21:かばってもらえる幸せ
「ああ、あなたが噂の方ですのね……」
噂とは何だろう。思い当たることが多すぎる。
「じゃあ、失礼する」
聞かせたくないのか、リオンがすぐに去ろうとする。
「お待ちください」
しかし、アンジェラが引き留める。本日のメインのお嬢様の言葉を無視するわけにもいかない。リオンが小さく舌打ちしたのがシャーロットには聞こえた。
去ろうとしたリオンが、渋々振り返る。
「何だアンジェラ」
「リオン様ではなく、その隣の方に一言言わせていただきたいのです」
ギロリ、と睨まれて、シャーロットは少し怯んだ。美少女の睨み怖い。
「わ、私?」
何か粗相をしたかとオロオロするシャーロットに、アンジェラは眦を決した。
「あなたにリオン様はふさわしくありませんわ!」
「は、はい……?」
リオンのことをふさわしいふさわしくないで、あまり考えたことがないシャーロットは思わず気の抜ける声を出してしまった。だってシャーロットはただの遊び相手である。
しかし、シャーロットの反応が気に入らなかったらしいアンジェラは、さらに目を吊り上げた。
「あなたは男爵家のご令嬢で、身分的にふさわしくないし、何より、年増ですわ!」
「と、年増……!」
シャーロットはショックを受けた。まさか十三歳にして年増扱いされるとは……!
しかし八歳からしたら五歳年上は確かに年増なのかもしれない……。
「それに、あなた、婚約破棄されてこの国に来たそうではありませんか! そんな経歴に傷のあるご令嬢に、リオン様はもったいないですわ!」
婚約破棄、と言う言葉に周りがざわつく。
これだ。これがシャーロットがパーティーを避けていた一番の理由である。
貴族は噂好きだ。そしてシャーロットの話はおそらく知れ渡っていることだろう。婚約破棄された相手が相手だし、その後この国に来た理由も主にそれのせいだとなれば、当然周知の事実である。
たとえ相手に非があろうとも、婚約破棄された令嬢というのは、外聞が悪い。
となれば、シャーロットは婚約破棄された、というだけで、周りから印象が悪いのだ。パーティーなど噂話が多く飛び交う場に行けば、格好の餌食だ。
シャーロットはそうなっても言い返すぐらいの気概があるが、面倒なことは避けられるなら避けたほうが安心だったのだ。
あの馬鹿な王太子のせいでどうして私がこんな目に遭わなければいけないのかと、シャーロットがここにはいない元婚約者に怒りを燃やした。帰りに小石を見つけたら投げ飛ばしてやろう。元婚約者は役に立たない小石と同じような存在なので小石には悪いが代わりにこの鬱憤を晴らさせてもらおう。
シャーロットが復讐の矛先を決めたそのとき、リオンがシャーロットをかばうように前に出た。
「アンジェラ、シャーロットに無礼は許さないぞ。お前がどう思おうが、シャーロットは王と王妃にも気に入られている人間だ」
リオンの言葉にさっきまでひそひそと悪意のある会話をしていた面々が口を閉ざし、辺りは静寂に包まれた。
王と王妃のお気に入り。そして王太子本人がこうして盾になっているという事実で、大体の人間はシャーロットを攻撃するのはまずいと察したのだ。
しかし、負けじと言い返したのは、やはりアンジェラである。
「でもリオン様! その方は婚約破棄された上に、年下のリオン様に言い寄る年増ですわ!」
また年増と言われた。
あと言い寄るって何だ。まさかそんな噂まで流れているのか。王城でかくれんぼとかしているだけなのに。それともトランプやチェスをしたことか? この間はシャボン玉をした。
「そんな事実はない。王妃のほうから俺の遊び相手になってほしいと提案したんだ。こいつからすり寄ったことは一度もない」
リオンがはっきり否定してくれてほっとする。ただでさえ悪い噂があるのに、幼い王太子を誘惑する悪女にされたらたまらない。
というかシャーロットもまだ子供と言える年齢なのに、誘惑なんかできるものかと声を大にして言いたい。
アンジェラは年増と言ったが、シャーロットは子供である。大事なことなのできちんと心の中で主張しておきたい。口には出さないけど。
リオンに睨まれ、アンジェラがぐっと唇を噛み締めた。
「なんですの……」
アンジェラが身体を震わせた。
「わたくしは、ただ、リオン様が好きなだけなのに……!」
じわり、と美しい瞳を潤ませた。
「誕生日なのにひどいですわー!」
わあああん、とアンジェラが泣き出した。
あまりの大きな声に、シャーロットはもちろん、周りの人間も耳に手を当てている。
――え? え? どうしよう!
謝ったほうがいいのか、慰めるべきか。
まったくもって自分が悪いとは思っていないが、こういうときは一応言葉だけでも謝るべきか?
オロオロするシャーロットを、リオンが手を引いてその場から引き離す。
「リ、リオン、ちょっと」
「もう帰るぞ」
「で、でも来たばかりなのに」
「挨拶はしたんだから問題ない」
「でも彼女、泣いてる!」
「自業自得だ」
グイグイ腕を引いて出口に向かうシャーロット達を引き留めるものは誰もいない。ちらり、と後ろを振り返ると、泣くアンジェラを慰めるティント公爵と目が合った。公爵は申し訳なさそうに頭を下げる。
「ほら、乗れって」
「わっ」
やや強引に馬車に乗せられ、ちょっと舌を噛みそうになった。
そのまま馬車は走り出す。
「リオン!」
「あのまま話してても、アンジェラは興奮して聞く耳持たないぞ」
「でも、謝ったほうがよかったんじゃ」
「悪くないのに謝るほうがおかしいだろう」
ごもっともである。シャーロットは口を噤んだ。
「アンジェラはシャーロットを悪く言った。むしろあいつが謝るべきだ」
「でも、せっかくの誕生パーティーで可哀想じゃない」
「なら衆人環視の中で罵倒されたシャーロットも可哀想だろう」
シャーロットは目を瞬いた。
以前、大勢の前で婚約破棄されたときは、誰一人として、シャーロットをかばってくれなかった。相手が悪かったことが大きいのだろうが、さりげなくシャーロットは傷ついていた。
自分に落ち度がないのに悪者にされることがあるという現実に、ショックを受けていたのだと、今気付いた。
そして、かばってもらえるのが、こんなに嬉しいものなのだということも今初めて知った。
「リオン」
「なんだよ」
「ありがとう」
笑顔でお礼を言うと、リオンは耳まで赤くした。