第14話 吸血鬼の能力
トウマは自分の手のひらを見下ろして、口をぱくぱくさせていた。
時間は、ちょうどルミアとエルスカが離していたころである。
トウマは目を醒まし、自分の部屋にいることに気づいた。
トウマの部屋は、簡素極まる監獄のような一室だった。
部屋は石で囲まれ、そこら中に苔が生している
おまけに、雨に濡れた地面から香るような湿っぽい匂いが漂っている。
冷たい部屋に設置されているのは、事務用の机にベッド、そして本棚だけという質素ぶり。
部屋の中央に置かれた机の後ろには、天井に至るほど背の高い窓があった。
窓の両脇には松明が焚かれ、冷たい部屋を暖かく照らしている。
そして、トウマは立ち上がろうとしたところだった。
ベッド脇の机に手を付いて、「よいしょ」と心の中で呟きながら立ち上がろうとして。
――ベキッ。
と、机が手の形に凹んでしまったのだった。
「な、何でだ!? ちょっと立ち上がろうとしただけだぞ!」
机の老朽化……にしては、トウマの手が触れた場所だけ凹むというのは妙だ。
動揺したトウマは、机に触れないようにして立ち上がると壁に手をつこうとした。
――ドゴッ!
轟音とともに、今度は壁に穴が空いた。
隣の部屋とこちら側の部屋が開通され、トウマは冷や汗を流す。
「いやいやいやいやいや、落ち着け落ち着け落ち着け……」
自分に言い聞かせるようにつぶやき、額に手を宛がおうとして……触れる直前で止める。
机や壁を粉砕した手で自分に触れば、自分の顔面も粉砕するんじゃないか?
再生能力はあるとはいえ、痛いのは怖い。
あと、たとえ吸血鬼でも頭を粉砕されて生き残るなんてあり得るのか……?
そこまで考えると、トウマは冷や汗を流しながらすっと手を下ろした。
「……エルスカなら、事情を知っているだろうか」
そういえば、とトウマの脳裏に気絶する直前の光景が浮かんできた。
エルスカの血を吸った直後、トウマの腹は溶岩を飲み込んだかの如く、ドロドロとした熱さに襲われたのだ。
妙な力を振るう怪力と合わせてみても、何か関係があるかもしれない。
「……とりあえず、エルスカを探すか」
よし、とトウマは部屋の扉を開いた。
……扉が蝶番から外れてしまった。
「もぉ、いやぁあ!」
度重なる不幸に、トウマは思わず悲鳴を上げる。
ただでさえ金がない彼には、たとえ城が壊れたとしても修繕する費用はない。
さらにもう一つ、普段とは違うことに気づく。
「……やけに明るい……?」
廊下には松明が灯されていない。
城には使用人がいない上に、住んでいるのはトウマだけだったため、そもそも廊下に松明や燭台を置いていなかった。
そのため、いつもなら夜になれば視界が真っ黒に塗りつぶされるほどに何も見えなくなるはずなのだが。
(松明が無くても、廊下の端までちゃんと見える。これは……)
疑問に思っていた、その時。
ガシャンッ!
背後で、窓が割れる音が響いた。
「え……?」
振り返ったトウマは、執務机の向こうにあった窓が割れていることに気づいた。
そして、窓枠に足を置き、こちらを睨んでくる少女の姿も目に留まる。
腰よりも長い亜麻色の髪を、頭の後ろで二つに結わえた少女だ。
身体を包むのは紺色のメイド服。
窓枠に付いた手に、銀色に光る短刀を握っていた。
そして、何より特徴的なのはその頭にある耳だ。
小ぶりな頭の上に、ケモノのような耳がピクピクと獲物を探るように震えているのだ。
臀部からも、細くて柔らかな毛を湛えた尻尾が生えていて、まさしく猫といった印象。
「貴様は……ッ!」
突如、現れた来訪者にトウマは瞠目した。
少女は窓枠の上に立ち上がると、琥珀色の双眸を松明の光でギラリと煌かせた。
「……魔王様、あなたのお命、頂戴するニャァ!」
ガッ!と。
窓枠を破砕するほどの勢いで蹴り上げ、猫耳の少女はトウマへと短刀を突き出して吶喊してきた。
即座に反応したトウマが、少女の腕を掴んで防ごうと考え……机や壁を粉砕してしまった己の膂力を思い出して手を止める。
逡巡している合間にも、亜麻色の髪と尻尾を靡かせて、少女は迫ってくる。
「ま、待て! 今は――」
「問答無用にゃぁ!」
トウマの懐に潜り込むと、逆手に持った短刀を顔面に向かって振るってくる。
少女の動きを見切り、トウマは身体を後ろへと跳躍させて避けようとする。が。
「いだっ!?」
