04:爵位をもらった
「土地が借りられてよかったですね、お父様」
シャーロットは畑に植えてある植物の状態を確認しながら父に言った。
「本当になあ。彼らには頭が上がらないなあ」
首にタオルを巻いた父は、元伯爵だと知ったらみんな驚くだろう。それぐらい、農夫と言ってもしっくりくる恰好をしている。
あの後、ディルマルク王国に入国したオルドン一家は、真っ先に親戚であるエレニエル伯爵家へ向かった。
エレニエル家とは長期休暇のたびに遊びにいくほどに仲がよく、境遇を聞いた伯爵は、よろこんで自身の土地を貸してくれた。
オルドン一家はそこで持ってきた薬草を育て、薬を作って売り、生計を立てることになったが、もともとベルンリンド国王に目をつけられるほどの才能あふれる一家だ。
新しい土地でも問題ない技術で薬草を栽培し、薬を作ることも難しいことではなかった。
「むしろ今のほうが前よりのんびりできていいかもなあ」
伯爵家であった頃は、薬の開発などに加えて、領地の経営や社交など、やることがいっぱいあった。
平民となった今はのんびり家業を行えて、父は楽しそうだ。
「ああ、こうして薬草とずっと一緒にいられる」
シャーロットの兄、薬草大好きなアーロンもとても嬉しそうだ。薬草をうっとりと撫でていた。我が兄ながら引く。
「たたたたた大変だあああああ!」
と、そこに、血相を変えたエレニエル伯爵が畑に飛び込んできた。
「ああ! おじさん、そこ気を付けてくれ!」
「あ、わ、悪い」
エレニエル伯爵が踏みかけたところには、一昨日薬草の種をまいたばかりだ。
さっきまで薬草を愛でていた兄の鬼の形相に、慌てていたエレニエル伯爵は気を取り直したようだった。
「それよりな、大変なんだ」
「どうしたんだい?」
父が訊ねると、エレニエル伯爵は手にしていた紙を差し出した。
「何だ、手紙か?」
エレニエル伯爵の手から手紙を受け取った父が、手紙を裏返して確認している。
「王家からだ」
「……は?」
もう平民となったオルドン一家が関わることがないはずの場所から手紙が届いた。
父と兄は顔を見合わせ、意を決して封を開いた。
ゆっくりと読み進めていた父が、途中からあきらかに動揺して始めた。
「あ、あ、わわわ」
「お父様、何て書かれているのです?」
アワアワし出した父に訊ねる。まさかシャーロットの婚約破棄と関係あるのだろうか。
父が手紙をシャーロットに差し出してきた。受け取って、シャーロットも中身を確認する。
「こ、これは……」
手紙の内容にシャーロットは驚いた。そこにはこう書かれていた。
『新薬開発したこと、お祝い申し上げる。それに対して、功績をたたえ、男爵位を与える』
ここに来てすぐ、兄は「ここに合う薬草を作る」とせっせと改良していた。先日それが成功し、みんなで喜んで少し豪華な食事を食べたばかりだ。
さすが王家。情報を掴むのが早い。
しかし、そんな感心している暇はない。
なぜならそこに『爵位継承のパーティーを、与える土地と屋敷で行ってほしい』という言葉も書かれていたからだ。
◇◇◇
「いろいろハイスピードで物事が起こって追いつけないわぁ」
「お嬢様、そんなこと言っていないで、もう一度コルセット締めますよ」
「えっ、まだ? ちょっと待って……ぐぇえええ!」
まるでつぶれたカエルのような声を出したシャーロットにかまわず、侍女はぎゅうぎゅうコルセットを締め上げる。
「アンナ、ちょ、ちょっと、締めすぎじゃない……?」
アンナは幼い頃からシャーロットについてくれている侍女である。国外追放されたときも、最後までシャーロットの面倒を見ると言ってついて来てくれた貴重な存在だ。
「いいえ、今日はしっかり美しく着飾らなければ!」
その頼もしい侍女は、鼻息荒く、シャーロットのコルセットを締めている。
「なんて言ったって、今日は王妃様がいらっしゃるのですから!」
そう、アンナがやたら張り切っているのは、このためである。
男爵位。そんなに地位は高くないが王家から直々に爵位を与えられたので、それを祝ってパーティーをすることになった。――することになったというより、しろと命じられたのだが。
そして、それを祝い、なんと王妃と王太子がやってくることになったのだ。
爵位の叙任式は王宮でするが、公爵位や伯爵位ならまだしも、低爵位である男爵位を賜った祝いの場にわざわざ王家の人間が足を伸ばして参加するなど、前代未聞のことである。
男爵位であるが、それだけ王家の期待が厚いのだということわかり、参加したいという貴族が増えていき、小規模だったはずのパーティーはとんでもなく大きなものとなっていた。
「王家の方に、みすぼらしいと思われないように、全力で磨かなければ! はい、ではドレス着ますよ、はい、腕を伸ばす!」
「はい……」
着飾ることに執念を燃やしているアンナに、シャーロットは静かに従った。