会とか相性悪いし、聖職者と一緒とか……嫌なんですが。
「ほら、それにウサギさんのお礼もしたいですし」
だからウサギさんのお礼って何だよ!?
グイグイ距離を詰めてくる彼女だったが、またハッとした顔をしたかと思うとすっと後ろに下がった。
今度はなんだ……。
「よく考えると自己紹介がまだでしたね。私の名前はメル、村で教会の唯一のシスターです」
また唐突だなぁ!!
え、なにこれ、これはもしかして俺も名乗った方がいい流れなのかな……あっこの子の表情的にぽいですね。はい。
「どうも、俺の名前はゼルです。まぁ流れ者の根無し草ですわ」
「で、ゼルさんどうします?泊まりますよね?」
んー、圧がすごい。というかもう泊まるのが前提みたいな聞き方。
……しかし、ここの教会ってこの子だけなのか。
それなら、ほぼ間違いなく自分の正体はバレないだろうし、一泊くらいさせてもらってもいいかな。この子の性格は面倒くさそうだけど。たまにはベッドも使いたいしね。
「ではお言葉に甘えて一泊だけ……」
「まぁまぁ、ではすぐに村にご案内いたしますわ」
「いやー、ありがとうございます」
ああ、今日は運がいいかもしれないな。
食事はしそこなったけども……。
そう思っていたところ、ふいにメルがこんなことを言い出した。
「しかし、ゼルさんは変わった容姿をされてますね……その長い灰色の髪に赤色の目なんて」
「はは、よく不気味がられますよ」
ああ、またこの話題か。正直これについてはウンザリしている、よく『悪魔みたいだ』って言われるからな……実際、そうだから間違ってはいないけれど。
「いいえ、そんなことはありません!!珍しいのは確かですが、少なくとも私は素敵だと思いますよ」
メルは嘘のない笑顔で、屈託なくそういう。
ほぅ、異端扱いされる容姿を素敵ね……やっぱり頭のおかしい女だ。
◆―◆―◆
そんなこんなで教会内の部屋に案内してもらって、久々のベッドだぜ!!
ひゃっふぅ!! ありがてぇ……。
メルは食事もぜひ一緒にと言ってきたが、お腹が空いてないからと丁重にお断りしておいた。
だって俺の場合人間の食事を食べるなんて無意味どころか、エネルギーを余計に消費するまである行為だからな。位が高い同族なら、嗜好品としてバクバク食べてるらしいが俺には縁のない話だ。
さて、今日のところはさっさと休んで、明日にはあのおかしな女とはお別れしたいところだが……。
そう上手く行くか、なんだか不安なんだよな。
まぁいっか、寝よ寝よ。
そうして眠りについてから数時間後。まぁ実際には睡眠なんて必要のない種族だから、ただ横になってエネルギー消費を抑えてるだけなのだが……妙な気配を感じて俺は目を覚ました。
……これは強い不安感?一体誰の感情だ、この教会内にいるみたいだが。
とにかく、これが俺にとって御馳走であることは間違いない。
ある程度近寄って食ってしまおう。
そう思うや否や、俺は借りた部屋からするりと抜け出し、気配の発生源へと向かった。
幸い俺は暗闇でも目が効くので、明かりなどなくても危なげなく目的地に付くことが出来た。
ふむ、この部屋か。
部屋の中を伺うと、男が一人でコソコソと引き出しや棚を漁っていた。
教会の関係者……ではなさそうだな、明らかな泥棒だ。
こんな貧相な教会に物取りに入るなんて、相当切羽詰まってると見える。
まっ、そんなことは俺にとってどうでもいいがな。泥棒ならば尚更、躊躇う必要はない。
サッサと喰ってしまおう。
そうして足を踏み出すと、その音が思いのほか大きく響き渡り、泥棒の男が振り返ってしまった。
「だ、誰だ!?」
男はどうやらナイフを持っていたようで、そいつを俺に向ける。
おおっとしまったしまった。でもせっかくナイフを持ってるのに、手付きからしてそういうことに慣れてないのが丸わかりなんだよな。
この分なら襲い掛かってきてもどうとでもなりそうだし、気にしなくていっか。
そう思うと俺は、自然と笑みを浮かべてさらに歩みを進めた。
「く、来るな!!」
お、ビビってるビビってる。
いいねぇ、旨そうな感情だ。
はは、もっと不安をあおってやろうかな?
「あっあ゛あ゛!!」
そう考えてまもなく、俺より先に男の方が緊張感でどうかしたのか、ナイフをこちらに向けて突進してきたのだった。
ありゃずいぶんと短気なことで、仕方ないまずは少しばかり痛い目を……。
「ゼルさん、危ないっ!!」
「へ?」
そんな声がしたかと思うと、俺の体に何かがぶつかり横へと突き飛ばされた。
「よかった……ゼルさんが無事で」
それはメルだ、メルが飛び出してきて、俺が尻もちをついて顔をあげたときには、男のナイフを肩に刺して血を流していたのだった。
……は?
「あ、ああ……」
一方で刺した男の方は、血を流すメルの姿に呆然として立ち尽くしていた。
いや、自分で刺したくせに馬鹿だろう。
しかしどうするんだよ、これ……。
そう思ったのも束の間、メルは血を流したままフラフラと男の方に近づくと、あろうことかそいつに対してニッコリ微笑んで声を掛けた。
「ねぇ、アナタもツラかったのでしょ?」
「え……」
「わざわざ盗みなんてしたくなかったでしょうし、人を傷つけることもしたくなかった……現にアナタは私を傷つけてショックを受けているわ」
メルはやや苦しげではあるものの、優しい声音で男に語りかける。
「私はアナタを許します、盗みに入ったことも、私を刺したことも……そして少ないけれど、アナタにお金も施しましょう。だからもう二度とこんなことをしないで」
「どうして、そこまで」
「だって人は間違うものだもの。私はその間違いを出来る限り許し、受け入れたいの」
「し、シスター……!!」
男は泣き崩れて、メルに何度も何度も謝った。対してメルは、ただ優しくその男を慰めるだけだった。
「ああ、まるで聖女様だ……本当にありがとうございます」
最終的に男はそんなことをのたまい、何度も頭を下げながら帰っていった。
ほぼ初対面の俺を庇って怪我を負い、そして自分を攻撃した張本人を許すばかりか、境遇を慮って助けようとする。こんなのお人好しにも程がある。
「……シスター、これ以上怪我を放っておくのはよくないすぐに手当をしよう」
だがら俺は彼女に、つい声を掛けた。
「まぁ、ゼルさん心配して下さりありがとうございます」
「俺を庇って怪我をしたのだから当然さ」
「私が勝手にしたことなので気にしないで下さい」
真っ青な顔をしながら、メルはいまだにこんなことを言う。
まったく、こんなものを見せられてしまったら俺は——
「あとこれは提案だが、今回の怪我でアンタもしばらく大変だろうし、俺にその間協会の手伝いをさせて貰えないか?」
「え?」
「今の光景にとても感動したんだ、是非とも何かさせてくれ」
——どうしても底抜けのお人好しであるこの女が、心の底から絶望する様が見たくてたまらなくなるじゃないか。