02:婚約破棄の国外追放
「ひとまず、申し上げたいのですが」
「何だ言い訳があるのなら行ってみろ!」
「では遠慮なく」
シャーロットは上げていた手を下ろした。
「まずドレスを切り刻んだりしたらその場で見つかりますし、私に取り巻きなど存在しません。第一、あなたのこと知らないのに悪口など言えません。誰です? 初対面のはずですけど?」
ドレスを切り刻める場面と言えば、パーティーに参加しているときぐらいである。
シャーロットは不本意ながら王太子妃になる身である。常に誰かの目があるし、そんな目立つことをしたら一発で見つかる。
そしてシャーロットに取り巻きは存在しない。
年頃の少女はシャーロットがリチャードの婚約者になったのを納得していない人間がほとんどだ。見た目も平凡なら、爵位も伯爵位。おそらくもう少し地位が高ければマシだっただろうが、実際伯爵令嬢なのだからどうしようもない。
なのでシャーロットと仲良くなろうとする人間はいなかった。
この少女の名がベリンダ、ということは、今までの会話で何とか知ったが、それ以外は頭の悪くて女の嫌な部分を煮詰めたような人間だということしかわからない。
シャーロットは確実にベリンダに会ったことはない。こんなピンク頭、一度見たらそうそう忘れない。
「ひ、ひどいですわ、シャーロット様……」
しかし、事実を述べただけなのに、ベリンダはシクシク泣き出した。やはり涙が出ていないので泣いたフリであるが、隣にいる王太子はまったくそれを見抜けない。
「シャーロット! 嘘を吐くならもっとマシな言い訳をしろっ!」
それはそちらのピンク頭の少女に言いたい。
彼女の主張はどれも穴だらけで、正直失笑ものだ。
しかし、そう言っても、今のリチャードには火に油を注ぐだけだと思い呑み込んだ。
代わりに改めて訊ねる。
「嘘ではないので聞いています。誰です? その方」
再度訊ねられ、リチャードがシャーロットを睨みつけた。
「この期に及んで……! そこまで言うのならいいだろう、教えてやる……彼女はベリンダ・トルテ。トルテ子爵家の娘だ!」
自信満々に言われたが、シャーロットは首を傾げる他ない。
「やはり知りませんね」
「何だと!?」
リチャードがなぜか怒っているが、知らないものは知らない。シャーロットは彼女に会ったこともなければ、その名を聞いたことすらない。
「ひどいですわ、シャーロット様! いじめておいて知らないだなんて!」
「本当のことを言ったまでです。あとそのいじめたって何です? まさかさっき言っていたことではないでしょうね?」
「さっき言っていたことです!」
きっぱり言い切るベリンダに眩暈がした。正気なのか。こんな大人数の前で、あんなボロボロの主張が通ると思っているのか。
シャーロットはスッと目を細め、言い逃れのできないように告げる。
「私はやっていませんし、あなたとは今日が初対面です。何なら、私の後ろにいる侍女に聞いてください。彼女は王太子妃になる私の身の安全を守るためにつけられている王家から派遣された侍女です。嘘は述べません」
「え……」
泣いたフリを止めたベリンダの顔色が青ざめた。
未来の王太子妃になるのだからそれぐらいの人材がついていることは周知の事実のはずだが、どうやら知らなかったらしい。
しかも驚くべきことに、リチャードまで驚いた顔をしている。自分にもつけられているだろうに、どうして婚約者にはつけられていないと思ったのか。それ以前に、婚約する際、彼の父親である国王から説明を受けていたはずだが、聞いていなかったのだろうか。
聞いていなかったのだろうな、この様子では。
シャーロットの影としてついている彼らが、動こうとするのを目線で制する。国王がいない今、彼らが出てきても、結局リチャードが暴れるだけだろう。彼らに被害が出るのは本意ではない。
