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ダナー家の公女の編入により、学院内の右側と左側との派閥の対立は、この日を境に悪化した。
今まではお互い触れないように過ごしてきた彼らだが、リリーの存在により右側と呼ばれるダナー・ステイ一族は臨戦態勢となり、特に左側に強い警戒を放っている。
少し何かが触れあえば、殺傷沙汰に転じる緊張感。
それを察した力の無い者たちは、常に距離を保ち恐怖に怯えている。
その中で黒の氷姫と称されたリリーだけは、異様な落ち着きを払い、女王の様に君臨していた。
「姫様、何かお探しですか?」
通学が始まって暫くすると、リリーは常に何かを探し始めた。
それは王族の女子生徒かと思えば、体格の大きい剣士の集団を目で追う。その二点に注目していた護衛のエレクトは、リリーの目的を確かめたかった。
『番長……』
「??」
何度聞いても聞き取れない。靄のかかるリリーの独り言。だが直ぐに、リリーは「大丈夫よ」と答えをはぐらかした。
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「聞こえなーい!」
「?」
教室の移動でエントランスに差し掛かると、螺旋階段の下で大きな声がした。
「はっきり言いなさいよ」
王族の制服に取り囲まれるのは、庶民を表す深緑色の制服。長い黒髪に褐色の肌の生徒は、逃れられず背を丸めてその場に立ち竦んでいた。
「……ぃてもらえ………か」
「聞こえないって、言ってんだよ!!」
王族の血筋が遠くても、王族と婚姻関係にある親族の子供でも、王族と関わりがあって認められれば紺色の制服を着用出来る。
中には質の悪い者も居て、彼らはたびたび庶民の証である深緑色の制服の者たちを、無作為に選んではからかうのだ。
その場に初めて遭遇したリリーは、スッと蒼色の瞳を微笑みに歪めた。
「このこを見て笑っているの?」
螺旋階段から降ってきた声に、何者かと取り囲む生徒たちは仰ぎ見る。
彼らは、黒色の制服の生徒、見た目に畏怖を与える者達の先頭に立つ少女に、あっと、出た声を気まずく飲み込んだ。
「どの辺が面白いのかしら?」
からかわれていた生徒と、それを笑っていた女子生徒の間に、微笑むリリーが進み出る。
深緑色の制服を上から下まで観察する。その様子を見た女子生徒は、リリーが自分と同じ様に、庶民に嫌悪を示したと思った。
「ステイ公女様も思いませんか? なぜこの様なもの達が、我々と同じ学院に通う事が出来るのかと」
「そうですよ。そもそも、貴族と同じ様に学べると思うことがおかしいのだ」
無学無知、更に生まれた血筋を笑う。取り囲む者たちを見回したリリーは、皆と同じ様に笑い出すと貴族の生徒を指差した。
「ふふ、フフフフフッ、あはははは! 面白いわね、貴方たちのお顔!」
「!?」
指を差された者は、何の事かと徐々に笑いが失せていく。漸く自分たちがリリーに笑われていると知って困惑し始めた。
「鏡をご覧になったこと、ありますの? 貴方たちのお顔の方が、私は面白いわ。フフッ」
「何を言うんですか!」
「ふふ、集団で一人を取り囲み、人を虐めて笑う顔。…なんて醜くて面白いのかしら。…不細工ね」
「!!」
非の打ち所がない。美しいリリーに顔貌を貶されて、言い返せない者は怒りと恥ずかしさに顔を赤らめていく。それを見たリリーは、更にフフフッと吹き出した。
「ああその顔、容姿を私に貶されて、今度は自分が被害者って顔なのかしら? でもね皆さま、よく考えてみて。複数で一人を取り囲み笑う。卑怯で哀れな加害者は、一体誰なのか」
自分は王族の親戚だと言い返そうとしても、それが通用しない右側という大きな権力。更に背後に無言で控える黒制服の者たちに、誰一人反論出来る者は出ない。
先頭で悪口を言っていた女子生徒に近づくと、リリーは顔を覗き込んで美しく笑った。
「良かったわね、加害者になれて。うらやましいわ」
蒼白になった女子生徒はその場から後退る。逃げる様に紺色の制服が離れて居なくなると、残された深緑色の生徒を、リリーはくるりと振り返った。
背の高い生徒だが、それを丸めて俯いている。
「あなたにも原因があるのだわ。下を向いて笑われたのならば、もっと背筋を伸ばして、前を向いて歩いてみなさい」
「!」
ポンと背中を軽く叩かれた。それに金色の瞳は見開かれる。
「そうすれば、私と朝の挨拶が出来るのよ。下を向いていては、気づかないでしょ?」
覗き込んで来た大きな蒼い瞳。「しっかりね!」と、にっこり笑った美しい顔に赤面するが、今度は俯かず、黒制服に囲まれて歩き去ったリリーの背をじっと見つめていた。




