第20話 魔王じゃないだろ!だって…
木箱を手に村へ入ったトウマは、ある異変に気づいた。
「……誰もいない?」
周囲には、石を積み上げて作った家が立ち並んでいる。石の隙間から枯れたツタが生え、力なく地面へ首を傾げている。
家の入口には、白い布が垂れ下がっている。どうやら、部屋の中と外を隔てるドアの代わりらしい。ただし、その布も、埃が付着して薄汚れている。
そんな家には、誰かがいるような気配もなかった。
それほど大きな村でもないので、住んでいる魔族が少ないのだろうか。もしくは、本当に住んでいないのか。
ルミアも、トウマの後ろを歩きながら杖を握りしめている。辺りを警戒し、不穏な物がないか気配を確かめていた。
だが。
「動くなッ!」
トウマは、周囲に三人の男が立っていることに気づいた。首筋に冷たい感触が撫でる。刀を突き付けられ、白刃が煌いていた。
この距離に来るまで、全く気付かなかった。男たちは黒い服を全身に纏っていたのだ。おまけに、ここは【暗殺者】の住む村――気配を絶つのは、得意な者ばかりだ。
そんな彼らの頭には、ケモノの耳が生えている。種類は様々だ。マイナと同じ猫耳も居れば、正面に立っている男は犬の耳を生やしている。目つきまでも、その獣の種類と同じように鋭かった。
警戒心たっぷりにトウマを睨みつける男たち。
どうやって、ここを脱するか。
考えていたトウマだったが――。
「――誰や、お前」
正面から、黒い耳を生やした男が近づいてきた。
トウマと変わらないくらいの年頃。大体十八歳くらいだろうか。しかし、貫禄のある歩き方からは年齢以上の威厳を感じられる。
その所見は合っていたのだろう。
彼が現れると同時に、トウマを囲んで刀を突き付けた男たちの背筋が伸びた気がした。トウマへの警戒心は変わらないままだったが。
そして、彼の頭に生えているのは狼の耳だ。鋭く、ピンと背筋を伸ばしている。臀部からも黒くフサフサとした尻尾が生え、左右に揺れている。
双眸もまた、狼と同じように鋭くて冷たい。金色の輝きは、薄暗くなり始めている魔界の夕方の中でも、妖しく煌いていた。
「誰だ、とはご挨拶だな。この俺のことを知らないとは言うまい」
トウマは両手を広げて話しかける。これでも魔王なのだ。魔界の民ならば、知らないはずが――。
「知らん」
「…………」
トウマは心に深い傷を負ってしまった。
もう立ち直れそうにない……。
「おかしいな……俺、魔族の王なのに……ぐすっ……」
「し、しっかりしなさいよ、魔王。これから頑張ればいいじゃない」
「うっ……うぅ……そうだよな。俺、これから頑張ればいいんだよなぁ……」
ルミアに優しく慰められ、トウマは何とか再起に成功した。兜の内側で、溢れそうになった涙を必死に堪えている。
そんな二人のやりとりを聞いて、周りの男たちは動揺する。
「え……こいつが魔王なのか?」
「た、確かに、見た目は禍々しいが……」
「噂で聞いた姿とは違うよな?」
「噂だと?」
自分に関する噂なら気になるところだ。
トウマはつい、好奇心で訊ねてみる。すると、目の前の男がギザギザの歯を見せながら答えた。
「――魔王はめっちゃ弱いって噂や」
「ぐはッ!?」
ドタンッ!
