ずっと高校生でいいと思っている俺が、パパと呼ばれることになった件について
山門尊志が高校三年生になったある日のこと。尊志が同級生の幼馴染み西村千秋と、バブみごっこをしていた。
「はーい、尊志ちゃーん、おやつですよ〜」
「あーん」
「もう、甘えてばっかりなんだから……しょうがないわねぇ」
至福の時間を過ごす貴志だったが、そこに小学生くらいの見知らぬ少女がやって来る。
彼女は南小春と名乗り、書類で分厚くなった封筒を手渡した。
〜未成年後見人になられる方へ〜。
以前交友があった、おじいさんが、彼を小春の未成年後見人に指定してきたのだ。
未成年後見人とは、親権者が亡くなった未成年者に対し監督する、一言で説明するなら親の代わりだ。
「もしかしたらパパって呼んだ方が良い?」
「ぱ、パパぁ!?」
こうして、尊志と小春の同居生活が始まったのだった。
俺、山門尊志は高校三年生に進級し、先日十八歳になったばかりだ。
十八歳、つまりこの日本で成人、つまり大人として認められる年齢である。
とはいえ、俺はそう言われてもピンとこないし、まだまだ子供でいたいと思う。
幼馴染みの西村千秋に、膝枕をされて甘やかされるくらいには。
「はーい、尊志ちゃーん、おやつですよ〜」
「あーん」
「もう、甘えてばっかりなんだから……しょうがないわねぇ」
そう言って、膝枕されている俺の口にクッキーを頬張らせる千秋。
俺の頭の下に、温かい太ももの柔らかさを感じるし、目の前にはその大きくて柔らかそうな胸の膨らみが見える。なお、そのおかげで千秋の表情は見えない。
千秋は黒髪ロングの大人びた美少女と評判だ。
制服を纏う姿は今をときめく女子高生そのもの。
そんな千秋に、俺の部屋で膝枕をしてもらうのは放課後の日課と言えるほどになっている。
「千秋に会うとどうしても甘えたくなってしまう」
「もう……尊志はこんなだらしない顔しているのに顔はおっさんなのよね」
「おっさん言うな」
俺は自覚はないのだけど、顔はかなり大人びていて、十歳くらい年上に見られるようだ。
大人びて見えるのは千秋も同じだけど、それでも女子高生の枠からは外れていない。
そのため、私服で並んで歩くと俺がかなり歳上に見えるため、大人と高校生がつきあっているように見えるらしい。
しかし、実態はこの有様。
俺はこの時間をバブみタイムと呼んでいる。
千秋とは隣同士に住んでいて、小、中、高と同じ学校に通ってきた腐れ縁だ。
小学校高学年くらいは、千秋の方が背が高くよくお姉さんぶっていたので、元々俺は甘えることが多かった。
今は逆に俺の方が背が高いけど、二人の関係はあまり変わらない。
もっとも、千秋と付き合っているわけではない。よく同級生にからかわれるのだけど、そういう関係ではないと思っている。
「もう……いつもそうやって甘えて……本当は……私だって甘えたい……」
「んっ? 何だって?」
「ううん、なんでもない。はーい、二つ目ですよー」
「あーんんッ??」
二つ目のクッキーを口に投入された時、ピンポーンとインターフォンが鳴った。来客らしい。
俺はクッキーを頬張りながら起き上がり、リビングのインターフォンディスプレイを見る。
そこには、小学生高学年くらいの女の子が一人立っている。
「誰?」
「さあ?」
ディスプレイを覗く千秋が聞いてくるけど、俺に見覚えは無い。
「さあって、どうするの?」
「うーん、訪問販売とかじゃないよなあ。ウチの親に用があるのかな?」
両親は共働きで、父は単身赴任遠方にいて、母は遅くまで帰ってこない。
もし親に用事があるのなら、一旦出直して貰うのが良いかもしれない。
俺は千秋には俺の部屋で待ってもらうことにして、玄関に向かい、がちゃりとドアを開けた。
「はい、どちらさまでしょうか?」
「あっ、あのっ、こんばんは。あの、私、南心春って言います」
その少女は目をくりっとさせ、ややくせっ毛の髪の毛を二つに束ねている。
顔立ちも整っていて可愛いと思う。
身長は高くなく、年齢として12歳〜14歳ってところかな?
あどけなさを至る所に残している。中学生にも見えなくはないけど、まあ小学生だろう。
ただ、その表情には、不信感や警戒心を抱くような表情が見える。
「南小春ちゃんか……えっと、うちに何か用ですか?」
「山門尊志さんの家はこちらでしょうか?」
「あ、うん……俺が尊志だけど」
「えっ、その、尊志さんは十八歳だと聞いているのですが?」
小春と名乗った少女は、そう言って俺の顔をまじまじと見つめた。
彼女の反応はいつもの反応で慣れっこだ。
映画館では聞きもせずに大人の金額を請求されるし、ラーメン屋さんで学割料金を支払おうとするとすぐ白い目で見られる。
学生証がないと高校生だと証明ができない。だいたい、初対面では二十五歳くらいの大人だと間違われる。
「い、いや、こう見えても俺十八歳なんだけど」
俺は学生証を見せた。こんな時のために、いつも肌身離さず持ち歩いているのだ。
小春ちゃんは学生証の写真と俺の顔を交互に見て比較する。
ふう……ん、と頷き一旦は納得してくれたようだ。
「小春ちゃん、俺に何か用なの?」
「これ」
小春ちゃんは、表情を変えずにやや膨らんだA4大の茶封筒を差し出した。
「これを俺に?」
「うん。読んで。大事なことが書いてある。ウチがこの家に住むことになる理由が」
「ええっ?」
「そういうわけで、上がらせて貰うから」
小春ちゃんは、そう言って俺を押しのけ靴を脱ぎ、勝手に上がって家の奥へずんずんと進んでいく。
「待って待って待って。さっぱり意味が分からないんだけど?」
俺も茶封筒をもって家の中に戻った。
廊下の突きあたりのドアを開け、リビングに侵入する小春ちゃんを追いかける。
「へえ、綺麗にしてるんだ。ちょっとは安心かな?」
「……小春ちゃん? ちゃんと説明してくれないかな?」
俺のこめかみには、きっと怒りの血管が浮き上がっていることだろう。
突然現れ、一緒に住むと言い出した上に勝手に家に上がり込む少女。大丈夫かこの子?