しかし、これで正式に調べられたら勝ち目がないことがわかったのだろう。焦ったベリンダがリチャードに抱き着いた。その様子は初めのときのような余裕はない。そうだろう、嘘がバレたら彼女は終わりだ。
「リ、リチャード様っ! は、早く婚約破棄して追放しちゃいましょうっ!」
「あ、ああ、そうだな! シャーロット、貴様のような性悪な女、未来の王太子妃にふさわしくない! よって婚約は破棄し、貴様の一家はこの国から追放する!」
「は?」
婚約破棄、までは理解できたが、その後の続きがシャーロットには理解できなかった。
「今何と仰いました?」
「だから、婚約は破棄して、貴様の一家をこの国から追放する」
再度同じ言葉を繰り返され、シャーロットは開いた口が塞がらない。
大きく口を開けて呆けそうになるのを根性で押し留め、再度確認した。
「国外追放? 正気ですか?」
「ああ、お前の家が怪しい薬を作っていると、ベリンダが教えてくれたからな!」
「本当に恐ろしい一家ですぅ」
――正気か? こいつら。
ざわざわ聞こえる周りの声から、あきらかに王太子を馬鹿にした声が混ざり始める。そうだろう。そもそもシャーロットとリチャードの婚約の意味を理解できていれば、こんなことは言い出さないはずだ。
ベリンダがリチャードにこれ見よがしに寄り掛かる。シャーロットは呆れ果てすぎて、もはや表情を取り繕うのを止めた。もうただただお馬鹿加減にドン引きである。
「……いずれの件に関しても、きちんと裏を取っているのですか?」
「ベリンダが言っているのだから、間違いないだろう」
つまり裏を取っていない、ベリンダの証言だけが証拠だと言うのだろう。どう考えてもそれだけで国外追放など、ありえない。
証言も間違いだらけであることが、この場にいる、お馬鹿二人以外は知っているはずである。
そして、シャーロットも自分のことならまだしも、家のことを言われるのは業腹である。
「うちは人のためになる薬しか作っておりません」
「そんなことを貴様に言われても信用できるものか」
リチャードが鼻で笑った。
「ですから、きちんと調べてくださって結構だと申し上げているのですが」
シャーロット側に後ろ暗いことは何もない。どうせなら徹底的に調べてくれればいい。そうすれば国王が帰ってくるまで時間も稼げる。
「さっきからグダグダと言い訳ばかりするな! 国外追放すると言っているだろう!」
シャーロットは額に手を当て大きくため息を吐いた。
「追放って、そんなことをして、ただで済むとお思いですか……? 私とあなたの婚約も、国王陛下からのご命令ですよ? そうまでしてつながりを持ちたがっていた我が家を追放など……」
「ふん、そんなの貴様の家が無理やり押し通した縁談だろう」
「はい? そんなわけないでしょう?」
むしろ父は王家と結びつくのをとても嫌がり、申し込みがあって半年後に、ようやく承諾したぐらいだ。こちらから申し込むなどありえない。
まさか、本当に理解していなかったのか、この馬鹿は。
シャーロットが望んでいなかったと知って、リチャードが驚いた顔を浮かべたが、すぐに不機嫌な表情に戻った。
「ええい! うるさいな! とにかくもう決定だ! 早く家に帰った方がいいぞ、もう貴様の家には使者を送っているからな!」
「なっ!」
シャーロットはあまりの暴挙に呆れ、辟易する。
国王不在な中、王の帰りを待つでもなく、裁判をするでもなく、独断で国外追放を決行したのだ。
普通ならありえない。違法である。
後ろに控える侍女に視線を送ると、侍女は首を振った。おそらく知らなかったようだ。
もしこの馬鹿な王太子が言うことが真実なら、こうしてはいられない。
「あなたと婚約破棄できて嬉しく思います!」
「何!?」
最後にしっかり言い放ち、シャーロットは振り返ることなく、会場を後にした。