17:リオンの嫉妬
「またこいつもいるのか!」
次の週。またしてもハロルドを連れてきたシャーロットに対し、リオンは不満を露にした。
「何でって、許可はもらってるって言ったじゃない」
王妃様は快く受け入れてくれた。今までのような子分ではなく、リオンにきちんとした同性の友達ができるというのは、願ってもないことなのだろう。
「俺はそいつと遊ぶのは嫌だ!」
わめくリオンをシャーロットが窘める。
「リオン、わがまま言わないの」
「わ、わがままじゃない……!」
嫌だ嫌だと駄々を捏ねているが、この間はなんだかんだと結局遊んだのだ。今更である。
ちなみにこの間はトランプをして、リオンはハロルドにボロ負けしていた。
「いつまでも私とだけ遊ぶわけにはいかないでしょう?」
「別にお前だけでいい!」
「あのねえ」
気に入ってくれるのは嬉しいが、いずれリオンも成長するし、男女の違いも出てくる。シャーロットとばかり遊ぶこともできなくなるだろう。
なるべく早い段階で、同性の友達を作っておいた方がいい。
「大体……」
シャーロットがどうしたものかと考えていると、リオンがハロルドを指差した。すぐ人を指差すこともいけないと教えなければいけない、とシャーロットが思うと同時にリオンが大きな声を出す。
「大体っ、何でお前に男の友達がいるんだ!?」
「………はい?」
まるで男友達がいることが悪いかのような言われ方だが、別に男友達がいるのは普通である。貴族なので、一定の距離を保つことは当たり前ではあるが、男女間の友情は存在しており、男友達がいる令嬢は、シャーロット以外にもたくさんいる。
何になぜ責められているのか。
「えっと、何か悪いことでも……?」
本気でわからなくて首を傾げる。
「だから……その男とどこまで仲がいいんだ!?」
なぜシャーロットとハロルドがどれぐらい仲いいのか言わなければいけないのか、さっぱりわからなかったが、シャーロットは律儀に答えた。
「幼馴染だし、親戚だし、かなり仲がいいほうだと思うけど……」
「かなりだと……!?」
シャーロットの言葉に衝撃を受けた様子のリオンがよろめいた。
悲壮な顔をされる理由も、そんな衝撃を受けられる理由も、シャーロットにはわからない。そもそも大して仲が良くない相手を、王太子の相手にと勧めたりしない。
悲壮感漂うリオンと、訳がわからず不思議そうな顔をしているシャーロットの間に入ったのは、今まで静かに成り行きを見ていたハロルドの笑い声だった。
「ふふっ、もうダメだ、我慢できない……!」
思わず、という風に漏れた声は笑いを堪えようとしているのか震えている。しかし、笑いは一切堪えられていない。目に涙まで浮かべて笑うハロルドに、シャーロットはより一層混乱した。
「ちょっとハロルド! どうして笑ってるの!?」
「だ、だって……シャーロット、全然わかってないから……ふふっ」
「私が何をわかっていないって言うのよ!」
わからない方がおかしいというふうに言われたシャーロットは不満でいっぱいである。
絶対わからない自分が悪いのではなく、はっきり言わない方が悪いのだ。
「あー、笑った笑った。ごめんごめん」
目の縁に溜まった涙を拭いながら、ハロルドはまだ完全には収まらない笑いを押し殺す。
「殿下はやきもちを焼いてるんだよ」
「……は?」
やき、もち……?
誰が? リオンが?
