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第12話 二人がいれば

 ――吸血しろ、なんてバカなことを言いやがる…!


 トウマは心の中で愚痴のように溢した。

 そもそも、エルスカを吸血することができれば、もっと楽に彼女を倒せている。

 それができないからこそ、満身創痍になっているのだ。


 脳震盪もなかなか治らない。

 治りが遅くなっている?

 理由は分からないが、身体も段々と冷たくなっていくのを感じた。


 それは、脳震盪だけが理由ではないような気がした。


「お前は、もう一つ誤解しておることがあるようじゃのぅ」


「ご、誤解だと……?」


 反芻した言葉に答えることなく。

 エルスカは、自らの右手首に左手の爪を突き立てた。

 ブシュ、と血が吹き上がる。


「っ! い、一体何を……!?」


「吸血鬼の力の使い方を見せてやろう」


 流れる血を見せつけるように、右手を差し出してくる。

 その手に魔力を込めると、血が棒状に伸びた。

 赤黒いそれは、やがて硬質な素材に変化していく。


 魔力に覆われた血は形を自在に変化させ、やがて細く長い剣を作り出した。

 エルスカの腕の長さ程ある剣。

 禍々しいながらにも、息を呑むような美しい剣だ。


 だが、見惚れている間に――一閃。


 瞬く暇も与えず、エルスカは剣をトウマの肩へと振り下ろした。

 風を切る音すらなく腕が切り落とされ、床へ落ちた。


「ぐっ……ぁあああッ!!」


 突然のことに反応が遅れる。

 額を床に突き、トウマは苦悶に叫んだ。


 腕は治るはずだ。

 痛みに耐えれば、すぐに無くなる……!


 だが、どれだけ待っても彼の腕は戻らなかった。


「ど、どうして……っ!」

「血じゃ」


 肩に迸る熱のような痛みに歯噛みしながら、トウマは眼前のエルスカを見上げた。


 エルスカ自らが右手首に付けたキズ。

 そこから滴る血を赤い舌で舐め取り、答える。


「吸血鬼の能力は、血を使って行使されるのじゃ。お前の身体を再生していたのは、身体に十分な血液があったから。しかし、今のお前は貧血を起こしておる。そのような状態では、満足に再生能力も働かぬわ」


「ッ――!」


「くははっ! 己の力を過信しすぎたのぅ! 吸血鬼の能力は万能ではないのじゃよ。じゃからこそ、私はお前の腕を捥ぎ、腹を貫き、血を流させたというのに……」


 剣を、トウマの右肩に貫く。

 ずぶり、と。

 身体に入ってくる剣の感触。冷たい違和感に、トウマは喉から悲鳴を迸らせた。


「あぁ、ああぁああッ!!」


 痛みを味わうかのように、エルスカの剣はトウマの肩口を抉る。

 ぐりぐりと。


 肩の骨に剣が掠め、削り、更なる痛みに絶叫を轟かせる。

 身体に入ってきてはいけないものが入ってきている違和感に、吐き気すら覚えた。


 エルスカは剣を抜こうとしない。

 我がままで躾のなっていない犬に、残虐な方法で従順とは何たるかを教えようとしている。


 彼女にとって、トウマはただの眷属(どれい)でしかないのだと分かる。

 エルスカの考えを理解し、トウマは悔しさに拳を握りしめた。


「エル、スカ……ァアッ!」


「うるさいやつじゃのぅ」


 剣を引き抜き、頭を横から蹴り上げる。

 倒れ込むトウマに足を振り下ろし、頭を床に押し付けた。


「私にとって、お前の意思も言葉も命も価値などないものじゃ。お前が私に示せる価値は『私に従順に従うこと』。それができぬのであれば、お前は無駄に命を散らすだけじゃ!」


「誰が……従うものか……!」


「……そうか。ならば――!」


 エルスカが剣を振り下ろした。

 頭を押さえられながらも、トウマは手を突き出す。


 剣が手の甲を貫く感触。

 激痛。

 滴る血が熱となり、手のひらから腕へと流れ落ちていく。


 手を切り落とす勢いで振り下ろされた剣を、トウマは掴んだ。

 手のひらが切れ、トウマは苦痛に表情を歪めた。


「ぐっ……!」


「何をしておる? そんなことをしても――」


「【聖神の白光(ホーリー・ライト)ッ!】」


 エルスカとのやりとりの最中、駆けてきたルミアが魔法を放った。


 光に弱い吸血鬼は、ルミアの放つ光の魔法を無視できない。

 トウマに付き立てた剣を手放し、床を蹴り上げて後ろへと下がる。


 その隙に、トウマは立ち上がった。


 手を貫いている剣を首と肩の間に挟んで引き抜いた。

 剣が剣身を露わにするほどに、血が傷口から溢れ出す。


「ぐぅ……ぅううう……っ!」


 痛みのせいで自然とうめき声が漏れる。

 ビリビリと走る痛みを無視し、トウマは剣を引き抜いた。

 床に落ち、カラン、と乾いた音が鳴る。


「え、る……すか……っ!」


 剣を捨てた後、トウマは引き下がったエルスカに向かって駆け出そうとした。

 しかし、彼の足並みは遅い。

 走ろうと思っても、早歩きになっているだけだった。


(走ろうとすれば、全身に痛みが駆け巡ってくる……!)


