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88 グランディア

 


  リリーに発射された弓矢を弾き返し、銀色の剣を敵へと振りかざす。グランディアは、空色の瞳で赤色の外套を纏う男を睨みつけた。


  「祭司クラウン、誰を狙ったんだ?」


  「王太子殿下、そんな、何故ここに、」


  肩越しに確認したリリーの姿。驚きにグランディアを見上げる瞳に安堵はしたが、しっかりと織り込まれた青のドレスが数ヵ所、裂けて布が解れている。


  それに奥歯をギリッと噛み締めた。


  「……古くから王家を支えていた境会(アンセーマ)だが、いつからか、祭司オーカンは王座の隣に立つようになった」


  「……殿下、我々は、そこに居る裏切り者、エンヴィーを裁いていたのです」


  「祭司、境会(アンセーマ)の立ち位置を、一度見直さなければならないと、国王陛下に進言しようと思う」


  「殿下、罪人であるエンヴィーを、右側(ダナー)の令嬢が庇ったのです! 二人はここで密通していたのです、由々しき事態です!」


  「…………密通、だと」


  「お前! さっきから、何を言っているの!」


  背後からしゃしゃり出て、ビシッとクラウンに指をさしたリリーの肘を掴まえ引くと、再びグランディアが前に出る。


  怒れるリリーの姿を横目で見ると、軽く失笑してしまった。


  騎士としては他より優れ、容姿が整い体格が良くて背も高く、知略に優れて地位も財力もある。常にリリーだけに優しく、過保護に甘えさせて育てた十枝。


  そんな彼らに引けを取らず、誰しもが褒め称える容姿を持ち、更に一国の王子という立場のグランディアが少年の時から口説き落とそうと傍に居るのに心の機微に疎く、婚約破棄を簡単に口にする短慮な気質。


  グランディアは、確信を持ってクラウンに告げた。


  「この人に限って、密通(それ)は絶対にあり得ない」


  「そうよ!!」


  言われて鼻息荒く同調したが、グランディアは、この会話の意味を、リリーがよく分かっていないという事まで把握している。


  そして空色の瞳は、厳しくクラウンを見据えた。


  「赤の祭司クラウン。私と、私の婚約者を侮辱した、その罪も改めて正式な場所で問うことにする」


  「殿下!!」


  叫んだクラウンの声が虚しく森に響いたが、それは意味なく消えていく。王太子の登場に手にした武器を下ろし、戸惑う灰色の祭司達が顔を見合わせる中で、グランディアはようやくリリーに声をかけた。


  「……お怪我は、ありませんか?」


  きょとんと蒼い瞳を見開いて、力強く頷いたリリーは「私は大丈夫」と言ったが、直ぐに背後の泉を振り返った。


  そこには、今も浅瀬に立ち竦む、血だらけのエンヴィーが佇んでいる。


  「彼はとっても酷いわね」


  再会に見つめ合う事も無い。助けに来たグランディアから直ぐに目を逸らし、密通だと疑われた男の心配をする。こと恋愛に関しては、非常に伝わりにくいリリーの姿を再確認して、グランディアは、なんとも言えない疲れた笑いをこぼした。


  ーーバシャッ。


  あっ、と声をかける間も無くピョンと弾んだリリーは、靴やドレスの濡れも気にせずに泉に着地した。そして片手で胸元を握りしめ、身動ぎしないエンヴィーに近寄っていく。


  「リリー、彼は私が「()()()()グランディア殿下、今、この危うい状況をご理解していますか?」


  泉に身を乗り出したグランディアの背後、王太子の言葉をクラウンが遮った。そしてその呼称に、グランディアは剣呑と振り返る。


  「今、何と言った?」


  「グランディア殿下、ここに居るのは、貴方と、そこに居る罪人だけという危険な組み合わせなのです。お分かりですか?」


  クラウンの背後に集う十数人の下級祭司達は、今も武器を手にしている。


  「……祭司クラウン、それは、境会(アンセーマ)の王家に対する反逆か?」


  「そんなことはありません。今から起こる事は事故。罪人を捕らえようと尽力した結果。殿下と大公女は命を落とし、我々は罪人を懲らしめた。それだけです」


  「祭司……!」


  「殿下、スクラローサ王国の未来、ご世継ぎの事であればご心配はいりません。他にも、王子殿下はいらっしゃいますので」


  「犯罪に手を染め廃位された一門を、再び担ぎ上げるということか。……浅はかな。いよいよ境会(アンセーマ)も地に落ちたな」


  「第四王子殿下、違います。もう一人、水面下では国民の支持を得ている、綺麗な方が居るのです」


  「?」


  「力無き家門の侍女を母に持った事で早々に王位継承権を返納し、旧教(へーレーン)に帰属され、今なお国務である教員として国に奉仕し、身分の分け隔てなく生徒たちに接し信頼も厚い方が」


  「……セオル、第二王子殿下?」


  「セオル?」


  不穏な会話を立ち止まって聞いていた。リリーはエンヴィーにたどり着く手前、意外な名前に完全に振り返る。


  「ああ実は、第二王子だということになってはいますが、廃位された王太子、第一王子殿下と生まれ年は同じなのです。……むしろ、先に生まれたのはセオル殿下」


  「ねえ、やっぱり、セオルって言ったわね?」


  「第一王妃より国王陛下に寵愛された侍女。家門の後ろ楯が無い事から、王太子となる第一王子の称号を、お譲りになったと聞いております」


  「…………」


  「悲運でしょう? 民草の喜びそうな内容です。直ぐに、新しい王太子として、熱狂的に迎えられる事でしょう」


  笑う祭司の背後、再び掲げられたのは複数のボーガン。今度こそ見えた決着に、クラウンは「放て!!」と力強く叫んだ。


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