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  「いいですか? 私たちの役目は、リリーお嬢様に近寄る、不必要な貴族を遠ざけることです」


  年上の従者の言い付けに、着飾った少年少女たちは会場に散る。


  ステイ大公家長女の十歳の御披露目に集う貴族たち。王都の貴族は、ダナー家とのより深い繋がりを求めて、これからは御披露目されたリリーにも近寄ってくる。


  これに右側(ダナー)の十枝と呼ばれるステイ大公領の貴族は、不必要な家門をあらかじめ抽出し、リリーに近寄らせないように手を打っていた。


  リリーに近い年頃の十枝の子供たちが周囲を固め、王都の貴族が挨拶以上の関係を作れない様に、披露宴会場に配置されている。


  庭に設置された円卓。お茶の会場は、他の貴族を寄せ付けない様に既に子供たちで固められている。そこに、儀礼的な挨拶から解放されたリリーが侍女と共に現れた。


  黒髪を結い上げて、淡い空色のドレスを身に纏ったリリーはふわりと席に着く。


  「リリー、おめでとう」

  「もう木に登るなよ」


  「メルお兄さまは、いつもそればっかり言うのねっ!」


  「疲れていないか?」


  グレインフェルドの気遣いに、薄紅の頬はうふふと笑う。


  「今からお茶の時間なのよ。このいちご色の、大きなケーキを皆さまといただくの。うふっ!」


  「わーお凶悪」


  「お兄さまたちも、ケーキ楽しみでしょ?」


  「お子様だけで召し上がれ」


  グレインフェルドに続き、舌を出すメルヴィウスは庭園を後にする。妹を前にすると、普段とは違う穏やかな顔をする兄弟。その様子を微笑ましく見守っていた周囲だったが、そこに、十枝の者でも足を止められない人物がやって来た。

 

  「これは殿下、ようこそお越し下さいました」


  朗らかな笑顔を浮かべる少年は、王家の者だと印象づける、白金の髪に青空の瞳。


  「ねえ、あそこ」


  呼びつけた年嵩のダナー家の従者に、既に同年代の少年少女に囲まれた、リリーの隣の席を指差した。


  「彼女の隣は、私の席だよね?」


  「…ただ今、お席をご用意致します」


  「ああそれと、私たちの両隣に、席は必要ないからね」


  「………かしこまりました」


  笑顔の少年は、取り囲む大人の貴族たちの挨拶に軽く頷くだけで、真っ直ぐ足は庭園に向かった。



 **


 

  リリーの好みで用意された様々な菓子と、大きな苺色のケーキ。それを嬉しそうにはしゃいでいた子供たちだが、侍女が一人に耳打ちすると、何故か次々に「失礼いたします」と席を立つ。


  「どうされたの?」


  リリーの問いかけに隣に座っていたノース伯爵令嬢のフィオラは、「グレインフェルド様とメルヴィウス様に、その、ごあいさつに、」と歯切れ悪く告げて立ち上がる。そして二人の兄が向かった先、露台へと集い始めた。


  名残惜しげにフィオラが庭園を出ると、入れ違いに現れた少年が席に着く。残されたのは、リリーとその少年だけになった。



 **



  「申し訳ありません。しばらく近寄るなと申し付けられました」


  従者の耳打ちにグレインフェルドが庭園を振り返ると、見覚えのある少年がリリーの隣に座っていた。


  「グランディア・アレキサンダー・グロードライトか」


  「招待状も無いのに、あの血筋は、本当に図々しいですね」


  苛立ちに歯軋りしたメルヴィウスも、苦々しく少年を睨み付ける。



  「腹違いの六人。その中でも、我らと敵対する左側、アトワの血筋を母に持つ第四王子」


 


 **



 

  (さすがダナー・ステイ大公家。この私に挨拶もなしか)


  突然の訪問でも、礼を尽くされるのが王家の一族。だがそれを知っても、グレインフェルドとメルヴィウスは、こちらを見て目を眇めているだけ。


  王家内の派閥争い。自身の足元を固める為に、誰しもが一目置くダナー家に、いち早く乗り込んで来た第四王子グランディア。


  (敵対勢力(アトワ)を母に持つ僕が、まさか今日来るとは思っていなかっただろうね)


  左側(みうち)への混乱と、右側(てき)に対する牽制。日々怯えるだけの母と無能な兄弟を観察していたグランディアは、噂の右側を自分の目で確かめようとやって来た。


  (いくら死神と呼ばれる右側(ものたち)も、単身で来た僕に何かあれば、困るのはダナー大公の方だからね)


  「あなたは食べないの?」


  「?」


  目の前に並べられたケーキの一つに、ぐさりとフォークが突き刺さる。


  「!」


  見たこともない、とてもはしたない行儀に目を丸くした少年に、リリーは「皆いなくなったもの」とふてくされて呟いた。


  大きめに切り取られたケーキの欠片。それを大きな口を開けてぱくりと飲み込む。


  「………」


  ダナー・ステイ大公領の偵察の機会となった少女。改めて見てみると、日に焼けない真白い肌に、宝石猫の様な美しい青の瞳。グランディアの瞳の色と同じ色のドレスに、黒髪は淑女を真似て結い上げられていた。


  「十歳おめでとう。偉大なるスクラローサ王国、右大臣ステイ大公家のリリエル・ダナー」


  そういえばと、ついでに祝辞を少女に与えた。だが言われたリリーは、それを聞き流して兄たちを見つめている。


  「あなたは、お兄さまたちにごあいさつ、行かなくてもよいの?」


  「うん、私は大丈夫」


  「……グレイお兄さまは、見た目につんとしているけど、見た目ほどこわくないのよ」


  「…そうなんだね、確かに、グレインフェルド様には、少し緊張するよね」


  「それにメルお兄さまも、やんちゃなところはあるけど、動きたいお年ごろなだけなの」


  「うん。メルヴィウス様はとても活発な方みたいだね」


  「………」


  「………」


  「じゃあ、取り分けてあげるね」


  「??」


  侍女を呼ばずに立ち上がった少女。そして大きめの皿には、数種類のケーキが並べられる。


  「食べなさい」


  「???」


  「えんりょはいらない。早くして。口に入れて」


  強く強く勧められて、グランディアは渋々とケーキの一つを口にする。


  「大丈夫。誰も見てないよ」


  きょろきょろと辺りを見回す無作法な令嬢。それはくるりと振り返り、ケーキを嚥下したグランディアを確認すると、にっこり笑った。




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