10:王妃のお願い
もしかしたら、環境が悪いだけで、もとは素直な性格だったのかもしれない。少なくとも、非を認める心は持っているようだ。
「悪いことがわかる……」
リオンがシャーロットの言葉を繰り返した。何が引っかかったのか、何やら考え込んでいる。
「シャーロット!」
父の声がして振り返ると、父が何人か引きつれてこちらに走ってきているのが見えた。どうやら爆発音が聞こえたらしい。
「シャーロット……はあはあ……け、怪我はないか……?」
はあはあ荒い息を吐く父に、シャーロットは頷いた。
パーティー会場からここはそこまで離れていないが、普段研究に没頭している父だ。この国に来て畑仕事をするようになり、日焼けして多少筋肉がついて服装をラフなものにしたら農夫に見える父も、普通の男性より体力はないのだろう。なぜなら元が貧弱すぎる。
肩で息をしながら、父は「よかった」と安堵の息を吐いた。
その父の後ろでは、王妃がリオンを抱きしめていた。大事な愛息子の無事を確認できて、こちらもほっとしている様子が窺えた。
王妃はリオンから体を離すと、シャーロットに向き直った。
「あなたはシャーロットね?」
シャーロットは、くるか、と身構えた。
愛しい愛息子、それもこの国の唯一の王子で王太子。その彼を危険な目に遭わせたのだ。
シャーロットではなく、リオン本人が勝手に危険なことをしたのだが、そんなことは関係ないだろう。
罰を与えられても仕方のないことだろうとシャーロットは覚悟を決めた。
「まままま、待ってください! シャーロットは悪くないのです! ここにシャーロットが立ち入らないように制限をしなかった私が悪いのです!」
シャーロットと王妃のどこか緊張した空気がわかったのだろうか。父が二人の間に入り、シャーロットをかばうように両手を広げた。
「大丈夫よ」
必死な父に、王妃はその美しい顔に笑みを浮かべ、父に下がるように目線で訴える。父はたじたじしながら、横に避けた。
王妃はシャーロットの前に移動し、シャーロットと目線を合わせるために腰を屈めた。
「シャーロット」
「はい」
「あなた年はいくつだったかしら?」
「十二になりました」
「まあ、じゃあリオンより五歳お姉さんね」
何が楽しいのか、王妃がクスクス笑った。
「あなた、リオンの遊び相手になってくれないかしら?」
「はい?」
王妃が言った言葉が理解できなくて、シャーロットは目を瞬いた。
そんなシャーロットに、王妃はふふふ、とやはり楽しそうに笑う。
「実はね、私、少し前から二人の様子を見ていたの」
会場に愛息子がいなくなったことに気付いた王妃が、侍従から居場所を聞いて、爆発が起こる前にここに到着していたらしい。
そうか、仮にも王太子だ。誰にも知らせずこっそりパーティーを抜け出すなど不可能だろう。
侍従にどこに行くか告げ、護衛を兼ねてそのうちの一人とここまで一緒に来たらしい。
そしてその侍従は、きちんと同僚に王子と行動することを告げ、同僚は二人がどこに行くか確認し、他の護衛や侍従たちにも報告する。
さすが王家。報連相がバッチリだ。
てっきりリオンと二人きりだと思ったからこそ遠慮なしにあれこれ言ったのに。王妃がいるとわかっていたら言わなかった。絶対。
もしかしたら王妃が叱りたいのはこちらのことなのかもしれない。王族への侮辱罪。これだ。死んだ。
「リオンに、はっきり意見してくれているのを見ていたわ」
やっぱり死んだ。
できれば楽に死なせてほしい。
どうか安寧な死をと願っているシャーロットの肩を父がツンツン突く。
「シャーロット、安心しなさい。この国に侮辱罪で死刑になどできる法律はとっくのとうに廃止されている。せいぜい一晩牢屋に入るぐらいだ」
シャーロットが何を考えていたかがわかるのだろう、さすが父親。
こそこそと伝えてくる父の言葉を聞いてシャーロットは安心した。前の国でも侮辱罪で死刑などなかったが、それは国によって違う。この国は人権が認められていると聞いていたが、本当だったようだ。
「ええ、死刑にも、牢屋に入れることもしないわ」
笑顔で王妃が肯定する。
父のこそこそ話が王妃に聞こえてしまった。死刑にはならないが、死んだ気持ちだ。自分のこそこそ話が聞こえたとわかった父は魂が抜けた。
そんな父を無視して、王妃は話を続けた。
「あなた、リオンに色々教えてあげてくれないかしら?」
「はい?」