20:パーティー
パーティー当日。
シャーロットは宣言通り、リオンの用意したドレスを身に着けていた。
青い生地に、金のレースと刺繍が施されたそのドレスは、一目見ただけで高級なのが分かった。思わずリオンにこれはもらえないと返しに行ったが、サイズをシャーロットに合わせて作ってあるから返品できないと言われ、渋々受け入れた。確かにシャーロットにぴったりだった。
ちなみに次の日にはドレスに合わせたアクセサリーと靴が届いた。こちらも高価な品でドレス同様に返そうとしても受け取ってもらえなかったので、しっかり身に付けさせてもらった。少々高級すぎて申し訳なさすぎるが、返せない物なら使わなければもったいない。
「お嬢様! 最高に美しゅうございます! アンナ感動です!」
高級なドレスと装飾品に負けないようにシャーロットを飾り立てたアンナは号泣していた。
「こんな綺麗なお嬢様に成長されて、わたしは嬉しくてたまりません!」
「アンナ大げさよ。ドレスとかのおかげよ」
「いいえ、いいえ! ドレスが霞むぐらい美しいです!」
アンナは長くシャーロットに仕えているおかげで、少々フィルターがかかっている。
シャーロット自身、自分は平凡だと思っているが、アンナの努力と、ドレス効果で、いつもの二割増しに見える。
「女ってすごい」
「お嬢様馬鹿なこと仰るんじゃありません!」
小声で言ったのにしっかり聞かれていた。
しかしアンナはシャーロットを叱ったと思ったら、今度は滝のような涙を流し始めた。
「ああ……こんな美しいお嬢様が……誰かのお嫁さんになる日が来るだなんて……お嬢様、アンナを必ず連れて行ってくださいましね」
「アンナ」
「でないと地獄の果てまでついていきます」
「アンナ……」
アンナの真剣な目に少々引いた。
「シャーロット、お迎えが来たわよ」
「はーい!」
助け船とばかりに大きく返事をする。
変なところがないか確認すると、アンナが「お美しいです!」と言ってくれたがアンナの言うことはフィルターがかかって安心できないので、念入りに確認した。
久々のパーティーに、少し緊張する。
アンナに礼を言い、部屋から出ると、大きな鉢植えを抱えた兄のアーロンがいた。
アーロンはスッとシャーロットに鉢植えを差し出す。
「シャーロット、お供にこれ持っていくか? 最近見つけたサボテン」
「ありがとうお兄様。絶対持って行かない」
これからパーティーだというのに大きなサボテンを持って行かせようとする兄のおかげで緊張が一気に飛んで行った。ちなみに兄は真剣に言っている。いらない、そんな大きなサボテン。
家を出ると、王家の紋章の入った馬車が停まっていた。御者の扉を開けてもらい中に入ると、リオンがすでに乗っていて、シャーロットは少し驚く。
「現地集合じゃなくて、直接迎えに来てくれたのね」
「当たり前だ。きちんとエスコートしてやる」
ふん、と自信満々に言うリオンに、思わず笑みが零れる。
リオンもパーティーに行くために正装している。シャーロットとおそろいなのだろう、青を基調としているが、ボタンや小物は水色の物で、シャーロットの瞳の色に合わせてくれているのがわかった。
髪もしっかり整えられ、元が綺麗なだけあって、正装するとまるで芸術品のような美しさがある。
じっと見つめていると、リオンと目が合ってドキリとした。
「俺に見惚れたんだろう? 無理もないな! 俺はかっこいいからな!」
「あー、はいはい」
正直に言うと、少しだけときめいたが、いつものリオンに、そのときめきも一瞬で消えた。
気のない返事をするシャーロットに、リオンが慌てた声を出す。
「お、おい、もう少ししっかり俺を見ろよ! シャーロットの隣にいても大丈夫なように大人っぽく見えるようにしてもらっ……な、何でもない!」
思わず言わなくてよかっただろうことを漏らし、急いで取り繕っていたが、ばっちり耳にしてしまったシャーロットは、思わずにまにまと顔を緩めた。
「私のために頑張ってくれてありがとうねー、いい子だねー」
「なんでもないって言ってるだろう! からかうな!」
リオンの頭を撫でようとして拒否された。一年前はなんだかんだで頭を撫でさせてくれていたのに、これが成長だろうか。少し寂しい。