 奥歯を噛みしめても、無視できないほどの痛み。

 ずるずると、左足を引きずりながらもトウマはエルスカへと近づいていく。


 そんなトウマの視線の先で、エルスカは笑う。

 嘲るように、口の端をつり上げる。


「くふっ。その無様ななりで、私にまだ歯向かえるとでも……」


「知るか……ッ」


 エルスカの言葉を遮り、トウマは声を響かせる。


「俺は……信念を、貫く……ッ!」


 魔王として、民を守るために。

 弱きものを救うために。


 トウマには、力が必要だ。

 力を得るためには、エルスカを屈服させねばならない。


 彼女に操られる人形では、いられないのだ。


「守るために、戦わないと……いけ、ないんだ……ッ!」


 ずる、ずる、と。

 彼は足を引きずりながらも、少しずつ、エルスカに近づいていく。


 その光景は、エルスカには歪なものに見えたらしい。

 顔を歪め、嫌悪を露わにする。


「しつこいぞ、お前は……! 私に勝てぬということが、どうして分からぬ!?」


「まだ、死んでないから……! 死なない限りは……まだ……抗える、だろうが……ッ!!」


「ならば、殺してやる! お前の望むように、切り刻んで反抗すらさせなくして……」


「――【神速(ライトニング)ッ!】」


 エルスカの言葉を遮り、トウマの背後からルミアの詠唱が響いた。


 掲げたルミアの手に青色の光が迸る。

 その光に呼応するかのように、トウマの全身にも青白い光が灯った。


 刹那、全身が軽くなるのを感じた。

 痛みが和らいだわけじゃない。

 むしろ、逆に痛みが増している気がしなくもない。


 だが、神経が。

 細胞が。

 より鋭敏に、明確に感じられるようになったのだ。


 貧血で蒙昧とした視界が明瞭になり、軽く床を蹴り上げただけでも彼の身体は前へと進む。


「付与魔法じゃと……!?」


「……行って、魔王」


 トウマの背中に向けて、ルミアが叫ぶ!


「私が、あなたを支援するから! だから、あなたの信念を貫くのよッ!!」


 ルミアは神官だ。


 神官の役目は、仲間の後方支援。

 前線で戦う仲間により強い力を与え、補助するのだ。


 ルミアが使った【神速(ライトニング)】の魔法は、トウマの身体をより俊敏に動かすことのできる魔法らしい。

 説明されなくとも、トウマは自身の身に起きた現象を実際に体感して理解する。


「うぁああああッ!!」


 トウマは雄たけびを上げ、今出せる全力で、床を蹴り上げた。

 瞬間、トウマの身体は弓弦に打ち出された矢の如く、刹那のうちにエルスカへと吶喊――!


「なっ……!」


 眼前のエルスカが、驚愕に目を見開いた。

 満身創痍のはずのトウマが、どうして目の前にいるんだ、と。


 反応の遅れたエルスカに向けて、トウマは引き絞った拳を放つ!


「がっ……!?」


 エルスカの腹に突き刺さった一撃。

 彼女の小躯が、弾かれるように飛ばされていく。

 床を転がり、やがて石の壁へと激突。


 砂塵が舞い上がる中、トウマはエルスカを追って駆け出した。

 周囲が灰色に包まれる中、頭を守っていた兜を脱ぎ去る。


「こ、の……ッ!」


 壁にめり込んだエルスカが、身体を起こそうとする。

 しかし、既にトウマはエルスカの目の前に立っていた。


「や、やめ……!」


 エルスカが言葉を放つ前に、トウマは手を伸ばした。

 エルスカの顔を掴み、ギリギリと片手で締め付けた。

 傷が治っていないせいで、手からは血が流れだす。


「うぐぅぅううッ!」


「エルスカ……お前の血を吸って、俺の眷属(どれい)に……ごふっ」


 だが、トウマの腹に痛みが走った。

 目だけを下へ向けてみれば、槍のように指を揃えて放たれたエルスカの手が刺さっていることに気づく。

 

 トウマは両膝を床に突いた。

 意識を手放せと言わんばかりの激痛。

 手から握力が抜け落ちそうになるが、意思の力を以て耐える。


「俺、は……! お前を、眷属(どれい)に……するん、だ……っ」


「や、やめろ……やめるのじゃぁあ!」


 エルスカが抵抗し、トウマの腹に突き刺した腕を掻きまわす。

 内臓をかき乱される。


「ごふっ……!」


 身体の内側がぐちゃぐちゃに。

 熱湯のように熱い血が喉元をせりあがり、口から零れ落ちた。


「くはっ! 限界じゃろう? その痛みが治ることはないのじゃ! 私を放せ。そして、大人しく純朴な私の眷属(いぬ)に――」


「――なって、たまるかぁああッ!」


 腹を貫かれても関係ない、と言わんばかりに。

 トウマはエルスカの顔を掴んだまま引き寄せた。


 エルスカの身体が近づくほどに、腹に突き刺さった腕は深く内蔵を抉る。

 だが、それでも……。


「魔王として……弱きものを、救うためにも――お前の血を吸って……力を、手に入れなければならないんだッ!」


「放せ! や、やめ……ッ!」


 暴れるエルスカを抑えつけ、



固有魔術(ユニークスキル)吸血鬼(ヴァンパイア)――発動(アウェイク)ッ!!」



 トウマは固有魔術(ユニークスキル)を起動――口を開き、八重歯をちらつかせた。

 血に濡れる白い歯。

 それは、吸血鬼の証。


 暴れ、叫び、必死に抵抗するエルスカの首へと――。


 ずぶり、と。


 トウマは白く鋭い歯を突き立て、彼女の血を吸い始めた。


ご一読ありがとうございます!

たくさんの方に読んでいただけて、日々の励みになっております!

ブクマや忌憚ない感想などもお待ちしております!

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