第36話 『神器』
「貴様……目を醒ましたのか」
トウマの視線の先で、キースはフラつきながらも立ち上がる。口の端に流れる血を拭い、虚ろな目でトウマを睨み上げた。
「さっきは油断したが、次はそうはいかない……! 今すぐに、君を殺してやるッ!」
「何をしても無駄だ。それに、両手を失っている貴様に何ができると言うんだ?」
殴り飛ばす直前、トウマは彼の両手を斬り落とした。吸血鬼ですらない彼は、その傷を癒せないでいる。
「魔法なら使える! だから……」
「なるほどな。だが、貴様はすでに俺の眷属だ。いかなる攻撃も、俺に向けることは出来ない」
トウマが魔力を手に込め、指を鳴らす。途端に、キースの身体は硬直した。
目を見開き、動揺を露わにするキース。
「ゆに――」
「黙っていろ」
固有魔術を発動しようとした瞬間、トウマが命令した。キースは口を閉ざし、歯噛みした。
その間に、トウマは魔族を助けている者たちを見回し、残りがあと僅かだと気づく。残りをリュウトらに任せ、トウマは線路に降り立った。
「さて。これで何もできないことは理解したか? 貴様には応えてもらわねばならないことがあるのだ。答えてもらおう」
「……僕に情報を吐かせる気かい? それこそ無駄さ。僕は魔族に情報を明かす気は――」
「頭が高い。跪け」
瞬間、キースはトウマの前に片膝を突いて座った。騎士が主君に忠誠を誓うときにするように、片膝を立ててそこに腕を置いている。
キースは跪きながら、トウマを恨みがましく睨み上げた。狂暴な動物が発するような剥き出しの殺意を向けられる。
だが、猛獣と言っても今のキースは手綱で結ばれているようなもの。鎖につながれ、金網の向こうに閉じ込められている猛獣など、恐れるに足らない。
「そんな顔をしても無駄だと何度言えばわかる?」
「無駄でも、騎士としての意地があるものさ。僕は絶対に、皇帝陛下を裏切るようなマネはしない!」
「立派な忠誠心だな。なら、ここで魔族の血を集めて、魔石を復活させようとしているのは、皇帝の願望なのか?」
「皇帝『陛下』だ! 言葉遣いに気をつけるんだ!」
「そうか。ならば、貴様も俺に対する言葉遣いを改めよ。俺は魔王『様』だぞ」
指を、鳴らす。
その途端、キースから零れる口調が変化する。
「は、はい。申し訳ございませんでした。魔王様……い、いや! 違う! ぼ、僕は、こんなことを言いたいわけじゃ……ッ!」
動揺するキース。意思とは裏腹な言葉や行動をしてしまう。
だが、トウマにはどうでもいいことだ。キースの気持ちよりも、魔族たちのことを優先しなければならない。
「いいから、答えろ。貴様らの目的は何なんだ!」
「……お、俺たちは、魔石である物を作ろうとしているのさ」
「ある物……?」
意外な言葉に、トウマは瞠目した。
魔石は高純度なエネルギーを含有している。しかし、その分、魔石は加工しにくい素材でもあった。
トウマがトンネルや床を殴って破砕したように、高濃度の魔力は物質を硬化させてしまう。
故に、魔石自体も硬く、衝撃を与えて砕いたり、溶かして別の形にしたりするという工程に向いていない。
そのため、魔石を加工するのは不可能なはずだった。
「あんなもので、何を作るというんだ? 魔石など、加工できるはずがないだろう?」
「魔石を加工するわけじゃないさ。魔石から魔力を抽出し、一本の剣にその魔力を込めることで、最強とも呼べる武器が完成する」
小馬鹿にしたように、キースは鼻で笑って言った。
「僕らはそれを『神器』と呼んでいる。神器は絶大な力を持つのさ」
神器と呼ばれる武器がどれほどの力を有しているのかは分からない。その一振りの剣で、魔界を滅ぼすこともできたかもしれない。
だが、こうして魔族を捕らえているということは、まだ神器が完成していないのだろう。魔族を開放した今、その目的も達成できないはずだ。
「残念だったな。神器とやらが完成しなくて。貴様の努力も無駄に終わったということだ」
「ははっ。何か勘違いをしているようだね、魔王」
「何……?」
「君は、僕の目的を教えろと言ったね。けれど、目的は目的。今の結果というわけじゃないのさ」
「何が言いたい?」
地面に片膝を突いたまま、キースはくつくつと笑う。「察しが悪いなぁ」と、嘲笑しながらも答えた。
「誰も、神器が完成していないとは言っていないだろう? 僕らがやっていたのは、後始末に過ぎないのさ」
「何だと!」
キースの言葉に瞠目した瞬間、ドンッ! と空気が震えた。
「今度は何だ!」
「ははっ! ようやく来たみたいだ!」
キースは高らかに笑い声をあげると、頭上を仰いだ。音がした方向だ。つられて顔を上げれば、天井が崩れ落ちてきていることに気づいた。
天井から崩れ落ちた瓦礫は線路の上に落ちた。砂礫が舞い上がり、視界を不明瞭に染め上げる。口許を腕で覆い、砂礫が落ち着くのを待った。
数秒待って、砂礫が落ち着く。
煙の中から現れたのは、キースと似た白銀の鎧を身に着けている青年だった。鋭い目つきをしているものの、その瞳には感情はない。どこまでも冷たく、温もりすら感じさせない。冷たい目。
