11:遊び相手になりました
教える、とはなんだ。シャーロットはまだ十二歳だ。難しいことは教えられない。
シャーロットが勘違いしているのがわかったのか、王妃がふう、と息を吐いて、悩まし気な表情をする。
そういった表情をするととても扇情的で、美人ってすごい、とシャーロットはその美しさに飲まれそうだった。
「この子は、私が言うのもあれだけど、こういう性格でしょう?」
この子、と王妃はリオンを指差した。王妃にはっきりと性格があれだと言われたからか、リオンがとても驚いた顔をしている。
「は、母上……き、気付いて……」
「気付いているに決まっているでしょう。母親ですもの」
自分の性格の悪さを大人には隠し通せていると思っていたのだろう。リオンはショックを受けている。
「さきほど見ていたというだけでなく、昔からお前のしていることは把握しています。いつか、自分で気付いてくれると見守っていただけ」
前から、と言われて、リオンが顔を青くする。
自分の悪事が親にバレていたのだ。青くもなるだろうと思いながら、同情はしなかった。全面的にリオンが悪いので。
「ようやく授かった子供……可愛くて、ついつい甘やかしてしまった私たちが悪いの。本当なら、気付いたときに、きちんと叱るべきだったのに」
王妃が申し訳なさそうな顔をする。
「私たちがこの子に甘いからでしょうね。周りもこの子に厳しく言わなくなってしまったの」
それはそうだ。だってこの国の最高権力者が溺愛している存在に、厳しく接してしまったら、両陛下の気に障るかもしれない。皆慎重に接するしかない。
元々生まれ持った性格と言うものももちろんあるが、今の話を聞いて考えてみると、リオンの場合圧倒的に環境が悪いのだろう。厳しく躾けろというわけではないが、ダメなことを教えずただただ甘やかしたら、当然今のリオンのような歪んだ性格になる。
リオンの場合、他の子供より賢かったばかりに、大人にはいい顔をして、彼らに気付かれないように子供を従える腹黒い子供になってしまったのだろう。
シャーロットは口を開こうとして、一度口を閉じた。
いうべきか否か。どう考えても失礼なことを口にしようとしている。
「――僭越ながら」
しかし、シャーロットは我慢できず、一度飲み込んだ言葉を口にすることにした。
「まったくもってその通り……両陛下がこの子をこうしたのだと思います」
父がぎょっとした顔をするが、シャーロットはもうここまで言ってしまったのだからとそのまま口を動かした。
「見本となるべき両陛下がこの子に甘く接していれば、当然周りもそうせざるを得ません。ようやくできた我が子は可愛いでしょう。ですが、子供は可愛がっていればいいのではありません。きちんとその子が道を歩けるように、整備しろとはいいませんが、道しるべぐらいは用意しなければ、この子は行先さえわかりませんよ」
王妃がはっとした表情でシャーロットを見る。
「自分たちのせいだとわかっているのなら、それはあなたたちが正すべきです」
きっぱりと言い切った。父が真っ青な顔をしているが、シャーロットはとてもすっきりしている。
自分たちのせいだと理解していながら、道しるべを赤の他人の子供に任せるなど、責任放棄だ。
王だ、王妃だ、王太子だとか、そんなことは今関係ない。親として子供にどう向き合っていくかの話だ。そこに他人は必要ない。
「そう……そうよね……」
王妃は、静かに頷いた。
「そうね、それは親である私がするべきことだわ。今まで散々甘やかすだけ甘やかして、なにも教えてあげられていないもの。この子のしていることもわかっていたのに、指摘もしないで……むしろ、それすら人任せにしようとしてしまって……あなたみたいな、まだ幼い子に諭されるだなんて、恥ずかしいわね……」
王妃はさきほどまでの、王妃としての顔ではなく、親としての顔でシャーロットに向き直った。
「ありがとう、私はまた間違うところだったわ」
「いえ、こちらこそ、失礼なことを言いました。申し訳ございません」
シャーロットは頭を下げた。言いたいことを言えて満足だが、とても王族に向けていい言葉ではなかった。侮辱されたと受け取られてもおかしくない発言だった。
法律で侮辱されても罰は軽いと父は言ったが、こんなはっきり面と向かって言うのはどうなのだろう。一晩牢屋は覚悟するべきかもしれない。
「頭を上げてちょうだい。あなたは当たり前のことを私たちに教えてくれたのよ」
その言葉を聞いて、シャーロットは頭を上げた。王妃が優しく目を細める。
「あなたは賢くていい子ね。きっと親御さんが愛情を持って、きちんと教育してきたのでしょう」
「め、滅相もありません!」
父が滝のような汗をかきながら、首を振る。
「いいえ。お嬢さんからはきちんと親御さんの愛情を受けているのが伝わりました。そうね、子供への愛とは、本来そうあるべきね……リオン」
王妃がリオンに向き直った。
「え、あ、な、なんですか、母上」
蚊帳の外にいたリオンは、急に話を向けられ、戸惑っている。
「これから、私はお前に厳しいことも言います」
王妃はリオンの目を見て宣言した。
「お前が間違っていると思ったら、どうしてなのか、本当はどうするべきか、それをしっかり伝えていきたい。今まで、ただ甘やかしてばかりでごめんなさい」
「は、母上……!」
母親のこのような姿を見るのは初めてなのだろう。リオンが驚きの声を上げる。オロオロしているリオンの頭を撫で、王妃は再びシャーロットに向き直った。
「シャーロット、改めてお願いしたいのだけど、この子の遊び相手になってもらえないかしら?」
……遊び相手?
