03:国を出ます
慌てて自宅に戻ったシャーロットを待っていたのは、大忙しで荷造りしている家族の姿だった。
周りには王家の兵士が立っている。
その様子を見て、リチャードが本当に国外追放を決行したことがわかった。
「あの馬鹿王太子、本当にやったのね……!」
「シャーロット!」
シャーロットに気付いた父が、シャーロットのもとへやって来た。
「よかった、無事だったんだな。家がこんなことになって、お前に何かあったらどうしようかと……」
「お父様、心配かけてごめんなさい。それで、今はどういった状況ですか?」
「それが、突然兵士が来て、この国から出て行けと……自分から出て行かないと無理やり追い出すしかないと、兵士も申し訳なさそうに言うものだから……」
父がちら、とそこに立っている兵士を見ると、兵士は気まずそうに頭を下げた。
彼らも今させられている仕事が不本意なのがよくわかる。
「今荷造りしていて、隣のディルマルク王国に行く予定だ。あそこには親戚がいるから、たぶん助けになってくれるだろう」
「ああ、エレニエル伯爵のところですね」
隣のディルマルク王国とこの国ベルンリンドは元々貿易が盛んで、国境を越えるのは難しくない。昔から仲良くしている親戚も住んでいて、避難場所として最適だ。
「シャーロット、帰って来たのか」
「お兄様」
兄が大きな植木鉢を抱えて馬車に積んでいる。
「帰って来たならシャーロットも手伝ってくれ。持って行かなきゃいけないものがたくさんあるんだ」
「重いものは持てませんよ」
「軟弱だな」
軟弱じゃなくて、普通の一般的な十二歳の少女の腕力なだけである。シャーロットは無理のないように、軽い植木鉢を手にした。
シャーロットの実家、オルドン伯爵家は、薬草の栽培と薬の開発に力を入れている一族だ。
シャーロットとリチャードが婚約したのも、この薬の製造技術を国で有したい国王の思惑からだった。父は嫌がったが、権力に逆らい続けることは難しく、結局婚約した。
まあ、それもリチャード自らの手によって破棄されたが。
シャーロットからしたら万々歳だが、さすがに追放は家族の誰も予測していなかった。
家に置いてあるいくつもある薬草は、この家の宝だ。一つも置いていけない。繊細な植物もあるから、知識のある、オルドン家の人間が運ぶしかなかった。
せっせと運び出し、馬車に載せる。腕力のない母は、家財などを使用人に指示し、運ばせていた。
追放と言う割には、しっかり引っ越し時間をくれるなと思い、シャーロットは兵士に目を向けた。兵士はその視線にギクリとしながら、その中で一番重厚な鎧を身に着けた人物が、一歩シャーロットに近付いた。
「シャーロット様、このようなことになり、申し訳ございません」
頭を下げられ、シャーロットは首を振る。
「いいえ、あなた方はただ命じられただけでしょう」
「はい……国王陛下が不在の今、彼が国王代理ですので、誰も逆らえませんでした……。その代わり、あなた方には、未練のないようにこの国を発てるよう手助けさせてください」
「まあ、ありがとうございます」
この余裕のある引っ越しの時間も、おそらくこの人の配慮なのだろう。感謝しかない。
「……あなた方を失うのは、この国にとって大きな損失です。本当に、悔やまれる」
兵士が悔しそうに拳を握る。
大きな損失。
そうだろう。オルドン家は薬の製法を他に教えはしない。だから、シャーロットたちがこの国を出れば、もう手に入らない薬も出てくる。
だからこそ国王はシャーロットとリチャードを結婚させようとしたのだ。製法を手に入れることはできなくても、シャーロットが王太子妃になれば、オルドン伯爵家が国外に行くことはない。
奇しくも、結果的にそのための婚約のおかげで、こうして国外に行くことになるとは、国王も予測していなかっただろう。
自分の息子をしっかり教育しなかったツケである。
「お気遣い感謝いたします」
「不甲斐ない我々をお許しください」
兵士が深く頭を下げた。
「お~い、シャーロット、積み終わったぞ!」
「今行きます! ……それでは、行って参ります」
「はい、お気をつけて」
兄に呼ばれ、シャーロットも馬車に乗り込む。
兵士に見守られ、大量の荷物を載せた馬車たちが動き出した。
手を振る兵士が見えなくなると、景色をぼうっと眺めた。
なぜならそうしなければ、鉢植えに頬ずりする兄が目に入るからだ。
「ああ、お前も急な引っ越しで可哀想に……」
兄の切ない声が聞こえて、シャーロットは思わず目の前に座る兄を見ると、すりすり鉢植えに頬ずりしながら、撫でまわしている姿が目に入った。
普通に変態である。
「お兄様、植物に話しかけてるの?」
「他に何に話しかけていると?」
普通は人間と会話するものである。
どこまでも植物馬鹿な兄から再び目を逸らし、窓を覗く。
窓の外にはのどかな自然が広がっていた。
そして道に咲いている花を見るたびに脳内お花畑の馬鹿二人のお花を引っこ抜くことを想像した。
「何を見てるんだ?」
相変わらず鉢植えを撫でまわしながら兄が言った。
「いや、あのお花畑な人たちを、しっかりやり返したかったなと思って」
婚約破棄は望むところであったが、勝手に悪者に仕立て上げられ、こうして大急ぎで国を出なければいけなくなったことに関しては恨んでいたからである。
何分急に国外追放されたので、やり返す時間がなかった。悔やまれる。
「そう言うな」
「え?」
まさかの兄からの否定にシャーロットは目を瞬いた。兄も彼らに思うところがあると思ったのに、意外とこの状況を受け入れているのだろうか。
「花は薬にもなるんだ。どうせ思うなら、その辺りに転がっている役立たずな石ころだと思え」
「石ころ」
兄らしい考え方だ。
しかし確かに花は使い道がある。彼らはまったくもって使えない人間なため花はもったいなかった。
目的地についたらまず目についた石ころを投げ飛ばそうと決めた。