青年を見た瞬間、トウマは瞠目した。
唇を戦慄かせながら、両手の拳を握りしめ、震える声で彼を呼ぶ。
「勇者……貴様も関わっていたのか……ッ!!」
「……何だ。君もいたのか、魔王」
トウマの前に現れた勇者は、怜悧な目でこちらを睨みつけた。
その手には、白銀一色の剣が握られている。
魔王城にやって来た際に持っていた剣ではない。
剣から溢れる魔力の質が、明らかに違っていた。
同じ空間にいるだけで、身の毛がよだつような恐怖を感じる。生物としての本能が叫んでいるのだ。――その剣は、危険だと。
「来るのが遅いよ。おかげで、僕はこんな目に遭ってしまったじゃないか」
キースが勇者に対して話す。勇者は眉をピクリと震わせた。
「何ですか、その手は。まさか、魔王に負けてしまった、とは言いませんよね?」
「卑怯なマネをされたんだ! 僕の兵士を使ってね。だから、さっさとこいつを殺せ!」
「……そうですか」
小さく呟く勇者。瓦礫から降りると、その足で地面に座り込むキースへと向かった。
キースは喜色ばんだ笑みを浮かべる。トウマを睨みあげ、嘲笑するかのように。
「魔王、君も終わりだ。彼が来てくれたからね。彼が持つ剣こそ、僕らが二年もの歳月をかけて作った神器なんだよ!」
「ッ……!」
勇者の持つ剣の禍々しさは、少し離れた位置にいても肌で感じ取ることができる。魔力の質が明らかに異なるのだ。近づいてくるほどに、背筋を凍らせるような畏怖を感じた。
(いや、恐れている場合ではない! そんなものをここで振るわれたら、魔族が危険だ……!)
周りには、まだ魔族が残っている。天井から下ろしただけで、避難は出来ていないのだ。
おそらく、魔族もここにいるのが全員ではないはずだ。他にもいる魔族を助けなければならない。
全員を助けるまで、勇者の攻撃を耐えねば……!
トウマはそう判断し、手首を爪で切り裂いた。血で剣を作り出し、体内から魔力を熾す。
勇者に立ち向かう準備をしていると、キースはけたけたと笑った。
「あははっ。そんな剣で、神器を止められるはずがない! 君は終わりなんだよ!!」
キースに言われなくとも、トウマだって分かっている。生物的な本能が、勇者の持つ剣が危険だといっているのだから。
だが、勇者はトウマの前までやってこなかった。彼はキースの後ろで立ち止まった。疑問に思ったキースが、首だけで振り返る。
そうして、振り返ったキースに向かって。
「――終わるのは、あなたもですよ。師匠」
勇者が、彼の背中を貫いた。
「がっ……?!」
背中から腹へと白銀の剣が貫通。血が地面を濡らし、キースは信じられないものを見たかのように目を見開いた。
「お、お前……何で、だ……ッ!! 裏切る、つもりか……!」
「いいや、違う。勇者の覇道を貫くために、弱い師はいらない。ただそれだけのこと」
「ぐがっ……あぁ……ッ!!」
キースの身体を抉るように、剣をさらに深く突き刺す。臓物を貫いた剣が、瞬く間に血色に染まっていく。
「お、お前……この僕が、お前に、剣を……教えてやった、というのに……ぃいッ!!」
苦し気に言い放つキース。しかし、勇者は「ははっ」と鼻で笑った。
「僕は利用していただけさ。けれど、魔王に屈し、膝を突いているような師はいらない。恥をかかせないでくれ。あなたは、僕にとって死んでいたほうがマシな人間だ」
「なん、だと……!」
「あなたの配下も、あなたが魔王に負けるほどのザコだと知れば、残念がるはず。部下にみっともない姿を見せるくらいなら死を選ぶ。それこそ、立派な騎士道というものだと、僕は考えている」
「ふざけ、るな! 俺は、俺はまだ……魔王に負けた、わけじゃ……」
「ああ、それと伝言」
苦し気にか細い息を繰り返すキースへと、勇者は致命的な一言を放った。
「皇帝陛下から。あなたはもう用済みだと。どのみち殺される運命だったんだ、あなたは」
「く、くそぉおおおッ!!」
叫ぶキースの身体から剣を引き抜き、振り上げた剣で首を斬り落とした。キースの首が転がる。続いて、身体が地面に横たわった。
「はぁ……。これで邪魔者はいなくなったようだ」
面倒くさそうに溢した勇者の一言。それが、トウマには信じがたかった。
「き、貴様……それでも人間か!? なぜ、そうもためらいもなく、同胞を殺すことができる!」
「同胞? 違うな。あの人は利用されていただけさ。この僕と、皇帝陛下に」
「何……?」
「神器を作り、魔界を破滅させること。その目的のために、彼を使ってやっただけなのさ。だから、殺した。既に神器は完成し、いつでも魔界を滅ぼせる……そのための準備は整ったからね」
剣を横へ振り、剣に付着した血を払いながら勇者はそう話した。
「まあ、安心していい。彼と同じように、君も同じ場所へ連れて行ってあげるから」
勇者は剣を掲げ、怜悧な目を細めさせると――。
「さて、そろそろ終わりにしよう。――君を殺して、魔界を人間のものとする」
そう、言い放った。
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