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06:小さな暴君



「落ち着くぅ……」


 薬草栽培用の温室でシャーロットは植物の様子を見ていた。

 ここはパーティー会場から離れているし、うっかりこちらに来た人も興味も持たなそうな、華麗さとは程遠い温室だ。花のある温室を見慣れている人間はきっと驚くだろう。

 一応重要な薬草があるので入り口は使用人が見張っていてくれるし、安心してのんびりできる。


「それにしても、とんでもない子供だったわ……」


 シャーロットは先ほど見た光景を思い出す。

 傍若無人に振る舞う王太子。そしてそれに付き従う子供たち。

 自分の地位を理解してそれを乱用している人間、これほど迷惑な者はいない。しかもそれがまだ七歳の子供。末恐ろしい。


「あれはあのまま大きくなったらとんでもないことになるわね。その前にこの国も出たほうがいいんじゃないかしら……」


 薬草を摘心しながら呟く。

 オルドン家の家業はどこの国でも歓迎されるものだ。元々の国での爵位もなくなり、今新しくもらった爵位も男爵位と低い。身軽とは言えないが、動けないわけではない。


 ――ただ、家族はあんまりコロコロ住処を変えたくなさそうだ。土地を貸してくれた親戚にも恩があるし……。


「ううん! いざとなったら家族を説得してでもこの国を出て行こう!」


 そう決めたとき――


「出ていく? 爵位までくれてやったのに、そんなの許されると思っているのか?」


 ここで聞こえるはずのない声が聞こえた。

 恐る恐る後ろを振り返ると、先ほどの暴君がふんぞり返ってこちらを見ている。


「どうしてここに!?」

「お前が抜け出すのが見えたからな」


 リオンの後ろではオルドン家の使用人がオロオロしている。きっとこの王太子を止められなかったのだろう。彼らは悪くない。王太子を止めることなど、使用人である彼らができるはずがない。


「私を追って来たのですか?」

「自惚れるなよ。別にお前を追って来たんじゃない。ただ、俺はお前がどこに行くのかと思っただけだ」


 それを追って来たというのだ。


 他の子供と同じように接しなかったことで興味を持たれてしまったのだろうか。少し厄介だ。

 シャーロットは……というより、オルドン家は権力に興味がない。だから元婚約者との婚約も向こうに押し切られる形で仕方なくしたものであったし、今だってこの生意気な子供を、他の子供たちのようにちやほやする必要がなかった。ただそれだけだ。


 しかし、大人に隠れて暴君をしているこの子供にとって、自分を無視する存在は、それは新鮮だったのだろう。

 面倒なことになった。


「どうでもいいけど、温室の物に触らないでくださいね」


 シャーロットは偉そうにふんぞり返っているリオンにそう言うと、植物に向き直った。

 勝手に来たのだから、シャーロットが構わなければいけないという謂れはない。


「おい! なんだその言い方! 無礼だぞ!」


 リオンは怒りながらシャーロットのそばに来る。

 何で怒りながらもこちらに来るのだろうと思いながら、引っかかるものがあったので、これはしっかり言っておこうと口を開いた。


「勝手に人の家の中をウロチョロする方が無礼では?」

「ぶ、無礼!? 俺が!?」


 無礼以外の何だというのだろうか。

 パーティーがあっても、会場以外を歩き回るのはマナー違反だ。

 まだ七歳だが、それぐらいはわかるはずだ。王位継承者として最高の教育を受けているはずの人間が知らないはずがない。

 無礼と言われて一瞬たじろいでいたリオンだったが、一つ咳払いをすると、やはりふんぞり返って言った。


「お前の今の発言は聞かなかったことにしてやる。だから俺の下僕になれ」

「いやです」


 シャーロットは即答した。リオンはきっぱり断るシャーロットに驚いたように目を瞬いた。


「俺が命じているんだぞ?」

「私にも人権がありますので」


 シャーロットにとって、彼が王太子だろうがなんだろうが関係ない。

 少なくともまだ子供である自分が、同じく子供である王太子を気にする必要はないと思った。

 家が権力に貪欲だったらまだわかるが、シャーロットの家はそうではない。

 それにシャーロットはリオンに弱みも握られていない。よって従う必要はない。


「人に頼みをするときは、それ相応の態度というものがありますよ」

「なに……?」

「だから、遊んでほしいのなら、そうお願いしなさいと言っているのです」


 リオンが怒りで顔を赤くする。


「お前と遊んでほしいなど……!」

「私はあなたの下僕なんかになりたくない。ましてや人のことを見下している人間とは、会話もしたくありませんね」


 きっぱりと言い放つと、リオンはシャーロットを睨みつけた。


「母上から俺のことをお願いされただろう!」


 確かに王妃からリオンを案内してくれとは言われたが、子供がたくさんいるところに案内して、本人が自由にしていたのだから、その役目は果たしたと思っている。

 大体頼まれたのは、案内だけだ。リオンの下僕になることなど承諾していない。


「もう案内は終わりました。なので、私があなたに何かをしてあげる必要はありません」

「なっ……」


 ピシャリと言い、シャーロットは再び植物に向き直った。

 リオンがわなわなと肩を震わせる。

 我ながら少々言い方が大人気ないと思ったが、まだ大人でないからいいだろう。とにかくシャーロットはこのわがまま王子と一緒にいたくない。どうせ下僕扱いされるのがオチだ。


「な、生意気な……」


 それはそちらだと思う。リオンは自分の言う通りに動かないシャーロットに苛立った様子だった。

 リオンはズボンのポケットからハンカチを取り出すと、それを地面に落とした。小憎たらしい笑みを浮かべながら、リオンはハンカチを指差した。


「拾え」



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