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第61話 すべての戦いを終わらせる方法


「終わった、の……?」



 倒れるゴルデアを見つめ、ルミアは呆然と呟いた。


 トウマは荒くなった息を深く吸い込んだ。呼吸が落ち着いたところで、血色の剣をただの血へと変質させ、振り返る。



「さて、それでは――」



 帰ろう、と言おうとしたその時。


 ドンッ!と、街の方から爆轟が上がった。


 慌てて振り返れば、煌々と光る明かりの中で煙が上がっているのが見えた。



「な、何なの、今の爆発……」


「まさか、奴らか……」


「奴ら?」



 トウマは頷き、人間界に来たばかりの頃に、森で見た男たちのことを話した。


 勇者を倒した後、マイナとリュウトをそちらに向かわせ、異世界人の救出を任せていた。勇者を倒したことを知った彼らが、この機に乗じて人間の街へ反逆を企ててもおかしくはない。


 行動が早いところを見れば、反逆自体は前から計画されていたものなのだろう。


 マイナたちは先に魔界へ続く門に向かっているだろうか。心配な気持ちはあるが……。



「とりあえず、急いで街を出なければな。あの戦乱に巻き込まれたら、魔界に帰れなくなる」


「け、けど、それじゃあ街の人たちが……」


「今、あの街に残っているのは兵士だけだ。勇者が騒ぎを起こした際に全員逃げているからな」



 少なくとも、何の罪もない一般人が被害に巻き込まれることはないはず。


 武器を持った者同士の戦いに、加担するつもりはない。武器を取ったならば、互いに文句は言えないはずだから。



「それに、俺たちは吸血鬼だ。夜の間に門へ行かなければ……」



 そう言っている間にも、空の向こうが明るくなるのが見えた。夜明けが近い。人間界の日の光は、トウマたちにとっては毒そのものだ。



「――急ごう」



 トウマが慌てた口調で言えば、ルミアは頷いて答えた。二人で並んで走り出し、白くなり始めている街へと駆け出すのだった。



***



 宮殿から街へ辿り着いたころには、既に街中で戦闘が起きていた。


 街のいたるところが破壊され、建物が崩落しては砂塵が舞い上がる。剣戟の音や怒号が響き、地獄の如き戦場が眼前に映し出された。


 鎧や兜を身に纏い、硬く身を守る兵士に対抗するのは、あちこちがボロボロに千切れた服を着た男たちだ。身体は大きく、力も強そうだが防御力は薄い。


 焦げたような臭いが立ち込める街を駆けながら、ルミアは顔をしかめると小さく呟いた。



「……こんなの、一方的すぎるわ。あの人たち、兵士に勝てるはずがないわよ……」


「……それでも、意地を通してやらねばならないこともあるのだろう」



 トウマだって同じだった。


 魔界を守るために、能力がなくとも勇者に立ち向かったのだ。あの時と、状況は同じかもしれない。


 彼らには彼らなりに、守りたいものがある。たとえ、勝てるはずのない戦いだと思っていても、一縷の望みに懸けて立ち上がらなければならないことだってあるのだ。



「傷つく者も多いだろう。本当は戦いたくない者だっているはずだ。だが、守りたいもののためには、戦わねばならぬ時もある」


「……」



 ルミアの表情は昏い。


 その気持ちは、トウマにも分かる。彼女にとって、人間はみんな仲間なのだ。裏切られたとしても、守るべき存在。


 そんな彼らが目の前で傷ついてしまうのを尻目に、自分だけ逃げてしまうことに罪悪感を覚えているのだろう。



「……私たちにできることは、何もないのね」


「……助けたいか?」


「助けられるものなら、助けたいに決まっているわ」



 トウマの問いにそう訴え、ルミアは立ち止まった。トウマも足を止め、身体ごと振り返った。


 ルミアは胸の前で両手を組み、強く握りしめていた。何もできない悔しさに、涙を滲ませる。



「……だって、私は神官なのよ。人を助けるために、私は存在しているの。なのに、私たちだけ逃げちゃうなんて……そんなこと、自分で自分が許せなくなっちゃう!」


「……そう、だよな」



 裏切られても、人間のために役立とうとするルミア。


 その優しさに触れ、トウマは何とかできないかと思案する。



「だが……彼らの目的は人間社会への反逆だ。日ごろの不満を爆発させ、皇帝に考えを改めさせるのが目的なのだろう」


「なら、皇帝陛下に話を通せば……」


「……時間がないな」



 空を見上げる。

 空は明るい。太陽が街を照らし上げるのも時間の問題だ。



「それに、これまで人間界を支配してきた皇帝が、俺たちの言葉を素直に受け入れるとも思えない」


「き、吸血すれば……」


「探す手間がいるだろう。それに抵抗もされるだろうし、そう簡単に吸血はできない」



 トウマは必死に頭を巡らせる。考えている間にも、刻一刻と日は上り続けている。



(このままでは、俺たちも危険だ。ここからすぐに離れることができる手段で、この者たちを鎮静化させる方法……そんな方法、どこにあると……っ)



