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88 フィエル

 


  リリーに発射された弓矢を弾き返し、白の長剣を敵へと振りかざす。二人の護衛騎士を従えたフィエルは、赤色の瞳で境会の者達を睨みつけた。


  「いつから境会(アンセーマ)の祭司は、兵士を兼ねる様になったのだ?」


  「左側(アトワ)の大公令息、何故ここに、バックスは、西の戦線はどうされたのですか?」


  「それは境会(アンセーマ)の者に関係が無いだろう。我らの主神はエルロギア。怪しげな聖女の神託に世話になってはないからな。それよりも、境会(アンセーマ)が兵を持つことを、我ら左側(アトワ)が知らなかった事の方が問題だ」


  「…………」


  クラウンは、苛立ちに歯軋りしたがふと、フィエルの庇う青のドレスを見て閃いた。


  「……公子、我々は、そこに居る裏切り者、エンヴィーを裁いていたのです」


  赤い目は、ちらりと背後の祭司を確認する。既に血まみれのエンヴィーは、片手で胸元を押さえたまま、身動ぎせずに泉に立ち竦んでいる。


  「罪人であるエンヴィーを、右側(ダナー)の令嬢が庇ったのです。その二人がここで密通していたと報せられ、我らはそれを罰するために武器を手に」


  「…………密通?」


  「お前! さっきから、何を言っているの!」


  背後からしゃしゃり出て、ビシッとクラウンに指をさしたリリー。それをフィエルの冷たい視線は流し見たが、フッと鼻で笑った。


  「それは良い事を聞いた。右側(ダナー)の醜聞は、左側(われら)にとっては朗報だからな」


  これに怒れるリリーは、今度はフィエルを指差した。


  「貴方、ここは今、右の不可侵領域権を発動しているの! 右側(うち)の悪口は、森を出てからお好きにどうぞ!」


  命を救ってやったのに、おかしな言い掛かりをつけられた。首を傾げたフィエルだが、リリーの言葉にふと赤色の外套祭司を見つめた。


  「不可侵領域権を発動しているのか?」


  「そうよ!」


  「それはおかしいな。なぜ境会祭司(あいつら)は、武器を手にしてこの場に居るのだ?」


  「!!」


  口を噤んだ祭司の反応を見て、憤るリリーに目を向ける。


  「発動は、宣言したのよ…」


  効力を発揮しなかった権利の主張に、リリーの語尾も尻すぼむ。だがそれに、護衛のヘイリエルとエリスエルは軽く見開いた目を合わせ、フィエルは赤の瞳を座らせて、剣先をクラウンに向けた。


  「貴様、不可侵領域権に背く事は、それを認めた王命違反。そして何より、左右(われら)を軽んじたという罪が最重要だ」


  この罪は職種に関係なく、左右の者が処断出来る。フィエルは、一族への侮辱に対して、腹の底から静かな怒りを吐き出した。


  「上位祭司、その首を全てすげ替えるか、…いや、これを機に、聖女などという怪しげな偶像を造り出す、境会(アンセーマ)そのものを無くしてしまおう」


  「公子!!」


  「これは提案ではない。決定事項だと、覚悟しろ」


  叫んだクラウンの声も虚しく、それを当たり前だとリリーもフィエルの宣言に頷き、そしてくるりと泉を振り返る。


  そこには、今も浅瀬に立ち竦む、血だらけのエンヴィーが佇んでいた。


  ーーバシャッ。


  水音にフィエルが振り返ると、靴やドレスの濡れも気にせずにリリーが泉を突き進む。その先には、片手で胸元を握りしめ、身動ぎしない祭司が立っていた。


  令嬢としてのあるまじき姿に、フィエルは溜め息し忠告しようとしたが、祭司の傷だらけの姿に気付いて、それを人助けだと口を噤んだ。


  「……左側(アトワ)の、フィエル……、小僧、王命と同等の権利を左右が使う、それこそが、お前たちの誤りなのだ」

 

  「?」


  リリーの後ろ姿を見ていたフィエルは、聞こえた何かに片方の眉を上げた。


  「今、何か言ったか?」


  振り返ると、クラウンは不適に笑いフィエルを見ている。 


  「今、この危うい状況をご理解していますか?」


  「お前こそ、頭がどうにかなってしまったようだ」


  「公子フィエル、ここに居るのは、貴方と、そこに居る罪人だけという危険な組み合わせなのです」


  クラウンの背後に集う十数人の下級祭司達は、今も武器を手にしている。


  「……祭司、我らにそれを行えば、お前たちの系譜は、歴史から消える事になる」


  「そんなことはありません。今から起こる事は事故。罪人を捕らえようと尽力した結果。大公子と大公女は命を落とし、我々は罪人を懲らしめた。それだけです」


  「貴様……」


  「あの者、『加害者』だわ」


  不穏な会話を立ち止まって聞いていた。リリーはエンヴィーにたどり着く手前、信じられないと振り返る。


  笑う祭司の背後、再び掲げられたのは複数のボーガン。今度こそ見えた決着に、クラウンは「放て!!」と力強く叫んだ。



 

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