06:天使の豹変
とりあえず、子供のいるところに行けばいいだろう。
そう思って、子供がいる場所に連れて行った。
扉を開けたシャーロットに続いて一歩リオンが中に入った瞬間、周囲がざわついた。
――え? 何?
シャーロットが疑問に思った瞬間、子供が数人リオンを取り囲んだ。
「で、殿下、何か飲み物でもお持ちしましょうか?」
「僕は食べ物でも……」
「じゃあ僕は肩でも揉みます!」
リオンの機嫌を取ろうとするかのような子供たちにシャーロットは驚いて何も言えない。
いくら王太子で偉いからって、子供のときからこんなに媚び諂うものではない。少なくともシャーロットは幼い頃から王太子の婚約者だったが、この年頃の王太子に媚びを売る者はそういなかった。
リオンは子供たちに誘導され、座り心地のよさそうな大き目な椅子に座り、肩を揉まれ、残りの子供はリオンの食べ物を探しに行った。
なんだこの光景は。
シャーロットは目の前の現実を受け入れられなかった。
リオンは笑顔だ。あの天使の笑みのままだ。
「おい、これじゃない。俺はオレンジジュースがいいんだ」
「す、すみませんっ!」
「おい、お前、俺がレーズン苦手だとわかってこれを持ってきたのか?」
「ごめんなさい……」
小さな暴君が同じ年頃の子供をまるで自分の家来のようにこき使っていた。
涙目になっている少年に、リオンが耳を寄せた。
「あのことみんなに知られていいならいいけど」
「すぐに新しいもの持ってきます……!」
少年は顔を青くして慌てて新たな食べ物を探しに行った。
脅している。子供が子供を脅している。
「何、あれ……」
驚くべきことに、目の前にいる腹黒い子供は、さきほどまでシャーロットが崇めようと思っていたリオンである。
優しい爽やかな笑顔が、今は弱者を甚振ることを喜んでいる黒い笑みに見える。
「天使……天使はどこ……」
思わず天使を探した。
しかし当然天使は出てこない。
それもそのはず、天使は黒い悪魔に変わってしまった。
「何が起こっているの……」
シャーロットが王妃に頼まれてリオンを子供たちのいるところに連れてきた。そう、ただそれだけだ。
それだけなのに、天使が悪魔に変わってしまった。
その場にいた子供がリオンの機嫌を取ろうとし、そしてなぜか理不尽なことを言われても、悔しそうに涙を堪えている。我慢しているのだ。
ちなみに泣きそうになった子供には「泣くな。面倒になる」とバッサリ笑顔で切り捨てた。
「あの子何歳だっけ……確か新聞で見たときは七歳って……」
七歳であの傍若無人ぶりでは将来はもっと恐ろしいことになるに違いない。
「さっきまで天使だったのは、大人の前だから猫を被っていたのね……」
今この場に大人はいない。子供たちだけだ。大人には社交がある。
だから子供はここで遊ぶようにと集められたから、リオンのことも連れてきたのに。
おそらく子供しかいないと思って、好きにしているのだ。怖い。
「ねえ……何でみんな従っているわけ……?」
シャーロットはおそらくリオンに目を付けられないように端にいた少年に話しかけた。
「しっ……そんな話しないほうがいいよ……!」
「だって、私知らないんだもの」
「ああ、君ここの家の子か……」
最近来たばかりだから仕方ないね、と少年はリオンを気にしながら、シャーロットに教えてた。
「彼は次期王だし、敵には回したくないんだ。あと……彼はみんなの秘密を握っているから……」
「え!?」
「しっ!」
「ご。ごめん……」
「とにかく君も気を付けなよ」
思わず大きな声を出してしまいシャーロットは謝るが、リオンに目を付けられたくない少年は離れて行ってしまった。
もう少し話が聞きたかったが仕方ない。
「あの歳で自分の権力と、さらに人の弱みを握るなんて……」
シャーロットはリオンを見る。
「おい、もたもたするな」
「はいっ!」
子供に命令する子供。なんだこれは。
偉い地位にいるからといっても、行き過ぎているように思う。王太子という身分は、何でもしていいというものではない。
子供たちだって好きで従っているわけではないだろう。みんな嫌そうにしている。相手が王太子であり、弱みがあるから我慢しているのだ。そしてリオンはそれをわかっている。
この年で身分を笠に着て人をアゴで使うとは。ある意味あっぱれである。
これは関わらない方がいい。
シャーロットはリオンが他の子供に指示を出すのに夢中になっている隙に、パーティー会場を抜け出した。