 その時、トウマの頭にある作戦が駆け巡った。

 周囲を見回し、そしてルミアへと視線を戻す。



「どうしたの? 何か、思いついた?」



 ルミアが小首をかしげる。

 白い首筋には、トウマが噛んだ跡が残されている。


 ――そうだ、まだやれることはある。


 ここから離れることができて、彼らを鎮静化させられる方法が。


「……ルミアちゃん、少しだけ待っていてくれ!」


「え? ち、ちょっと、トウマ!?」



 トウマは駆けだし、辺りを見回す。人々が争う渦中に立ち、拳を握りしめる。



(時間だけが問題だ。だが、これに懸けるしかない……!)



 そう、頭の中で思いながらトウマは近くに立つ男たちへと向かって走り出すのだった。



***



「――やられてしまいましたわね」



 上品な言葉づかいでそう話したのは皇帝だ。相変わらず、涙を流しながら笑っている。


 彼女の傍らには、死の間際で皇帝によって命を救われたゴルデアの姿がある。満身創痍で立っているのがやっとではあったが……。


 そんなゴルデアは、辺りを見回して唇を噛んだ。


 太陽は、すでに昇っている。

 トウマたちはこの場におらず、魔界へ帰っている頃だろう。


 街中が日光で照らされる中、日陰に隠れるようにして蹲っているのは人間たちだ。彼らの瞳は全て赤く、吸血鬼に感染された(・・・・・・・・・)ことがひと目で分かる。



「戦闘が終わったと聞いて来てみましたが――まさか、全員を吸血鬼にして戦いを終わらせるなんて思いませんでしたわね」



 皇帝は、楽しそうに笑いながら話す。


 トウマが行ったのは、簡単なことだ。


 まずは、手近にいた数人を吸血鬼にする。トウマに血を吸われた者は眷属(どれい)となり、彼に逆らえなくなってしまう。


 それを利用し、トウマは命令したのだ。


『他の者に噛みついて吸血鬼にし、戦いを辞めろ』……と。



「……吸血鬼に噛まれた者は、噛みついてきた者の命令に逆らえなくなってしまいます。最初はたった数人の吸血鬼でも、一人の血を吸うごとに、数が倍に増えていきますわ。それを利用して、病気を蔓延させるように吸血鬼を感染させていったのでしょう」


「こ、これでは、兵士が使い物にならない……! 今すぐ、あの魔王を追って……」


「無駄ですわ。既に、門が破壊されています」



 笑いながら、または泣きながら、皇帝はそう告げた。まるで、実際に見てきたかのように。


 彼女には何が見えているのか、一番近くにいるゴルデアでさえ分からないことがあった。


 疑問の視線を投げかけてくるゴルデアに対し、皇帝は感情のこもっていない平坦な声で笑う。



「ふふっ。そう怖い顔をしなくてもよいですわ。どの道、魔族との関わりは終わる予定でしたから。魔石は十分、集めさせていただきましたもの」



 皇帝はどこか楽しそうに言いながら、宮殿へ向かって歩き出した。


 小さな背中を追いながら、ゴルデアは静かに歯噛みした。


 ゴルデアにとっては悔しさの残る結果だ。宿敵であるトウマを倒せずに、あまつさえ街を守る兵士を吸血鬼に感染させられ、無力化されてしまった。


 完全敗北。


 まさに、その言葉がふさわしい。



「あっ、そうですわ!」



 悔しさを滲ませていると、皇帝がふと手を打って振り返った。涙を流し続ける瞳が、ゴルデアを映す。


 その目に見つめられ、ゴルデアは動揺する。何を考えているか、全く分からない。しかし、彼女が目上の者である以上、慇懃に接しなければならない。



「何でしょうか、皇帝陛下……」



 姿勢を正し、失礼のないようにゴルデアは問いかけた。皇帝の見た目は少女ではあるが、礼儀だけは忘れていない。


 皇帝はそんなゴルデアを見返し、にっと笑った。涙を流しながら、彼女は短く告げる。



「あなたは、もう用済みですわ」


「は……?」



 次の瞬間、ゴルデアの首が高く打ち上げられた。


 頭を失った首から血が噴き出す。その勢いに押されるように、彼の身体は鈍い音を立てて地面に転がった。


 その様子を、涙を流しながら皇帝は見つめて。



「弱い人には興味ないんですの。この戦いで負けてしまった者には、罰を与えて差し上げませんとね♪」



 なんて、無垢な少女のように言った。

 その手には、ゴルデアの血が付着している。


 手を横へ薙いで、血を振り払う。


 ただ、完全には血を拭うことは出来ず、不満げに唇を尖らせた。



「むぅ~。後で洗わないといけませんわね。それと、さらに強い人間を見つけませんと」



 やらなければならないことを思い浮かべながら、皇帝は自らの住まう宮殿へと歩き出しすのだった――。



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