シャーロットがまるで親のような心境になっていると、馬車が止まった。目的地についたらしい。
「そういえば、どこのパーティーなの?」
「ティルト家のご令嬢の誕生パーティーだ」
「ティルト家……」
シャーロットは教育係から教わったこの国の貴族名簿を思い出した。
ティルト家。知っている。シャーロットの記憶が間違いでなければ、公爵家のはずである。
「待って、じゃあこのパーティー、結構大きいものなんじゃ!?」
「まあ小さくはないな」
あっけらかんと言うリオンに、シャーロットはイラっとした。
リオンの誘い方からして、大したことのないパーティーだと思っていたのだ。当然だが、パーティーの規模によって心構えが違う。軽いパーティーだと思っていたシャーロットは軽い気持ちで来たというのに、これでは詐欺だ。
「わざと言わなかったでしょう!」
「言ったら断るだろう」
「もちろん!」
「言わなくて正解だったな」
にやりと口角を上げたリオンの背中を、ドレスと合うように用意された扇でピシャリと軽く叩いた。
腹立たしいが、もう来てしまったのだから仕方ない。
シャーロットは気合を入れなおし、リオンにエスコートされるまま、馬車を下りた。
公爵家の門をくぐると、みんなの視線が一斉に向けられるのを感じた。
婚約破棄されてからこうして注目を浴びることなど久しくなかったので、シャーロットは逃げたい気持ちでいっぱいになったが、シャーロットの手をしっかり握ったリオンによってそれは不可能だった。
「この家の俺と同じ年の娘の誕生パーティーだ。名前はアンジェラ。あとで挨拶に行かなきゃいけないから覚えておけよ」
そういう注意事項はもっと早くに言ってほしい。
一歩歩くごとに、視線が刺さる。しかし、その視線の多くはシャーロットの隣に向いていることに気付いた。
視線の先を辿ると、女の子たちがリオンを見てポーっと呆けている。
リオンは見た目は極上なのだということを改めて思い出した。きっと幼い女の子たちはその年頃らしく、王子様との恋物語を頭に思い描いているのだろう。
なんとなくリオンの隣にいることがむずがゆく感じる。
「えっと、じゃあここで」
「どこに行くんだよ。挨拶に行くって言っただろ」
パーティー会場の中ほどで離れようとしたシャーロットだったが、リオンに阻止された。
できればこれ以上目立たず、ここで離れてしまいたかった。
リオンに向けられる憧れの眼差しと、それと同時に嫉妬の眼差しを受けなければならないシャーロットの気持ちなど、リオンは知らない。
そのまま引きずられるようにして人の多い方へ誘導される。おそらく主催者がいるのだろう。
王太子であるリオンが進みやすいように人々が道を開けてくれるので、主催者のもとへは難なく辿り着けた。
背の高い、リオンほどではないが美形な男性が、にこりと微笑んだ。
「王太子殿下、本日は娘の誕生日を祝う席にお越しくださり、ありがとうございます」
娘の誕生日、と言うことは、この人がティルト家当主なのだろう。その父親の隣には、リオンと年が近そうな、かわいい女の子がいた。
いやかわいいなんて一言では言い表せられない。
緩やかなウェーブを描く艶やかな赤い髪、ぱっちりとした紫色の綺麗な目。まだ子供らしいふっくらした頬は桃色で、唇も潤いのある愛らしい形だ。まるで妖精のような美少女がそこにはいた。
「王太子殿下、お久しぶりでございます。本日はわたくしの誕生日パーティーに来てくださり、ありがとうございます」
王太子妃教育を受けていたシャーロットから見ても完璧な礼をした小さな淑女に、シャーロットはひそかに感動した。
「こちらこそ、招待ありがとう。八歳の誕生日おめでとう、アンジェラ嬢。プレゼントはあとで侍従が持ってくる。俺の隣にいるのはシャーロットだ。会うのは初めてだな」
リオンに紹介されて、心の中で美少女に拍手していたシャーロットは慌てて礼をする。
「シャーロット・オルドンです。本日はお誕生日おめでとうございます」
綺麗な女の子に緊張しながら祝いの言葉を述べる。間違いなくアンジェラはシャーロットが出会った中でナンバーワンの美少女だった。絵画が売られていたらほしい。
アンジェラはジロジロとシャーロットを上から下まで観察する。不躾な視線にたじろいだ。
「ああ、あなたが噂の方ですのね……」