「そんなわけ「そんなわけないだろう何言ってるんだ!!」
シャーロットの言葉を遮ってリオンが息継ぎなしに否定する。
その様子に、シャーロットも頷いた。
「ほら、本人もそう言っているじゃない」
やっぱり違うじゃないかとハロルドに向けて言うと、ハロルドが再び笑いを我慢する表情をする。
「シャーロット、彼の顔を見て見なよ」
「はあ?」
なぜわざわざそんなことを、と思うが、視線で促され、シャーロットはリオンの顔を見た。
真っ赤だった。
「え?」
それはもう顔中どころか耳も首も赤い。どこまで赤いのかわからないがとにかく赤い。
「リオン?」
「何だ! 何か文句でもあるのか!」
「いや別に文句はないけど……」
どうしてそんなに真っ赤なのか、ただそれが聞きたかっただけだ。
シャーロットがリオンに近寄ると、リオンはピクリと少し動いたが、逃げなかった。
「リオン……もしかして本当にやきもち?」
もしかしなくてもそうなのだろう。リオンはただでさえ赤かった顔をさらに赤くした。今日朝食で食べたトマトのようだ。
「やきもちなんて焼いてないって言ってるだろう!?」
必死で否定しているが、その表情は肯定しているも同じだ。
きっと暑いのだろう、額に浮かんだ汗をリオンが乱暴に袖で拭う。それだけ真っ赤になっていれば暑いと思う。
「やだ可愛い」
思わず漏れた言葉に、しまったと思い口に手を当てるが、零れた言葉は戻らない。
「可愛いって何だ! 俺は男だぞ!」
案の定、リオンは生意気な口を開いた。
「男だって可愛いって言われてもいいのよ」
「俺は格好よくなりたいんだ!」
プンプン怒っているが、まだ丸みの残る頬を膨らませても可愛いだけだ。
それにしても本当にやきもちを焼いていたとは。自分は思った以上にリオンに好かれていることがわかって、シャーロットは思わずにやけた。
「何笑ってるんだ! 失礼だぞ!」
「ごめんごめん、可愛すぎて」
「可愛いって! 言うな!!」
シャーロットがふふふ、と声に出して笑うと、リオンはますますカリカリ怒り出した。ムキになるところが子供らしくてまた可愛い。
「だ、大体!」
リオンが赤い顔をシャーロットに向ける。
「お前はいつまで週一回までしか来ないつもりなんだ!?」
「…………うん?」
突然想定していなかったことを言われて、シャーロットはうまく返事を返せなかった。
はっきりしないシャーロットにリオンはクワッと険しい顔をする。
「だから! いつまで一週間に一回しか来ないつもりなんだって訊いているんだ!」
シャーロットはリオンがなぜこんなことを言うのかわからなかったが、疑問には応えてあげることにした。
「いつまでって……ずっとだけど」
「はあ?」
そもそも週一回という話でシャーロットはこの遊び相手役の話を受けている。だからこれからもそれを継続していくつもりだった。
リオンは手をわなわなと震わせる。
「お、お前は……もっと俺に会いたいとか、そういうことはないのか!?」
「えええ?」
さきほどまで照れた様子だったのに、今度はおそらく怒りで顔を赤くしている。
会いたくないのか、と言われれば、正直言うとわざわざ自ら回数を増やすほどはないけれど、かと言って会う回数を増やすのは嫌かと言われると、実はもうそこまでリオンは嫌いではない。
自分に懐いている子はやはり可愛い。
「えっと、じゃあ週二回に増やす?」
「週三回」
「えぇ……」
「週三回」
「でも……」
「週三回」
「わかった! 週三回来るようにするわ!」
シャーロットが根負けすると、リオンはパアっと顔を輝かせた。
「本当だな!? 嘘じゃないな!?」
「本当よ。別に暇しているしね」
家にいても薬草の世話か薬の調合ばかりしている。あとは兄の薬草愛の話を聞かねばならない苦痛もあるので、その回数を減らせると思えばちょうどいいといえばちょうどいい。
「よし!」
本当に嬉しそうな顔をするリオンはやはり可愛くて、成り行きで遊ぶ日が増えてしまったけどまあいいか、とシャーロットは思わず笑みが漏れた。
「うーん……たぶんこれ、やきもちの意味が通じていないなあ……」
そんなハロルドの呟きは耳に入らなかった。