木箱を抱えたままトウマは地面に両膝をついた。心に突き刺さった言葉の槍が抜けない様子。心を抉る痛みを堪えていると、さらに男たちが続けた。
「だから、今の魔王はモヤシみたいな、ヒョロ長い奴に違いない!」
「そうだそうだ! お前みたいなゴツい鎧を着られるわけがないだろ!」
「本当のことを言え、偽物! 魔王はもっと虫けらみたいなやつだろ!!」
「もうやめてあげて! 彼の精神力はゼロよ!!」
散々な言い回しに、思わずルミアが叫んだ。
一方のトウマはというと、地面に木箱を置き、先ほど堪えたばかりの涙を滂沱と流している。蹲って泣いている様は、もはや魔王には見えない。
肉食動物に囲まれて震える小動物と化したトウマを見て、ルミアは刀を構える男たちへ言った。
「大体、こんなに惨めに蹲って泣いているような奴なんて、魔王以外にありえないでしょ!?」
「「「確かに!!」」」
「もうやめてくれよぉお!!」
まさか、背中からも刺されると思わず、トウマは地面に突っ伏して泣き喚いた。ルミアは自分の失言に気づき、慌てて「そういうつもりじゃなかったの!」と彼を慰めようと駆け寄って来た。
「何や、コイツら……」
トウマに警戒心をぶつけていた男が、呆然と呟いた。その時、先に木箱を運んでいたマイナが戻って来た。
「……何の騒ぎにゃ?」
「お、お前はマイナ! 急におらんようになったかと思ったら、どこ行っとったんや!」
「え、ええと……そ、それは……まあ、一旦置いておくとしてにゃ……」
マイナは必死に誤魔化そうとした。
その態度を見て、「やはり、独断で魔王城に来たんだな……」と納得するトウマ。他の魔族が知っていたなら、きっとマイナを止めたはずだからだ。
マイナ自身も負い目に感じているらしい。肝心な部分を避け、村から出た理由とトウマのことを説明しようとする。
「え、ええと……あれにゃ! 救世主を連れてきたんだにゃ!」
「救世主? もしかして、こいつが救世主やとでもいう気かぁ?」
「そうだにゃ! この方は、魔王様だにゃ。事情を離したら、ボクらを助けてくれるって言うから、連れてきたんだにゃ」
「いかにも、俺が魔王だ!」
トウマは立ち上がり、手を広げて言い放った。胸の痛みはまだ治まっていないが、ひとまずは自己紹介をすることにした。
胸を張り、いかにも魔王然とした立ち振る舞いで構える。大声を響かせれば、威厳のある魔王像が完成する。たとえ、ハリボテだとしても。
「――貴様らの事情はマイナから聞いている! 俺は、貴様らを助けるためにここへ来た。これまで、たくさん苦しいこともあっただろう。人間に支配され、惨めな気持ちにもなったはずだ。だが、俺が来たからには必ず助ける! 辛かった日々も、今日で終わり……」
「――いや、そんな言葉を誰が信じるんや?」
鋭く。
槍のような言葉が、トウマを突き刺した。
「お前が弱いっちゅうことは、誰でも知っとることやで。そんなお前に、期待できることがあると思うとるんか?」
「い、いや、それは……」
トウマは吸血鬼の力を得ている。歴代最強と謳われた魔王、エルスカから直接受け継いだ力だ。
だが、その力を得たのは、まだ昨日のことだ。
不審に思われても仕方がない。
守れないと思われても当然だ。
それまでのトウマは、仲間にも裏切られるくらいの最弱魔王だったのだから。
「だーれも、お前に期待なんかしとらんわ。なあ、みんな!」
いつの間にか。
トウマの周りには、他の魔族の民が集まっていた。みんな、頭にケモノの耳を付けた獣人ばかり。
一様に、トウマを見て不安な表情を浮かべている。――トウマのことなんて、まるっきり信じていない。声で言わずとも、顔がそう言っていた。
その顔を、その表情を、トウマは知っている。
かつて、先代の魔王である父がこの世を去った時に、臣下たちが浮かべた表情。ただでさえ衰退した魔界が、今度こそ終わりだ、とでも言わんばかりの顔だ。
誰一人として、トウマを認めようとしていない。信じていない。期待すら、していない。
その中で、トウマはいつも孤独だった。周りの魔族らの心ない言葉に反論さえできず、ただただ、受け入れるしかなかったのだ。
(……あぁ、やっぱり……誰も俺のことなど信じていないのだな)
分かっていたことだ。
覚悟していたことだ。
だが、それでも。
(やはり……その目を向けられるのは、寂しいものだな……)
トウマは、目を閉じて彼らの視線を一身に受け入れることにした。
だが――。
「――魔王」
後ろから、突然。
柔らかな手が、彼の手を掴んだ。
「っ……!」
「……しっかりして。あなたは、みんなを助けるんでしょ?」
真っすぐに、トウマを見上げる翡翠の瞳。
ルミアに、そう話しかけられて。
「……ああ、そうだな」
トウマは、笑顔で頷いた。
(……そうだ。俺は、何があっても魔族を守る。たとえ、今は認められなくとも、この先の運命で証明していけばいいだけのことだ)
再び、トウマは目の前の獣人たちへと向き直った。
態度を一変させたトウマに、獣人たちは微かに動揺している様子だ。
「……何や。全員信じへんって言うても、まだ立ち去る気はないんか?」
「……あるわけがない。困っている者を助けるのが、魔王としての務めだからだ!」
トウマは毅然と構える。
腕を掲げ、目の前の男を指さすと――。
「俺は、必ず貴様らを助けてやる! 俺はトウマ・ケンザキ。魔界を必ず復興して見せる、今世の魔王だ! よく覚えておけッ!!」
唖然とする獣人たちに、トウマはそう宣言した。
彼の赤い双眸には、悩みなどどこにもなかった。
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