思ったよりも勢いよく跳び上がってしまい、天井に頭突きしてしまう。
床に着地したトウマは、頭がジンジンと痛むのを必死に堪えた。
が、靴音が響く。
顔を上げた時、猫耳の少女が既に目の前に立っていることに気づいた。
「覚悟ォオオ!」
「ぐっ……こうなったら!」
少女の振るった短刀がトウマの脳天を突き刺そうとした直前、トウマは拳を床に向けて撃ち落とした。
城全体を揺るがすほどの轟音が響き、地震が間近で発生したかのような揺れと共に床が破砕された。
「うにゃぁあ!?」
「……ッ!」
トウマと猫耳の少女は、一つ下の階層へと落下した。
石の床と共に落下した二人は、瓦礫に埋もれることもなく無事だった。
ただ、少女の方は頭を打ったのか、「うにゃぁ~……」と短い断末魔を残して気絶してしまった。
「あ、危なかった……しかし、コイツは……」
「な、何があったのこれ!?」
と、頭上で声が響いた。
ルミアの声だ。
「ルミアちゃん! 無事だったんだね~!」
「その声は魔王? 暗くてよく見えないけど……てか、大丈夫なのかって、それはこっちの台詞……」
「え? なんだって?」
「な、何でもないわよ!」
ルミアは何かを言いかけたが、途中で言葉を引っ込めてしまった。
顔を僅かに紅潮させているルミアの隣から、エルスカが顔を出す。
エルスカは空いた穴からトウマを見下ろし、ためらいもなく飛び降りてきた。
三メートルほどの高さはあるのに。
下の階層へ降りてきたエルスカは、瓦礫の上に座り込むトウマを正面から見下ろした。
「やはり、力の制御ができておらぬようじゃの」
「え、エルスカ……」
エルスカにしてみれば、トウマは自分を眷属にした憎き相手だ。
目を醒ますまで、自分の命を奪おうとしてきた少女を前に、どう接していいかとトウマは戸惑う。
「……気にせぬともよい」
トウマの戸惑いに気づき、エルスカは腕を組みながら言った。
「私を眷属にしたことを許すつもりはないが、今の私はお前に反抗できぬ。むしろ、何故お前が私に反抗できたのかが不思議でならんくらいじゃ。それに、お前と私の目的は同じ……魔界の復興じゃ。それをするならば、多少のことは気にせぬ」
互いに命を削るような戦闘を繰り広げたのに「多少のこと」と称するエルスカ。
その豪胆さに、トウマは「ははっ」と乾いた笑いを漏らした。
「それよりも、お前が吸血鬼の能力を最大限にまで使えるようになるのが先じゃ。何をするにしても、まずはお前が強くならねばならんのじゃからのぅ」
だから、吸血鬼の力を教えると、エルスカは告げる。
「……なら、教えてもらいたいことがあります」
トウマは自らの手を見下ろして、エルスカに訊ねようとして……。
「敬語を辞めろ」
「いや、しかし……」
「戦いの最中、お前は私に敬語を使わんかったじゃろうが。最初にも、堅苦しいのは嫌じゃと言ったはずじゃ。それに、眷属にされたのに敬語を使われるなど、屈辱でたまらんわ……!」
赤い双眸に、怒りの焔をちらつかせるエルスカ。
初代魔王たる迫力は、眷属になっても健在だった。
トウマは冷や汗を流して、言葉遣いを訂正することにした。
「な、なら、改めて訊ねるぞ、エルスカ。この力は、やはり貴様の血を吸った影響なのか?」
ただ……美人であることにかわりはないので、どうしても魔王ロールは続けてしまうヘタレではあった。
そんなトウマを気にすることなく、エルスカはこくりと頷いた。
「お前は、私の血を吸ったことで私が持っていた吸血鬼の固有魔術をコピーしたのじゃ」
「こ、コピー?」
エルスカの言葉に、トウマは思わず反芻してしまう。
固有魔術とは、その人物が生まれつき持っている能力だ。
他人に譲渡できる代物ではないし、まして、他人の固有魔術をコピーできるなんて、聞いたことがない。
しかも、人も魔族も固有魔術によって生涯に渡って就く仕事も決まってしまう。
……もし、固有魔術をコピーできるなら、どんな役職にだってなれるということなのだ。
「あり得ぬ、と思っているような顔じゃのぅ」
「あ、当たり前だ。コピーなんてできたら、俺は今日まで苦しんだりしていない!」
「ならば、ちょうどええ実験体がおるのぅ」
と、エルスカが赤い双眸をトウマの隣へ向ける。
トウマの横では、目を回して倒れる猫耳の少女が横たわっていて……。
「この娘の血を吸うてみよ」




