13:遊び相手初日
「来てしまったわ」
シャーロットは豪奢な門の前で立ちすくんでいた。
おそらくこの国で一番豪華絢爛な場所への入り口である。
「あの……そろそろ行きましょうか……?」
シャーロットが入り口で固まって約十分。静かに待っていた案内役の人間が、シャーロットにおそるおそる声をかけた。
「そうですね……」
その言葉でようやくシャーロットが足を進めると、案内役はほっとした表情をして先へ進んだ。彼もボケっと立っているだけで大変だっただろう。悪いことをした。
シャーロットが立ち止まったのは豪華さに驚いていたのではない。ベルンリンド王国の王太子と婚約していたシャーロットには、王城の豪華さなど見慣れたものだ。
シャーロットが躊躇ったのは、やっぱりこの間言い過ぎたのではないかと少しだけ後悔しているからだ。
前回の婚約で言いたいことも言えずに追い出されたのが悔しくて、これからはあまり我慢しないようにしようと思ったけれど、さすがに王妃相手には、もう少しオブラートに包んで言ったほうがよかったかもしれないと思ったからだ。
まあ、言い方について後悔しているだけであって、言ったことについては後悔していないのだが。
「こちらです」
考え事をしている間に、目的地についたらしい。案内役はノックをして「シャーロット・オルドン令嬢がいらっしゃいました」と扉に向かって声をかけた。
「入ってちょうだい」
王妃の声が聞こえ、案内役が扉を開ける。シャーロットは顎を引いて気合を入れた。
「この間ぶりね。来てくれて嬉しいわ」
「またお会いできて光栄でございます、王妃陛下」
シャーロットがカーテシーをする。
「まあ、今日はあなたがお客さんだからそんなに硬くならなくていいのよ。姿勢を崩してちょうだい。ふふ、この間の私にあんなに勢いよく言いたいことを言った子とは思えないわね」
ふふふ、と笑う王妃の言葉に姿勢を直した、シャーロットはバツが悪くなる。
シャーロットだって少しだけ反省しているのだ。ちょーっとだけ言い過ぎたかなと。
「うっ、その節はとんだ失礼を……」
シャーロットが一応頭を下げる。
「言った内容は後悔しておりませんが、この間は言い方が悪かったかと思いまして」
前言撤回する気はないので、言い方についての謝罪をすると、王妃は首を振った。
「いいえ、そんなことないわ。あそこまではっきり言われないと、私の目は覚めなかったかもしれない。感謝しているわ」
王妃の穏やかな表情から、嘘を言っているようには感じられない。シャーロットは胸を撫で下ろした。
「そう思っていただけたら光栄です」
「本当に感謝しているのよ。いつかちゃんとしなきゃと、そう思って時だけが過ぎていたから……さ、座って」
おそらくきっかけが必要だったのだろう。何事も変化にはきっかけが必要だ。
シャーロットは促された席へ腰を下ろした。
「これからあの子のこと、よろしくね」
「引き受けたからにはしっかりやらせていただきます」
「頼もしいわね」
王妃が楽しそうに笑う。
「もちろん私からも言い聞かせていくけれど、それとは別に、やはり子供は子供同士のふれあいが必要だと思うの。でも国内の貴族の子息子女は、もうあの子のあの性格を知っているから」
ああ、とシャーロットは納得した。
もうすでに子供たちの力関係もできてしまっている。リオンは頂点で好き放題にしすぎた。
「普通の子供は友達にはなってくれないのですね」
「取り巻きとしていてくれても、意味がないから」
それはそうだ。取り巻きがいても、なにも改善されない。むしろ育つべき情緒面が育たないかもしれない。
「……私も、可能な限り、努力します」
「ありがとう!」
王妃の嬉しそうな顔を見て、少しだけやる気になったシャーロットだった。
◇◇◇
「ふん……本当は遊ぶ時間なんかないんだが……しょうがなく時間を作ってやったぞ」
帰ろう。
シャーロットはそう思って踵を返した。
「お、おい、どこ行くんだよ⁉」
無言で出て行こうとするシャーロットに、リオンが慌てた声を出す。しかし、シャーロットは止まらない。
ちょっとだけ王妃のために湧きあがったやる気が消滅した。
「帰ります。殿下が偉そうなので」
「当たり前だ、俺は偉いんだぞ」
「そういうところが嫌です」
ここまで人から嫌われる言動をスラスラ発せられるとは、ある意味天才である。
腹立たしいので王妃には悪いが、今日は帰ろう。
「おっ、おい!」
スタスタと軽快に歩くシャーロットを、リオンが慌てて追いかける。
「わざわざ俺が時間を作ってやったんだぞ⁉」
「全然まったく嬉しくないんですけど」
「な、なんだと……!」
心底驚いたという表情に、逆にこちらが驚く。これは本気で光栄なことだと思っていたのか。
逆立ちしたって喜んで遊んでなんかやらない。仕方なく、本当に仕方なく、遊んであげようとしただけだ。もうその気も失せたが。
まだあれから数日しか経っていないのだから、人間すぐには変わらないのだろう。だが、だからと言ってこちらが合わせる義理もなにもない。
「お前生意気だぞ!」
「生意気で結構」
シャーロットはリオンと遊ぶために用意された部屋から出て行った。そのまままっすぐ出口まで歩く。
「待てよ!」
その声に、シャーロットは足を止めて振り返った。
帰りたい……けど一応引き受けたからには何もせずに帰るわけにはいかない。
「まず第一に」
シャーロットは人差し指を立てた。
「この間のこと、きちんと謝ってください」