小学生くらいだからと言っても、さすがに我慢の限界はある。
「だ・か・ら、その中の書類に全部書いてあるの」
小学生にしてはすごく凄みのある声で俺を圧倒する。
どうやったらこんな風に育つんだか。
「お、おう……」
俺はテーブルに腰掛け、封筒を開き中にあった書類を読み始める。
「なになに……。これから未成年後見人になる人に……って、なんだそれ?」
どうやら、俺はこの小春ちゃんの「未成年後見人」とやらに指名されたそうだ。
耳慣れない言葉に、俺の頭に?マークが咲き乱れる。
未成年後見人は早い話が親代わりらしい。
未成年を監督し、未成年ではできない手続きや財産の管理、その他本来親が行うことを代行するのだという。
指名してきたのは俺と親交のある爺さんだった。
ひょんな縁で彼から誘われ、バンド演奏で一緒させて貰ったことがあった。
どうやら、そのじいさんが体調を崩して入院したらしく、俺に「未成年後見人」をやって欲しいと依頼してきたらしい。書類の中には裁判所発行のものもあって、俺の背中に冷や汗が伝う。
どうやら「未成年後見人」になれるのは成人だけらしい。
おい。おいおいおいおいおい。
俺はまだ十八になったばかりなんだが?
事情は分かった。でも、理解ができない。
もっと適任がいるんじゃ無いのか? その小春ちゃんの親戚とかはダメなのか?
てか、そもそも親は……?
一通りリビングを探索が終わったらしい小春ちゃんは俺の顔を見上げる。
「分かった?」
「事情は分かったけど……だが断る!」
「え、どうして? なんでよ? ウ、ウチはここがいい……かな」
「そう言ってもさ、いきなり一緒に住めって言われても困る」
俺が断言すると、涙目になってくる小春ちゃん。
マズい。泣いたら厄介だぞ、と思ったその時。
「大きな声を出して……って、誰?」
俺たちの騒ぎを聞きつけてか、千秋がやってきた。
「あっ……。あの、こんにちは。千春って言います」
急に大人しくなり、正しく挨拶をしようとする小春ちゃん。
だけど、千秋の制服姿を見て首をかしげる。
「えっと、妹さんですか……?」
「ううん、私は尊志の友達、幼なじみ。尊志、このかわいい子は誰?」
「実は俺がこの子の未成年後見人に指定されたらしい」
「みせいねん……何それ?」
さすがの千秋も知らないようだ。
そのやり取りを見て、小春ちゃんはジト目をして俺を睨んでくる。
発する声も低い。
「へえ、ちゃんとしていると思ったのに女を連れ込んでいるなんて。もしかしてウチにも手を出すつもりじゃ……?」
「おい。連れ込むとか手を出すとか。人聞きの悪いこと言うな」
千秋が勝手にやってきているだけだし、膝枕は……えーっと……。
誤魔化すように俺は続けて言った。
「だいたい、小春ちゃん見たいな小学生に手を出すってそんなわけないだろう?」
「小学生? ウチが?」
「じゃあ、中学生なの?」
はあ、と両手を点に向け、やれやれと言ったポーズを決める小春ちゃん。彼女は急に得意げな顔になり、一枚の学生証を取り出す。
「ウチは高校二年生なの。全部、書類に書いてある」
「え……マジ?」
俺の基準は千秋なので、その身体の大きさや体型など見ても高校生だとは思わなかった。
小春ちゃんは、ぽかんとしている俺と千秋の顔を交互に見てニヤリとした。
「で、ウチはなんて呼んだらいいの? 尊志お父さん?」
「「お、お父さん?」」
俺と千秋が同時に声を上げた。
「だってそうでしょ? 親代わりなんだから。あ、もしかしたらパパの方が良い?」
「ぱ、パパぁ?」
楽しそうに話す小春ちゃんに対し、千秋が混乱している。俺以上に驚きの表情を隠せていない。
「た、尊志に……隠し子がいたなんて……」
おい。年齢的にあり得ないだろ。
だいたい俺、まだ童貞なんですけど。キスすら未経験なんですけど!?
混迷を極める俺と千秋に対し、調子づいた小春ちゃんがトドメとばかりに畳みかける。
「しっかり監督してね、パパ。明日から、パパと同じ高校に通うことになってるから!」
「な…………なんだってぇ?」