「さっきのパーティーでも見たでしょう? この子に友達なんていないの。ただ言うことに従ってくれる子だけ。この子には、嫌なことは嫌だとはっきり言ってくれる子が必要だと思うの。……どうかしら?」
確かに、大人が諭すのはもちろんだが、同年代の子供からも、はっきり言われた方がいいに決まっている。
決まっているが、できればシャーロットはやりたくない。
「王子が嫌だと思います」
「嫌じゃない」
無難に返して断ろうと思ったが、まさかのリオンから嫌じゃないと言われてしまった。
なぜだ。どうして。さっきあんなに自分のことを生意気と言っていたのに!
――空気読みなさいよ!
「私が嫌です!」
シャーロットが力強く言う。汗だくの父がオロオロしていたが、嫌なことははっきりと嫌というのがシャーロットだ。
王妃の顔色を窺わなければいけない大人ならそんなこと言えないが、シャーロットはまだ十二歳の子供だ。存分に子供の特権を使おうと思った。
「お、俺の遊び相手が嫌だと……?」
リオンが狼狽えている。きっと今まで遊びたくないという子供に出会ったことがないのだ。それが本心でなかったとしても、みんな喜んで承諾したのだろう。
「わがままな子の相手なんてしたくありません!」
きっぱり言い放つと、リオンはショックを受けたようだった。少し可哀想に思ったが、それでも一応嫌なことははっきり言わなければ。
何も言わないでいたらいいことにならないと、追放された国で思い知ったのだから!
「シャーロット」
王妃が柔らかい声を出す。
「王妃としてではなく、この子の親としてお願いするわ。この子は今まで本気でぶつかってくれる人間に出会っていないの。あなたは初めてリオンにぶつかってくれた子なの。本当にどうしようもないぐらい嫌になったらやめてもいいから、どうかしら?」
この国で最高の身分である女性から頭を下げてお願いされ、両親は「ひいいい」と震えあがり、シャーロットに返事をするように視線で促してきた。
親として、子を心配して。そうはっきり言われると、断るとまるで自分が悪者のような扱いになる。
本音は嫌だ。だって王妃の後ろで不敵な笑みをしている子供が目に入るから。
さっきのショックを受けていた様子はどうした。回復が早すぎる。
しかし……。
シャーロットは王妃を見る。二コリ、と微笑まれた。そして王妃の周りにいる大人たちからの無言の圧力も感じる。
特に父からの圧力がすごい。おそらく父はこの国で暮らしていきたいのだろう。
シャーロットはどこで暮らしてもかまわないと思っていたが、家族はそうではないようだ。父からの、頼むから王妃の機嫌を損ねるなという熱い視線を感じる。
――これは断れないわね……。
「わかりました……やります……」
シャーロットはため息を吐いて渋々承諾した。
王妃はぱあっと顔を輝かせた。
「ありがとう! よろしくお願いするわ、シャーロット!」
美人に手を握られ、シャーロットは少し照れた。そしてその後ろで何か企んでいそうな王太子に目にものを見せてやろうと思った。